46・年間予定の変更

 結局、父には本当の事は報告しなかった。それでも越えられる事は間違い無いのだから、物見は重要であると言う説明をした。物見については父も否は無く、物見小屋の建設に加え、昼夜問わず物見を在番させる事になった。それに伴い、守兵の数を少し増やす方針だ。財源は炭の売上から取る税だ。見事な皮算用である。これって、取らぬ狸になった場合、責任は全部俺に来るのだろうか?


 何となく色々とモヤモヤを抱えたまま数日が過ぎた頃。

「若、与平さんがもうすぐ来るらしいぜ。」

松吉が、少し気持ちが上向きになる話を持って来た。

「お、漸くか。しかし、まだ椎茸の数が少ないんだよな。」

「そうなんだよな、皆まだ小さいんだ。」

売り時が年二回に限られるのは弱点だよなぁ…そもそも椎茸は常に供給不足だろうが、需要が一番高い時期はいつなんだ?与平に確認しないとな。あれ…需要と売値は相関関係に有るよな…成程、あれとあれを…うん、上手く行くかもしれん。

「お前らちょっと待ってろ。父上に話が出来た!」


「父上っ!」

「若鷹丸、何事だ。」

父の部屋に飛び込むと、父が眉を顰めて答える。

「若様、武家の跡継ぎとしてその様な行いは…」

孝政か。コイツは最近、父の側に居る事が多い。典型的な長いものには巻かれろタイプだ。色々と献策もしているらしい。どうせ碌でも無い策だろう。

「ちと思い付いた事が有ります。明日、皆を集めて頂けませんか?」

何か言っていたが、気にせず遮って頼む。

「ふむ、良き話の様だな。良かろう、使いを出しておく。」

「良き話かどうかは皆がどう考えるかですからまだなんとも。ですが、話しておいて損は無いと思います。」

「わかった、では明日だ。」

「ありがとうございます。」

頭を下げて父の部屋を辞す。

「さて、栗、栗〜♪」

良い事を思い付いた後は気分が良いな。秋も少し深まり、地面に落ちる栗の数も増えてきたし、柿の実も大分色付いて来た。鼻歌混じりに廊下を小走りに二人の元に向かう。


 翌日、城の広間に皆が集まった。

「今日は若鷹丸が、皆に話が有ると言うので集まって貰った。では若鷹丸、後は任せるぞ。」

父の一言で会合は始まる。

「急な呼び出しで申し訳無い。まず最初に状況を把握したいので質問させて欲しい。」

俺がそう言うと、谷に同行した叔父達は不安そうな顔をし、他の者は良く分かっていない顔をしていた。

「もし、この秋に行商人の与平に米を売らなかったとして、来年の秋まで各家の蓄えは足りるか?」

「「…は?」」

凄いぞ、埴輪がズラッと並んだ様だ。

「うん、何を言っているのか分からんと思うが、足りぬなら説明しても仕方無いのだ。まず父上、手本として率先して我が家の蓄えを教えて下さい。」

このままでは、話が進まなそうなので父を生贄にする。

「む…一年分の蓄えが有るかだけ答えれば良いか?」

まぁ、銭が幾ら有るとは答え難いだろう。

「それで充分です。」

「まぁ…ギリギリ何とかなるだろう。ここの所、大きな戦も無いしな。」

渋い顔で答える。

「他の家はどうだ?」

皆を見渡す。

「我が家はちと厳しい、春までならなんとでもなろうが…」

頼泰大叔父が面目無さ気に答える。

「我が家も同様です…」

狭邑の大叔父も同じ様だ。

「我が家は本当にギリギリですが、何とかなるかと。」

最後に爺が申し訳無さ気に答えた。

「ふむ、落合は田が多いからな。その差だろう。状況は理解した。忠泰叔父上、米の値が一番上がるのはいつだ?」

「それは夏に決まっている。」

俺の問に、何を当たり前の事を、と言った様子で叔父が答える。

「そうだ、俺の提案は米は夏に売らぬかと言う事なのだ。」

うん、これだけじゃ伝わらないよね。


「若鷹丸、順序立てて説明せよ。」

父が困った様に命じる。

「はい。今言った通り、米は夏に一番値が高くなる。言うまでも無いが、そこまで米を貯めておいて売りに出せば、秋の収穫後に売るよりも遥かに大きな利益を得る事が出来る。それ故、皆に蓄えを聞いたのだ。」

「だが、我が家はちと厳しいぞ。」

頼泰大叔父が言い。行賢大叔父が頷く。

「冬に炭の売上から入る予定の税を足したらどうなる?」

炭の売上から取る税は我が家で丸取りする訳にはいかない。父が治める集落以外からも労働力を動員するのだ。そちらにも分配せねばならない。

「…それなら、なんとか。」

行賢大叔父が少し顔を明るくして答えるが、

「しかし、炭売りはまだ成功した訳ではないぞ。上手く行かなかった時はどうする。」

頼泰大叔父はしっかり問題点を突いて来た。

「その通りだ。では、今度の冬に上手く炭が売れたとして来年からならどうだ?」

「うむ…それなら特に異論は無いな。」

頼泰大叔父も納得したようだ。


「しかし、夏は行商人が来ないぞ?」

忠泰叔父が次の疑問をぶつけて来る。これも良い疑問だ。

「うん、与平は夏場は奥津の湊と、田代の街を行き来していると言っていた。山之井まで来るのは厳しかろう。」

「では、どうするのだ?」

「我等で守護代様の領地まで運べばどうだ?」

「真夏に米をか?人も馬も大変な事になるぞ。」

「そうか、船か!」

永由叔父が気付いた様だ。流石に俺の川下り実験に、最初から最後まで付き合っただけの事はある。

「左様、我等には炭を運ぶ船が有るではないか。あれを夏場遊ばせて置くのは勿体無いではないか。」

ニヤリとして言う。厳密には船は絶賛建造中だ。だが、冬前には完成すると聞いている。本当は毎日でも建造風景を見に行きたいのだが、船を造っている落合は秋の恵みを探す山の方向とは真逆なのだ…

「しかし若、船から先はどうするのです?」

爺が細かな所をしっかりと指摘する。流石、聞いて欲しい所を聞いてくれる。

「そこからは、与平達に引き渡す事になるだろう。流石に我が領の者が、米を担いで守護代様の領地を行進しては外聞が悪かろう。」

「それを与平は承諾しますかな?」

「それはまだわからん。だが、向こうにも利がある以上、話の持って行き方次第ではするだろう。承諾しなければこの話は無しだ。しかし、皆に話をせずに勝手に話をするわけには行かぬと思ってな。まずは皆に相談したのよ。」


「しかし、わざわざそこまでする必要があるかな?今のやり方でも、これまでやって来られたのだ。」

頼泰大叔父が疑問を投げ掛ける。

「うん、これには二つの利が有ると俺は考えている。」

「ほう、二つか。」

「そうだ、まず一つ目は皆もわかっているだろうが手に入る銭が増える事だ。」

「武士が銭勘定をするなど…」

吐き捨てるような声がする。

「孝政、お前を呼んだ覚えは無いが?」

「若様がまたどんな無理難題を言い出すか心配になりましてな。まさか商いの真似事とは…」

「父上、孝政は銭が要らぬ様です。禄も返上する様ですぞ。」

「そ、そんな事は申しておりませぬ!」

「では、銭が要るのではないか。それならば黙って聞いておれ。銭が多く手に入れば、今より多くの鉄や馬が手に入る。それは回り回って領内の生産力の向上となって戻って来るだろう。農具や普請道具に鉄が使えれば皆が楽になると思わんか?」

「確かに、城の普請等も効率良く行えますな。」

お、行昌叔父が良い援護をしてくれる。軍事面での利益は父に響きやすい。

「そうだ、矢玉の蓄えだって増やせるだろう。行く行くは質の良い槍も揃えられるかもしれん。」

皆が前向きな表情を見せ始めた。


「それともう一つの利点だが。場合に依ってはこちらの方が重要かもしれん。」

「それは何だ?」

父も興味が出て来た様だ。

「父上、それは米を売らぬ選択が出来ると言う事です。」

「…分からん、詳しく申せ。」

「はい、春先に寒い日が続いたら、梅雨時に雨が少なかったら、そんな不作になりそうな年は米を売るのを控えて翌年の蓄えに回す事が出来ます。そうすれば、領内で飢えて死ぬ者も減りましょう。それに、夏場に兵糧が足りぬ事態も避けられましょう。秋に売ってしまっては、これは出来ませぬ。」

「飢饉に飢える者が減らせるのは良き思案かと思いますぞ、殿。」

爺が賛成に回る。

「一つだけ気になる。誰が運ぶのだ?」

父が聞く。

「炭と一緒で民に運ばせます。見返りは船で自分達の米も運んで良いとします。そうすれば彼等も夏まで米を取って置く様になるでしょう。そうなれば飢饉への備えは更に強固になるのではないかと。」

最終的には、民は米を余り売らずに済む様にしたいのだが…


「良い事だらけに聞こえるが、なぜ誰も今までそうしなかったのだ?」

頼泰大叔父が不思議そうに聞く。

「恐らく、米しか売る物が無かったからでは無いかと思う。秋に米を売らねば正月が迎えられぬ。それ故、皆秋に米を売るのだ。勿論、商人がそう仕向けているのもあるだろうがな。」

「そこで炭か。」

「そうだ、大叔父上。米以外から銭が得られれば米を秋に売らずに済むようになる。」

「ふむ、全て一本に繋がるのか。良く考えてあるものだ。」

なぜ、そこで少し呆れが入った表情をするのか!?絶賛すれば良いでは無いか!!

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