40・本当に大変なのは帰ってからだった

 奪った馬に分捕った獲物を積む。それを兵達が曳き、その後ろには捕らえられた賊が縄で括られて引っ張られて行く。爺は飯を食うと、そのまま三田寺に急ぎ向かった。

 俺達も狭邑の面々と別れ、帰路に着く。下之郷で松吉の家に寄り、母御に松吉の働きをしっかりと伝え、暫く休ませる様に言った。中之郷でも霧丸の母御に倅の活躍をしっかり伝えて城に戻った。


 城に戻ると残った守兵が歓声で迎えてくれる。門を潜ると騒ぎを聞きつけた上之郷の大叔父達もやって来ていた。

「若鷹丸、無事だったか。」

「大叔父上、忠泰叔父上も来ていたのか。」

「うん、和尚から報せがあってな。城の兵も出た故、心配は無いだろうとの事であったが、一応な。」

「すまん、後詰めを優先したので報せを出す余裕が無かったのだ。今思えば残りの城の者を誰か走らせれば良かったのだが、そこまで思い至らなかった。」

「いや、正しい判断であろう。殿が居ない中で良くやったわい。」

大叔父がそう褒めてくれた。

 その時だ、

「…若鷹丸殿?」

ゾッとする様な声を掛けられた。大叔父達もビクッとした。声の主を見ると能面の様な顔をした母が立って居た。これは…怒っていらっしゃる…のか?

「い、如何なさいました、母上?」

「ちょっといらっしゃい。」

いけない、このまま付いて行ってはいけない。俺の心がそう叫んでいる。

「は、母上、今は後片付けを指示せねばなりませぬので後程…」

必死に言い訳を捻り出す。

「そうですか、では片付けが終わったら母の部屋までいらっしゃい…」

そう言い置いて母は去って行った。怖かった…なんとか対策を考えなくては…

「誰か一緒に来てくれ…」

「儂等は現場に居らんかったからのぉ…」

「そ、そうですなぁ…」

上之郷組が逸早く逃げを打った。

「そ、某はお役目がありますので…これで…」

「行連、それはないぞ…」

「某は一介の守兵。奥方様に楯突く等とてもとても…」

「楯突く気等、微塵も無いぞ!?」

もう、誰も目も会わせてくれない。

「大叔父上…今日は上之郷に泊まると言うのはどうだろう?」

「それは悪手の中の悪手だ…若鷹丸、諦めよ。」

誰も一緒に怒られてはくれないのか…


「…はぁ、仕方無い、片付けをするか。行連、当番を上手く組み直してくれ。それから、城の人数は減らして良いので東の尾根に一応見張りを出してくれ。馬は厩に、分捕った物は纏めて蔵に放り込んでくれ。それから出掛けていない者から何人かで米を狭邑郷に運んでくれ。一斗ばかり有れば良いだろう。」

周りで様子を窺って居た者が、それを聞いて動き出す。

「若様、こいつ等はどうします?」

賊に綱を握った者が聞いて来る。

「俺はこの城で、牢等と言うものは見た事も聞いた事も無いぞ?」

そう言うと、

「確かに儂も見たことが無いな。」

「某も知りませぬな。」

この城で育った大叔父と、この城で働く行連もそう続いた。

「…この城、足りない物が多過ぎやせんか?」

俺がそう言うと。

「田舎だからの。」

全てを許容する、田舎と言うパワーワードで大叔父に雑に一蹴されてしまった。

「仕方無い、雁字搦めにして厩に放り込んでおけ。水は与えても良い。明日には父上が帰って来る。それまで死ななければ良い。」

そう言うと井戸へ行き体を洗った。改めて見ると手足は切り傷や擦り傷だらけで酷い有様だった。着物も彼方此方引っ掛けて解れている。


 一度、部屋に戻って光に着替えを出して貰おう。部屋には心配そうな様子で待っていて、俺の様子を見ると大慌てで薬を取りに行った。

「全く、危ない事をなさって。戦場にまで行って、こんな傷だらけになって…」

手足に大層滲みる薬を塗りながら光が言う。しまった…ここでもお説教が始まってしまう。

「俺は山の上から城まで走っただけだ。この傷はその時に出来たのだ。それに戦場には行っていないぞ。下之郷で待っていたのだ。は、母上の所に呼ばれているのだ着替えを早く出してくれ。」

 大慌てで着替えると母の部屋へ行く。なぜ光が付いて来るのだろう…

「…成程、わかりました。確かに山之井の一大事に対しての事、それに身の程を弁え戦場へは行かずに後ろで待っていた事、それは良いでしょう。」

それは?じゃあ、もう良いでしょう?何で続きがありそうなの!?

「ならば、なぜすぐに無事に終わったと報せを出さぬのです!母や光が、どんな気持ちでここで待っていたと思っているのですか!?その間、貴方は呑気にご飯を食べて居たと言うではありませんか!!」

「そうです、若様はいつもいつも…」

あぁ、飛び火した…もう駄目だ…

 俺はこの後、二人から日頃の行いについて懇々とお説教を受ける事となった…それは夕餉の時間になっても終わる事無く、夜もかなり更けてから解放されたのだった。そのまま倒れる様に眠った俺は翌朝、日が大分高くなるまで起きることは無かった。


==大迫永治==

 馬を飛ばして日暮れ前になんとか三田寺の城に着く。

「開門!開門!某、山之井より使いで参った、大迫永治と申す。我が主、山之井成泰に取次願いたい!!」

門番に用向きを告げる。すぐに部屋に通され暫く待つ。殿と三田寺殿が部屋まで出向いて来られた。

「永治、何があった?」

緊張した様子で殿に聞かれる。儂が馬を飛ばして来ると言う時点で、只事では無いのだ。

「先程、下之郷と狭邑郷の間の谷筋を通って、北から賊が侵入しました。」

「「なんと!」」

「幸い、寺の裏の尾根に登っていた若達がそれに気が付きまして。若が適切に人を指揮し、撃退する事に成功しました。」

「そうか、まさか若鷹丸も戦に出たのか!?」

一瞬安心した様子を見せた殿が、慌てて聞いて来る。

「いえ、若は大まかな指示を出した後は、自重して後方でお待ちになって居られました。戦の指揮は主に行賢殿と行連殿が執られたとの事です。」

「そうか、狭邑の者ばかりだが?」

「賊が狭邑郷へ向かいました故、また城の兵を中心に山之井の者達は行連殿が。」

「そうか、では損害は特に無く撃退出来たのだな?」

「はい、小さな怪我をした者が多少居る位です。只、若はこの時期に北から賊が来た事を憂慮されているご様子で、至急殿にはお戻り頂きたいと。」

「情報が漏れて居るのか…」

三田寺殿が渋い顔して言われた。

「裏切者が居ると?」

殿が聞かれる。

「そこまでは申さぬが、盆地と繋がっている者がいるのだろう。そうでなければ今、狙った様に賊が侵入する事はあるまい…」

「明日の朝一番に戻りまする。」

「うん、そうしてくれ。しかし、若鷹丸は学も得意だが、武も行けそうだな。」

三田寺殿が嬉しそうに言う。

「はぁ、倅は某とは違い、色々と視野が広い様です。某とは違う方向の武でしょうな。」

殿は少し困った様に答えた。確かに若の視野の広さ、考え方の柔軟さは、儂から見ても驚く部分が多い。殿はどちらかと言えば真っ直ぐなお方故、戸惑う事も多いのだろう。

====


 漸く起き出した俺が、すっかり冷たくなった朝餉を掻き込んでいると父と爺がもう帰って来た。同時に領内に触れが出され、主だった者が城に集められた。

 広間に皆が集められる。と父が開口一番。

「留守中、賊に対してくれた者達は、御苦労であった。感謝する。被害無く撃退出来た事、三田寺の義父上も感心して居られた。」

そう言って頭を下げた。

「「はっ」」

皆も頭を下げる。

「若鷹丸、お主も良くやった。」

父から褒められる。

「ありがとうございます。ですが、遠くの賊を見付けたのは松吉ですし、最後まで賊に張り付いて行先を探ったのは霧丸です。俺は人を集めて送ったに過ぎませぬ故。」

「何、人を上手く使うのも大将の器量よ。素直に褒められておけ。」

「左様左様、一人で全ては出来ぬ故な。」

父と頼泰の大叔父が言ってくれる。

「ではありがたく。」

そう言って頭を下げた。


「しかし、あんなに兵を動員する必要がありましたかな?たった十人ちょっとの相手に全部で百名近い者を動員するとは非効率も甚だしいですぞ。しかも、飯まで食わすとは…自分達の土地を守るのです只で戦って当然ではありませんか。」

この甲高い声は小嶋孝政だ。コイツはあれだな民は死なない程度に搾り取るタイプの男だな。それにそもそも俺の事が気に入らないのだろう。来たときからこんな感じなんだよなコイツ。何が原因だ?

「お前なら最小の数の兵で効率的に勝てたとでも言いたそうだな。」

見下した様な表情で聞いてやる。

「当然でしょう。算術の神童等とは呼ばれても若様もまだまだ子供ですな。」

得意気に言う。

「ハハハハ、臆病風に吹かれて城に閉じ籠もっていた男が随分な大法螺を吹くではないか。臆病風か大法螺か吹くのはどちらかにしておけ。」

おー、途端に顔を真っ赤にして怒りに震える。

「それに民が死ねば生産力が、落ちるのだ。目先の数字に囚われて、長い目での効率を考えられぬ奴が効率等と片腹痛いわ。」

俺と孝政の、長く続く事になる対立が決定的になった瞬間だった。

ふん、こちとら六歳児なのだ。精神年齢も肉体に引っ張られているので怒りを飲み込むなんてことは出来ないもんね!!

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