43・楽しみを待つ楽しみ
結局、上之郷の対岸へ下りて来たのは夕方に近かった。山の中は大分暗くなっており、松吉ですら怖々と歩いていた。
「時間が無いから川沿いに行くか。足元を気を付けろよ。」
今日は、当初の目的地まで行く事に固執して無理をしたな。結局、最後の方は暗くて山の様子なんて禄に見られていない。明日からは少し行程を検討しよう。
「今日はちょっと行き過ぎたな。明日からはもっと短い距離にしよう。」
二人共明ら様にホッとしていた。
「あ、そうだ母ちゃんが腰籠二十個集まったって。もっと作るか聞いてくれって、言われたんだけど。」
「おい、今言うのかよ。」
「今思い出したんだ。」
清々しい開き直りだ。う〜ん…予算としては手持ち二貫は毛皮の購入に充てるから、今度与平から渡されるはずの残りの二貫が全てだ。だが、追加の椎茸も取れそうだし、腰籠の売却益も考えればもう少し有っても良いな。いや、与平達の馬に乗るか?秋は米を積むからスペース的に問題が出そうだな。悩むな…
「母御は普通の葛籠も作っているのだろう?」
「あぁ、作ってるな。」
「今回はいくつ位作っている?」
「五つかな。大体毎回その位だぜ。」
う〜ん…悩ましい所だな。運べないと意味がないからなぁ…
「追加の分の支払いは後になるかもしれん。それでも良ければ作ってくれと伝えてくれるか?」
「わかった、出来た物はどうする?」
「家に有ると邪魔か?」
「いや、そんな事ないよ。積んであるし。」
「じゃあ、そのまま置いておいてくれ。」
「わかった、伝えておくな。」
「急げ、頼んだぞ!」
常聖寺の境内から、俺の号令で霧丸と松吉が駆け出す。秋の山探索を始めてから数日。今日は和尚の手習いを受ける日だったのだが、雑談の中で和尚が衝撃的な事を言ったのだ。
「木通の種からは油が沢山採れましてな。」
今現在、山之井領内では毎日子供達によって、多数の木通の種が投げ捨てられている。幸い、俺達には今年の村営プールの運営で構築されたネットワークがある。各集落の年長組の子供に種の回収を依頼すべく二人は駆け出したのだ。さて、油を搾る道具は後で源爺に相談だな。
その後、和尚に借りた手桶に井戸で水を汲んだ俺は、寺の裏の斜面を登る。前世ではお墓参り以外では、まず見る事が無かったアイテムだが、ここでは液体を運ぶのに良く見掛ける。尾根に出ると二人の守兵が床机に腰掛けて物見をしていた。
「お、今日は春太か。」
「これは若様。如何されました?」
この間の襲撃の時に物見に出た若い兵だ。もう一人は以前狭邑に滝があると教えてくれた男だった。
「いや何、お寺で手習いを受けに来たついでに、様子を見に寄ったのだ。水は足りているか?」
手桶を掲げて聞く。
「これはわざわざ忝い。頂きましょう。」
二人は手桶に差して来た柄杓で水を飲む。
「梨も持って来た。後で食ってくれ。」
「いや、これはありがたい。」
今日も霧丸に貰った梨を一つ手渡す。
「そう言えば、礼を言っていなかった。狭邑の滝は良い所だった。皆喜んでいた。」
「それは何よりですな。」
「秋に紅葉が色付いたら、また行こうと言う話になっている。」
「確かに狭邑の者は紅葉の時期に滝に行くのを楽しみにしておりますな。」
「狭邑の大叔父上もそう言っておった。ところでお主名は何と言う?」
「某ですか?某は利助と申します。」
「利助か、覚えたぞ。では、長々邪魔しても悪いから俺は引き上げる。またな。」
「若様もお気を付けて。」
そう言って引き返し掛けたところでふと気になった。
「ところでお主達。雨が降ったらどうするんだ?」
「笠と蓑ですな。」
「やっぱりか…今日は持っておらんようだが?」
「今日は降りそうにありませんから、置いてきました。やはり邪魔ですので。」
苦笑いしながら春太が答える。
「父上に秋の長雨の前に、早めに小屋でも建てて貰うよう言っておくな。」
そう言って今度こそ引き返した。
「源爺、油を搾るにはどうしたら良いか知っているか?」
源爺の工房を訪れて問う。
「また唐突ですな。何を搾るのです?」
「うん、和尚から木通の種から油が沢山採れると聞いてな。後はこの時期だと椿の種だ。あれも油が採れた筈だと思ってな。」
しまった…椿の種も皆に頼めば良かった。失敗した。椿油が伊豆大島の特産だったと、今思い出したのだ。それに、椿の実と木通の実は時期がどん被りなのである。
「成程、捻って搾るか重さで潰すかですかなぁ。」
「急がぬので、ちと考えてみてくれるか?」
「わかりました。考えておきましょう。」
この後、俺は霧丸、松吉の家まで走り、明日は城に来る前に子供達や山に入る猟師、炭焼の人達に椿の種も採って来て貰う様に言って貰うように頼んだ。
翌日、いつもより遅くやって来た二人が来てから。源爺とお寺の裏の物見の所に行く。昨日父に、小屋を早く建てて欲しいと頼んだ所、「お前が指揮を執れ」と有り難い?丸投げを頂いたので、現場責任者になるであろう源爺と共に現地調査に赴くのだ。
道すがら搾油機の構造について話し合う。まず前提として
「一番簡単なのは袋に両端に棒を付けて、お互いが逆に捻る物になるだろう?」
「そうですな、ただ搾るのが種という硬い物ですから布が保ちますかな。胡麻や
「そうだなぁ…では押し潰すか?ただ、潰して出た油を上手く流す仕組みが必要になるぞ?」
「そうですなぁ…」
まだまだ時間が掛かりそうだ。試作するにも資源を使うのだ。パッと思い付いた物を端から試す訳にはいかない。
四人で尾根まで登る。途中、何人もの子供達と行き会う。
「あ、若様だ。」「若様も木通を取りに来たの?」
皆、甘い物を探して山に入っているのだ。どの顔も楽し気である。祭を控え、稲の乾燥を待つ間は民も割りと手隙になる。手伝いから解放された子供達にとっては楽しい日々なのだ。
「やれやれ、年寄には堪えますな…」
ベタな台詞を吐きながら源爺が尾根に立つ。尾根を越えた東側の斜面にも、子供達が歩き回っているのが見える。
「お待ちしておりましたぞ、若様、源三郎殿。」
行連が迎えてくれる。ここの物見は、基本若い者が配置されるのだが、今日は施設に関わる事なので行連が来ていたのだ。
「さて、どんな物を建てますかの。」
「一番簡単なのは柱を三本天辺で束ねて、茅葺きで覆う形だろうなぁ。」
早速、俺が言う。縄文時代の竪穴式住居をもっと簡素にしたような奴だ。この時代でも本当に貧しい小作等は竪穴式住居と大差無い家に住んでいる。
「まぁ、それならすぐに建ちますが…茅葺きは火を焚いて煙で燻すことによって長持ちする物ですからなぁ。」
あぁ、そうか。すぐに傷んでしまうのか…
「では、片流れの背の低い小屋か。中はギリギリ立てる位で良いと思うが。」
「そうですな。それだと柱も余り太くなくて済みますな。」
次の案は悪く無かった様だ。
「床は要るか?」
「いや、草鞋を脱ぐとすぐに動けなくなります故、要らぬでしょう。」
行連が言う。
「では、石を敷くか。足元が泥濘まなくて良かろう。」
「そこまでして頂かなくても。小屋があるだけで我等は充分ですぞ?」
何故か遠慮気味だ。
「随分遠慮するな。源爺、そんなに手間は変わるか?」
「まぁ、多少手は増えますが。」
「だ、そうだが?」
「いや、しかし…」
いまいち煮え切らない行連に聞く。
「何を遠慮しておる、何かあったのか?」
「いえ、昨日わざわざ若がこちらまで登って来られて、すぐに殿に頼んで下さったと聞きまして…」
「ふむ、忘れぬ内に頼んだだけなのだが…それに父は、すぐさま俺に丸投げしたぞ?」
なんだ、俺に遠慮しているのか??
「それに行連、一番肝腎な事を忘れておるぞ。」
「肝腎な事ですか?」
「うむ、砂利を敷くとしたら運ぶのはお主ら兵達と言う事だ。」
「ワハハハ!行連殿、若様の言う通りじゃな。」
俺と行連の問答を聞いた源爺が、珍しく大声を上げて笑う。
「そうですな、我等がやるのですから遠慮しても仕方ありませんな。」
照れた様に行連も言う。
「後は屋根の向きや窓の大きさ、方向か?暖を取る為に火は焚くか?」
「火は焚かぬ方が良いかと。煙の位置で見張っている場所がわかります故。」
「見張っていると、わからせるのも一つの考え方かと思うが?」
「ですが、少数で尾根筋を伝って襲われると面白くありませんぞ。」
「成程、一理ある。見張って居ると見せつけて敵に侵入を諦めさせるか、敵に悟られずに迎え討つのか。どちらを優先するかと考えれば、現状物見はここ一箇所な事を加味すると後者と言う事か。」
「そう言う事ですな。」
「ならば、下から見え難い事も考慮せねばならんな。」
その後、細々とした点を二人が詰め。今日は解散となった。実際の工事は祭の後になるだろう。お寺の境内まで下りてくると、
「わかさま、みて〜♪」
紅葉丸と同じ年頃の女児が、嬉しそうに木通の実を見せてくれる。夏場に川で良く見た子だ。
「お、木通が沢山採れたな。凄いじゃないか。」
「へへ〜♪」
ご満悦である。こんな小さな子でもちゃんと木通が手に入るのは、小さな子でも入れる山の下の方の実は、年嵩の子達は採らないと言う不文律があるからだ。数少ない楽しみはせめて老若男女楽しみたい。それが田舎の精一杯だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます