一章其の参 六歳、秋
42・山之井庄の秋
櫓から見える山之井庄は稲刈真盛りである。黄金色に輝き、頭が下がる程実った稲を刈り取る者達の稲刈歌がここまで聞こえてくる。城の者も、多くは実家の手伝いや城周りの稲刈りに出掛けている。
それ故、現在山之井城は絶望的なまでの人手不足である。どれ位人手不足かと言うと大手門脇の物見櫓に物見に立っているのが俺だということで察して貰えるだろう。そう、春と全く同じ状況です。
あの後暫くして夏も終わり、謹慎の解けた俺だが、その直後に始まった稲刈のお留守番として毎日櫓に居るのである…あぁ、無情…
あ、一応、隙を見て裏山の丸太には菌を植え付けに行けた。どの位で結果が出るのか。ひょっとして年単位で時間が掛かるのかもしれない。当分は天然物を探して山を駆け巡る事になるだろうな。
刈り終わった田んぼに、
「お〜い、若〜!!」
松吉が久し振りにやって来る。霧丸も一緒だ。
「二人共久し振りだな。」
門までやって来た二人に声を掛ける。霧丸は稲刈りが始まるまでは、謹慎中も毎日城に顔を出して居たが、松吉とはあの一件以来一月近く会って居なかった。
「足はもう良いのか?」
「足はとっくに治ってたんだけどさ、母ちゃんが、若は城から出られないから家の手伝いしろって言われてたんだよ。」
「成程、上手く使われていたんだな。取り敢えず出発しよう。」
そう言うと笠と背負籠、先を二股にした竹竿を二人に渡す。久し振りに筌を仕掛けてから(紅葉丸は毎日の様に霧丸と仕掛けに行っていたが。)山に入る。九月に入り、山の幸がそろそろ旬に入り始めているからだ。
「良いか、まずは何は無くとも椎茸だ。松吉、上ではなく下を探せよ。木通や柿はついでだぞ。」
「わかったわかった、それで何で若は城から出られなかったんだ?」
全然わかっていなそうな返事と共に松吉が聞いて来る。
「賊を撃退した後、城に使いを出して無事に終わったと伝えるのを忘れたのだ。しかも、その後俺達は呑気に飯を食って居たってのが全部母上のお耳に入ってな…母上と光にこっ酷く叱られたのだ…」
「それで罰として城から出られなくなったのか?」
「…そうだ。」
「アハハハ、若も母ちゃんに叱られる事なんてあるんだな!」
心底楽しそうに笑われてしまった…
「煩いぞ…とっとと歩け。」
秋に入ったと言ってもまだ夏の名残のある季節、下草も藪もまだまだ深い。しっかり見ないと見逃してしまう。
「お!若、有ったぞ!!」
む、有ったか!意外と早く見付かった。ん?松吉は何処を見てるんだ?視線が随分先を見ている。
「…木通か?」
「おぉ、今年始めての木通だぁ。」
「俺は下を見て椎茸を探せって言ったはずだぞ?」
「仕様が無いさ、勝手に目に入るんだ。」
こいつは駄目だ。任務を変更しよう。
「わかった、お前は木通と栗と柿を探せ。緑の奴もだ。良いな。」
「緑の奴も探すのか?」
「そうだ。」
俺はそう言うと腰籠から薄い木の板の上に小さく切った紙の束を乗せた物と小さな竹の水筒(塩を入れて待ち歩いている物と同じ物)、そして漆を塗った竹串を取り出した。
「何です、それ?」
霧丸が興味を持ったのか聞いて来る。和紙を横に三つに切った紙の束はメモ帳だ。板は画板の役目。水筒には墨が入れてある。零れると籠の中が大変悲しいことになるので栓はキツく締めてある。そして、竹串はペン代わりだ。そのままだと墨を吸ってしまうので漆を塗って防水にした。
「これに見付けた物の場所を書き留めて置こうと思ってな。次来るときや来年が楽になるだろ?」
「あぁ、確かに。だから緑の奴も探すんですね。」
「そういう事。松吉、わかったか!?」
「わかった〜!」
わかってない!!既に木通の木の下に居るじゃないか。他の木に巻き付いた木通の、紫になってパカっと皮が割れた実を取り出して食べる。甘さは強くないが爽やかで旨い!旨いが種がデカくて食べるところが少ない。もう一個食おう。
違う違う!椎茸だ椎茸!取り敢えず採れる高さの木通を採って松吉の背負籠に放り込む。
春に椎茸を見付けて、追加で丸太を転がした場所まで来た。春に転がした方は何も変わりない。切り倒してからまだ数ヶ月、菌を植え付けたのはつい先日、当たり前だ。椎茸が採れた方の朽木は…
「なぁ霧丸。この小さい茶色の点は椎茸だと思うか?」
「う〜ん…こんなに小さいとわかんない…」
1ミリ程度の茶色い点がいくつか見える。これは果たして…
「ちょくちょく様子を確認しに来るしかないか。」
次に行こう。
「あ、栗だ!」
栗か仕方無い。
「お、もう落ちてるじゃないか。」
思わず栗の木に走り寄る。栗拾いという遊びは大変危険なアトラクションだ。その為に三人共笠を被って来たのだ。前世では靴で踏んで中を取り出したイガも草鞋でやると大惨事だ。菜箸の様な長めの箸でイガを抉じ開けて栗を取り出す。あ、竹でトングみたいな物は、作れないだろうか。後で聞いてみよう。因みにこの時点で穴が開いている栗は虫食い確定だ。残念だがポイである。拾った栗を松吉の背負籠に放り込む。
斜面を北に向かう。出来れば今日は斜面が川に沿って西に向きを変える辺りまでは探したい。二ヶ所目の椎茸ポイントは今の所、何も無かった。ここも経過観察っと。
「若、緑の柿が有ったぞ。」
明らかにテンションの低い声で松吉が報告して来る。
「あの柿は実が小振りだ、あれは干柿用にそのまま放って置く。」
実が小さいと乾燥が早いので痛む前に水分が飛んで干柿になりやすいらしい。急いで木の場所をメモする。
松吉が再度見付けた木通を噛りながら苺の丘(紅葉丸がそう呼び始めた。実にわかり易い良い命名である。)の上を通過する。あそこに秘密基地を作ったらどうだろう。水田は無理だが畑や果樹なら色々と試す事が出来るかもしれない。田畑をくれと父に言っても嫌がられるかもしれないが使っていない土地ならもしかすると…あ、でも水源が無いな。川も斜面も近いから井戸を掘れば水が出るかもしれない。でも誰か井戸掘り出来る人間は居るかな?前世では井戸掘りは専門職だったけど…この時代はどうなんだろう。隠れ家として小さな庵でも有るといいな。囲炉裏で獲れた鮎を焼いたり出来たら最高だろう。夢を膨らませながらまだまだ進む。
「有った〜!!」
俺より少し下の斜面を進んでいた霧丸が嬉しそうな声を上げる。椎茸か!?霧丸の、所へ走る。松吉も駆け寄って来た。
「若様、有りました!!」
笑顔で報告する霧丸の足元には倒木が朽ちており、確かにそこから小さな椎茸が生えていた。
「良し、良くやった霧丸。やはりお前は椎茸を見付けるのが上手いな。」
そう、褒めると心底嬉しそうな顔をする。うん、なるべく褒めよう。良し、メモメモ。
「若、採らないのか?」
漸く見付けた椎茸を目の前にメモを始めた俺を不思議そうに見ながら松吉が聞く。松吉も椎茸の価値を身を以て知っている(売った銭を隠して運んだのだから。)ので安易には触れようとしない。
「まだ小さいからな。もう少し育つようならその方が良い。大きい方が高く売れると思わんか?」
「それはそうだな。」
松吉も納得だ。
「これは、毎日観察だ。あ、さっきの茶色い点はないか?」
しゃがんで朽木を調べる。
「これか?」
俺を真似て見ていた松吉が聞いて来る。
「あぁ、これだ。やはり、これはこれから椎茸になるのかもしれん。全部椎茸になったら春より稼げるな。」
俺も思わず顔が緩む。霧丸も嬉しそうだ。
「若、あれ以上袖に銭を入れたら着物が破けちゃうぞ?」
松吉が心配そうに言う。
「それは言えてるな。まあ、半分は銀や金でと言ってあるから大丈夫だと思うが…あ、背負籠を持って行くか。」
「あぁ、それは良いな。それなら大丈夫そうだ。」
松吉も一安心だ。
「柿だ、大きいぞ!!」
松吉の声がする。お、やった緑の大きい柿だ。これは運べるだけ運ぶ。
「良し、採れるだけ採るぞ。」
背負籠を下ろしそう告げる。
「採るんですか?」
霧丸が意外そうな顔をする。
「源爺から柿渋用の柿を採って来て欲しいと頼まれている。」
「「あぁ。」」
二人共源爺には世話になっている。即座に納得した。竿の先の二股を実の根本に差し込み捻って落とす。七尺程の長さの竿で届く範囲の実はすぐに無くなってしまった。
「届かないな。」
松吉が残念そうに言う。庭先や畑の周り等で果樹として育てられている木というのは必ず収穫に適した高さを越えないように手入れされている。それに対して山の木は当然どんどん上へ伸びていく。そうすると日の届かない下の方の枝には実がならなくなるのだ。
「取り敢えず落とした柿を籠に入れよう。」
そう言って俺は柿を松吉の籠に放り込む。
「なぁ、なんでさっきから全部俺の籠なんだ?」
漸く気付いた様だ。
「木通と栗と柿はお前に任せると言ったではないか。俺達は椎茸専門だ。」
隣で霧丸もウンウンと頷く。
「えっ、運ぶのも!?」
「「アハハハ」」
愕然とする松吉に二人で笑ってしまう。
「お前が運べる分採ったら俺達の所にも入れるさ。ちょっと背負ってみろ。」
素直に松吉が背負籠を背負う。
「う〜ん…まだ斜面を歩くのか?平地ならもうちょっといけそうだけど…」
「なら、それだけにしよう。後は俺達の方に入れる。」
「どうしますか?登ります?」
霧丸が残りの実をどうするか聞いて来る。
「柿の木は折れやすいと聞く。枝から落ちた上に斜面を転がり落ちるのは嫌だろ?」
「絶対に嫌です。」
力強く宣言する霧丸。
「取り敢えず竿を繋ぐか。縄を出してくれ。」
霧丸の腰籠から縄を出して貰う。今回、筆記用具と小刀を追加したお陰で俺の腰籠からは縄が割りを食って追い出された。
この白木の拵の小刀は、賊を見付けた褒美に父から貰った物だ。同じ物を霧丸と松吉も貰った。きっと二人も腰籠に入れて来ているだろう。
竿を二つ繋ぎ合わせて柿の木に再挑戦する。
「お、結構届きそうだ。どんどん落とすから二人は拾って籠に入れてくれ。」
とは言った物の二倍の長さになった竿はたわみも二倍、中々思った所に運ぶのが難しい。
「若、もうちょっと手前だ。あ、行き過ぎ!」
喧しい、わかっておるわ…
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