44・秋祭

 今日は、皆が楽しみにしている秋祭だ。祭と言うからには神事な訳で、山之井の領民は皆、下山之井稲荷神社に参詣してから、集落毎に祭(という名の宴会)に突入する。

 当日の朝、父を筆頭に城の男達も纏まって参詣する。俺も今年始めて参加する。稲架掛けにされた稲も大分乾いて来た様子の田んぼの間を通る。この後、脱穀して俵に詰める作業があるはずなのだが、何故か山之井ではこのタイミングで祭をやるのだ。待ちきれないのか??等と考えていたら稲荷社に到着した。勿論、我々以外の領内の者達も集落毎に参詣する様だが、最初は城の者からだ。兵達が担いで来た酒を奉納し、宮司に祝詞を上げてもらう。成程、これを黙って聞いていられなさそうだから、去年までは連れて来て貰えなかったんだな。厳粛な雰囲気の中で祝詞を、とは行かない。皆、割りと気もそぞろだ。何せこの後は酒盛りだから仕方が無い。因みに奉納した酒は、この後来る各集落の者達に下げ渡される。お供えと振舞い酒の一石二鳥なのだ。


 参拝を終え、鳥居を潜って外に出ると、既に下之郷と狭邑郷の面々が自分達の番を待ち構えて居た。松吉の姿は見えない。静かにしていられないと見られたか…だが、母親の初から声を掛けられた。

「あの若様、少し…」

列から離れる。周りにも知った顔と立ち話をする姿が見られるから、問題無いだろう。

「松吉の荷物の件か?」

「えぇ、あんなに沢山背負って来て。まだ売れてもいないのに宜しいのでしょうか?」

昨日の帰りに、松吉の背負籠に手持ちの銭二貫を放り込んで持たせたのだ。目星を付けた椎茸が順調に大きくなりつつある事もあって、秋の収入に目処が付いたからだ。頼むから食われたり、枯れたりしてくれるなよ?

「皆も与平が来る前に銭があった方が良いかと思ったんだが。」

「いえ、私達は有り難いんですが。若様は宜しいので?」

「別に損をするつもりはないさ。腰籠を売った銭から俺が皆に払った分は引かせて貰うぞ?」

「若様がそれで宜しいなら良いのですが…」

「良い、なので気にせず作ってくれた皆に渡してやってくれ。」

「それでは有り難く。」

そう言うと初は頭を下げた。

「ところで松吉は、じっとして居られないから留守番か?」

そう聞くと、

「いえまぁ、それもありますが、下の子の面倒を見て貰っています。」

そうだった、松吉にはまだ下に二人兄弟がいるんだった。

「そうか、それなら良かった。未だに信頼されていないのかと心配した。」

そう言って笑ってから、先に進んでいる城の者達を追い掛けた。


 櫓で一人、物思いに耽る。あそこはもう駄目だ…どいつもこいつもグデングデンである。櫓に逃げて来たら来たで、当番の連中は俺に物見を押し付けて宴会に突入して行った。まぁ、落合と寺の裏の物見はちゃんとやっているだろう。でないと大変な事になる。多分大丈夫…きっと…

 遠くに見える中之郷では皆が辻で盛り上がっているのが見える。今のところ平和な山之井だが、どうにもこの間の賊の侵入は気に掛かる。早めに谷筋の確認は進めておきたい所だ。

「あ、若様ー!!こっちで一緒に飲みましょうよー!!」

…今攻め込まれたら勝ち目はゼロだな!!


 翌日、重い足取りで仕事をする館の男達を尻目に、朝から三人で出掛ける。因みに、今朝は父の稽古すら無かった。

 源爺は、頼んだ小屋の部材の加工に入った。工房で部材を加工した上で運び、現地で組み立てる様だ。俺は、掘っ立て小屋で無く、礎石を使って作って欲しいと頼んだ。尾根の上に礎石を運ぶのは手間だが、小さい建物なら試しやすいと思ったのだ。この時代、多くの建物は掘っ建て柱で建てられている。山之井で礎石を使っているのは城、寺、稲荷神社位の物だろう。掘っ建て柱の良い点は工事が楽と言う事に尽きるだろうが、地面に直に触れる柱は、地面からどんどん供給される水分で腐って行く。なので建物が長持ちする礎石造りの建物を建てる流れを見たいのだ。

 この話をした時に、源爺は大変嫌な顔をした。何せ、山之井に専門の石工は居ないのだ。石切場も無いので、川の上流でそれらしい大きさの石を見付けて運んで来ないといけないらしい。がんばって貰おう、城の皆に。あ、落合から船を借りれば城の下までは楽に運べるな。


 さて、今日は椎茸の収穫第一回を行う。そろそろ干しに掛からないと与平が来るまでに間に合わないからだ。栗と柿を採りながら、椎茸を収穫して行く。小さな茶色い点は茸の形になって来たがまだまだ小さい。目星を付けていた椎茸を二つ収穫する。もう少し大きくなりそうだが秋の収入無しは厳しい。ここは妥協だ。小袋に大切に入れ、腰籠にしまう。


 昼前には斜面が西に曲がる地点まで到達出来た。ここで斜面を一度下りて、河原に重くなった背負籠を起く。ここから先は初めて入る。山之井川が南北から東西に向きを変え、それに沿って斜面も東向きから北向きに変わる。北向き斜面は東側斜面に比べて明らかに薄暗く、温度は低く湿度は高い。

「ちょっと、怖いですね…」

霧丸がポツリと言う。

「向きが変わっただけで、随分と違う物だな。」

俺も思わずそう返した。ゆっくりと斜面を進む。斜度もキツく歩きづらいが、日射しが少ないからか下草は少なめだ。お、あのテカテカした葉っぱは…やった、思った通り椿だ。しかも群落だ。五本程の椿が纏まって川の側に生えている。実の育ちは集落の近くより大分遅いな。日当たりの大切さを実感出来る。

「若様、ここ。」

霧丸が倒木の脇で呼ぶ。

「お、有ったか?」

「これ、多分そうだと思うけど…」

お、例の茶色の点がいくつか有るな。

「これは、育ってみないと何とも言えないんだよなぁ…」

ともかくメモである。


 この後、有望そうな朽木を数本見付け、この日は早目に切り上げる事にした。

「やはり、この位早目に終わりにしないと、帰りが辛いな。」

俺がそう言うと、

「この間は大分おっかなかったからなぁ。」

帰りが遅くなりがちな松吉でも怖かったんだから、相当だったんだな。明るい内に城に着く。源爺に青柿を届けると、「今年はもう充分だ」と言われた。良し、暫く柿は運ばなくて済むな。

 今日はもう解散と言おうと思ったところ、

「若様、自分達の採って来た栗は自分達で剥いて下さい!!」

唐突に、米に叱られた。そう言えば拾って来た栗は勝栗にしてくれと厨に丸投げしていたのだ。

「わ、わかった、臼と杵を貸してくれ。」

思わずそう答える。

「お、おい、お前等手伝え!!」

「わ、わかった!」「…わかりました。」

勝栗とは、鬼皮と渋皮を剥いた栗の実を乾燥させた物だ。名前から縁起物としても人気が有るが、子供には秋冬のオヤツとして重要だ。厨の前で臼に入れた栗を杵で軽く叩く。割れ目が出来たらそこから鬼皮を剥いて、更に渋皮も丁寧に剥く。杵を突くのもそれなりに大変だし、渋皮を剥くにも手間が掛かる。それを一度に数十個、下手すると百個近く毎日の様に持って来るのだ。そりゃあ、米の堪忍袋の緒が切れるってもんだ。

「明日から栗を持って来る時は、剥く時間も考えないとな…」

「そうですね…」

「…面倒臭い。」

「お前の勝栗無しだぞ?」

「…やる。」

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