41・これからの領地と俺
「良さぬか二人共。」
父が語気を強めて止める。
「は、申し訳ありません。しかし父上、今後この様な事がまた起らぬとも限りません。父上がお留守の際は、信頼出来る山之井の親族の誰かを城代として城に残して頂けませぬか。さすれば今回の様な騒ぎにも、もっと適切に対応出来たでしょう。」
孝政をチラっと見ながら言ってやる。お前では力不足だと。
「次が有ると思うか?」
父が思案顔で聞く。
「一度有ったのです。次が無いと言う保証はどこにも有りますまい。」
「永治、どう思う。」
父が爺に聞く。
「確かに実野盆地との関係も、ここの所また悪化していると言う事ですから、殿が留守にされる事も増えましょう。そんな時に後方撹乱を狙った敵が、谷を通って来ると言う事態は考えられない事ではないかと。であれば、城には信頼できる者を置くという若の提案は正しいものかと。何せ少数なら越えられると、今回証明されたのですから。」
「そうよな…誰が良いと思う?」
「頼泰殿しか居りますまい。」
「若鷹丸もそれで良いか。」
「はい、大叔父上はこの城で育った事も考えれば最善だと思います。」
「わかった、叔父上頼めるか?」
「永治殿と若鷹丸に推されては断れませんな。お引き受けしましょう。」
「良し、儂が留守にする時は、叔父上が城代としてこの城に入る事とする。他に懸念される点は有るか?」
忠泰叔父が、
「では、某から一つ。」
「うん、言ってくれ。」
「そもそも北からの谷筋に監視が必要かと。」
「そうよな。若鷹丸達が賊を見付けた辺りに、物見台を置くか…谷の出口に関を設けるか。」
まぁ、その辺が無難だよなぁ…本当なら寺の裏か稲荷の裏辺りにこの城ごと移転出来れば最適なんだろうけど。谷に関所を作るのはどうかなぁ…
「若鷹丸、難しい顔をして何かあるのか?」
頼泰大叔父が聞いてくれる。
「いえ、谷筋に関所は…」
「何か気になる点が有るか?」
父も聞いて来る。
「大雨の時に、あの谷がどうなるか知らぬ物ですから…水に沈んだりしないだろうかと。」
「確かに。誰か知っておるか?」
それに対して行賢の大叔父が答える。
「若様の懸念は確かに有ります。野分(台風)の様な大雨の時はあそこは水嵩が増してとても渡れる物ではありません。年に一度二度の事でしょうが、あの谷に何か建てるのは余りお勧め出来ませんな。」
「やはり、物見台かの。」
「そうですな、それが無難でしょうな。」
皆の意見も物見台に傾いているようだ。
だが俺は心を鬼にして言わねばならぬ。
「父上、どちらにするにせよ、あの谷は一度調べに行かねばなりますまい。」
「確かにな。何だ行きたいのか?」
「行きたいのです!!」
探検なのだ、行きたいのだ!!
「許さねば勝手に行くのだろう?」
苦笑しながら父が言う。
思わず目が泳ぐ。その様子を見た皆も笑い声を上げた。
「そもそも、あの谷を登った事のある者は山之井にいるのでしょうか?」
俺がそう聞くと。
「聞いたことがありませんな。」
「実野盆地に抜けられると言う話だけは聞きますが。」
皆も無いようだ。
「行賢の大叔父上、正助に聞いてみませぬか?」
「成程、一番可能性が高そうですな。帰ったら聞いてみますか。」
「俺も行きたい。明日はどうだ?」
「明日ですか、「駄目だ。」」
父が会話を遮る。
「涼が怒っておる。お前は暫く城から出さぬ。お仕置きだそうだ。」
うっそだろ…
「…父上?」
上目遣いに聞いてみる。
「駄目だ。儂には何とも出来ん。」
あぁ…我が家の力関係が浮き彫りになっている。
「…わかりました。大叔父上、聞いておいてくれ。」
「わかりました。」
これには大叔父上も苦笑いだ。
この後、当座は城の者が交代で寺の裏で物見をすると言う事で今回は解散になった。とは言え守兵の数がいきなり増える訳も無く。なんと門番を削る事になった。「まぁ、誰か来たら物見が片方下りて対応すれば良かろう。」との父の何とも呑気な発言を以て散会となった。その後、俺は父から改めて昨日の事について事情聴取を受け、皆からも間違い無いと太鼓判を押された結果解放されたのだ。
あー…退屈だ。俺は今絶賛謹慎中の身である。昼間から部屋の真ん中でゴロゴロしている。母から外出禁止を言い付かってから今日で三日目。外に出られない俺を横目に、紅葉丸は霧丸を連れて筌を仕掛けに行き。ついでにあちこち遊び歩いているらしい。俺も物見櫓に登ってみたりしたのだが、虚しくなるばかりなのでそれも止めた。
捕らえられた賊は、結局アッサリと首を撥ねられた。尋問の結果、実野盆地から山之井に抜けられる谷がある事、三田寺の寄り子は皆三田寺に集まる事を、誰かから聞いて(むしろ聞かされたのだろうが)、楽に稼げると思ってやって来たらしい。問題は教えたその誰かが、誰なのかだが、向こうも馬鹿では無い。そこはわからぬ様にやったのだろう。それ以上は叩いても何も出なそうだったので斬られた。この時代だ人買いに売るのかと思ったら、人買いが来るまでに食わす飯代が勿体ないと言われてしまった。人の命の値段の安さに震えたわ。
分捕った物の内、価値のあった物はやはり馬で、軍馬では無く駄馬であったそうなので、これは一番戦功のあった狭邑郷へ贈られた。炭の運搬にでも使ってくれると嬉しい。刀や槍は最早実用に耐えないとされ鋳潰す様だ。鎧もボロボロの腹当ばかりで討死した方の騎馬の者が着ていた腹巻が辛うじて修理する価値有りとなった。他はバラして鉄だけ取り出す事になりそうだ。衣類も駄目だろうと思っていたら城の女達が嬉しそうにまだ使えそうな部分を切り取って端布にしていた。やっぱり山之井では布は貴重なのだ。
ゴロゴロしながら霧丸の持って来てくれた梨を噛る。甘味は少ないけど瑞々しくて、ここで手に入る食べ物の中ではトップクラスに美味い。しかし、いつまでも梨を噛じっていても仕方が無い。これまでの事、今後の見通しを整理する事にした。要するに衣食住の改善の事だ。
まず食については、とにかくタンパク質の摂取量の改善が問題だった。必須アミノ酸やらアミノ酸スコアの話をしだすと面倒な事この上ないから割愛するが、タンパク質と言えば肉や魚を思い浮かべるが、実は穀物にもタンパク質は含まれている。但し含有量は肉や魚に比べて圧倒的に少ない。なので、この時代の人間は米をすごい量食べて補っているわけだ。だからこそ、肉や魚に拘っているわけだが、やはり狩猟と言う手段の問題から肉の安定供給は困難と言わざるを得ない。魚に関しては、大分マシだがこれは自分だけで考えた場合であり、領内でと考えれば内陸の山之井では水産資源の量が圧倒的に足りないだろう。
やはり畑のお肉こと大豆だろうか?大豆は連作障害がとか聞いた事あるけどどうなんだろう。空中窒素固定って大豆だっけ?う〜ん…素人が考えても聞き齧りの中途半端な知識しか出て来ないな。それに大豆の食べ方なんて味噌と醤油と豆腐に納豆、それに煮豆と枝豆位しか思い付かんのだが…そもそも豆腐も納豆も見た事がないな。取り敢えず、食生活を豊かにすると言うのは、なんとも難しいと言う事だけはわかった。
食はほとんど改善していないとわかった所で、次は衣だ。山之井では機織りをしていると言う話を聞かない。皆与平から布を買っている。なんでだ?何もわからないことがわかった。これは誰かに聞こう。
最後は住だ。住で一番の問題なのは冬に寒い事だ。これは定吉に毛皮を頼んでいる。俺自身の問題とすれば、上手く行けばこの冬には解決するかもしれない。だがこれも領内の事を考えると、何も解決していない。そもそも、何故日本家屋は寒いのか。勿論隙間風の問題も大きいんだが、まず土間が寒い気がする。壁には何か断熱材は入っているのだろうか。後、農家は天井もない。囲炉裏の煙で茅葺屋根を燻す為だ。これも何もわからないな。もっと源爺に仕事を見せて貰うべきだろうか。
う〜ん…六歳児の半年なんてこんなもんなのかなぁ。知識チートとか難し過ぎる。この半年で出来た事なんて、椎茸採って来て与平に売り付けただけだ。
あ、椎茸だ!源爺の所で乾かしている椎の木の丸太はそろそろ乾燥したかもしれん。源爺の部屋に駆け出した。
よしよし、源爺から丸太の乾燥についてお墨付きを貰った。部屋の前の廊下で丸太に穴を穿ち栽培した椎茸菌と思われる恐怖のネバネバを押し込む。最後に木片で蓋をして完成。のはずだ。…これどこに置く?部屋の中は怒られるだろうな。庭だと誰かに薪にされそうだ。う〜ん…秘密基地が欲しい!!そうだ、当面の目標は秘密基地の建設という事にしよう。あっ、裏山に放置してある丸太にも植え付けに行かなきゃ!あっ、俺謹慎中だった!!
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お読み頂きましてありがとうございます。
一章其の弐はここまでとなります。お気に召しましたらフォロー、評価等頂ければ大変励みになります。
次回からは秋編。新たな改革の試みも始まるかもしれません。
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