35・調整会議

 川下りを試してから数日後。各集落の代表と炭焼きの者に城に集まって貰った。城の広間に座るのは、上之郷からは頼泰大叔父と忠泰叔父、それに炭焼きの作造。中之郷は誠右衛門に炭焼きの佐吉。下之郷は康兵衛。落合は爺と永由叔父。狭邑は行賢大叔父と行昌叔父、炭焼きの伊兵がやって来た。こちらからは俺の後ろにお目付けで父が、そして技術面での補助に源爺が出席している。

「大叔父上、叔父上方はもうご存知だと思うがこの度、冬の仕事として領内挙げての炭の生産と運搬を計画している。船での運搬については一応の目処がついたと思っている。」

「若鷹丸よ、ここで初めて話を聞く者もいる。具体的に説明せよ。」

父が言う。父にも詳細はまだ伝えていないので本人も聞きたいのだろう。

「はい、落合にある一番小さな川船を使い上之郷、狭邑郷から炭俵を積んだ船が通行可能か試してみました。結果、上之郷からは最低でも六俵、狭邑郷からは三俵の炭俵を運ぶ事が出来ました。但し、途中何箇所か船底がつかえる場所があり、定期的に川底を浚う必要があると思われます。」

「その数しか運べぬなら馬でも良いのではないか?」

また、父が聞く。

「確かに、特に狭邑郷の方は馬も考慮しても良いかもしれません。それか船を長くするかですね。まぁ、上之郷との距離を考えると二回運ぶでも良い気はしますね。」

「底がつかえるのに長くして良いのですか?」

永由叔父が不思議そうに聞く。

「うん、長くする分には面積に対する重さは変わらないはずだから大丈夫なはずだ。多少取り回しは悪くなるだろうがな。」

他の皆もわかった様なわからない様な顔をしている。

「まぁ…算術の神童である若がそう言うのです。きっとそうなのでしょう。」

爺が何とも雑な纏め方をする。

「それから一番の問題は城の下の橋です。荷を積むと恐らく通れません。なので改修か造り直しが必要でしょう。源爺どう思う。俺は真ん中辺りを取外せる様に出来ないかと思っているのだが。」

取り外し式は構造的に流石に無理があるか?

「強度がどうでしょうか…馬や武装した兵が渡って保つかどうか…今の橋に脚を付けて嵩上げする方が良い気がしますが。」

「それが無難か。父上、源爺に城の者を指揮させて、やらせても良いでしょうか?」

「まぁ、良かろう。しかし川俣の手前の橋はどうする?あれは丸太を渡しただけだろう。完全に造り直すのか?」

「落合から三田寺へはもっと大きな船を用意して一度に運ぶべきと考えます。であれば橋の周辺に船を付けて積み替えれば良いのではないかと。因みに源爺、船は…」

「船は船大工でなければ…儂には無理ですな。」

まぁ、そうだよね。

「その三田寺への行程も問題よ。板屋の領内を通るぞ。いい顔はするまい。」

父の顔が不満気に歪む。父も板屋には思う所がある様だ。

「そこは、我等からでは無く三田寺から話をして貰えばどうでしょう。三田寺の荷物が往き来すると。いっその事、船は三田寺の物としてしまうのが良いかもしれませんな。」

「確かにそれなら内心どう思っていようが否とは言えまいな。」

因みに板屋や山之井に関所は無い。人は顔見知りばかりで不審な者はすぐに見つかるし、通り抜ける先の無い谷間に関銭を取るような相手は来ないのだ。むしろ下手に関銭等取って唯一の行商人まで来なくなっては一大事だからな。勿論、平野の守護代様の領地や三田寺の領地には関所がある。但し、山ノ井からの行程には無い。費用対効果が悪過ぎるからだろう。

「という事で運搬については橋の改修と川底を浚う事。そして主には船の調達が問題になると思います。爺、落合の川船はどこから手に入れたのだ?」

「さて…田代屋の先代の口利きだったような覚えがありますが、確とは…」

「わかった、ではまず父上に三田寺へ板屋への報せを出して貰うついでに船大工の宛が無いか聞いて貰おう。父上宜しいですか?」

「うむ、良かろう。手紙を出そう。」

「それが駄目なら与平に聞こう。」


「良し、それでは実際に炭の増産について話したい。炭焼きの三人に聞きたい。領民が木を切り出せばその分炭焼きの量も増やせるか?」

作造、佐吉、伊兵が顔を見合わせる。代表して年嵩の佐吉が答える様だ。

「木だけでなく藁が必要になりまする。」

「藁?どういう事か?」

炭を作るのに藁が要るの??

「炭焼きはまず積み上げた木に火を点け、そこに藁を被せて更に土を被せ蒸し焼きにする事で作ります。その藁の量が必要です。」

藁か、藁は生活必需品だからそう安易に使えないな。

「藁というのは稲藁や麦藁でないといけないのか?土を満遍無く乗せる為に下に敷くだけならばすすきなんかでも良いか?山之井川の上流にはあし原もあったはずだ。」

薄も葦もかやの一種故、これらも生活必需品には違いないのだが、山之井には割にこれらが潤沢に在る。

「確かに、土さえ上手く乗ってくれりゃまぁ何でも構いません。杉の葉なんかでも上手く重ねりゃ出来そうな気はします。」


「話を纏めよう。秋に皆が茅を刈る時に何時もより多く刈り入れて貰う。冬になったら木の切り出しだ。これも冬場に皆がしている事を増やして貰う。二つの量は炭焼きの三人を中心に相談して欲しい。」

各人が頷く。

「炭は上之郷と狭邑郷で焼く事になるだろう。中之郷ではこれ以上切る木を増やすのは厳しかろう。佐吉はどちらかの炭焼きに回ってくれ。」

佐吉が同意する。

「どの程度焼くかはどの程度売れるかに依る。父上、手紙にどれだけ買ってくれるのかも足して下さい。後、売値も相談して下さい。商人を通さない為に彼等より安くする必要がありましょう。それと、船は山之井が用意して、炭の売上から何割かを支払いに充てる形にしたいのですが如何でしょう?船の代金が払い終われば税として納めて貰おうと思いますので余り重いと問題でしょう。」

「わかった、手紙はすぐに出す。税は今後相談だな。」

「それと大事な事は、切ったあとに木を植える事だ。三田寺では木が減ってしまった為に新しく木を植えているらしい。それも父上に聞いて貰おう。」

「木を植えるのか、簡単に教えてくれるだろうか?」

父が首を傾げる。

「三田寺としても長く山之井から炭を手に入れたいはずです。十年、二十年して木が減ったから山之井から炭が買えなくなりましたでは意味がありませんからな。」

「しかし、山之井の木が無くなるか?」

父はピンと来ないようだ。

「無くなりはしないかもしれませんが、集落に近い所から順に木が減って行けば民はどんどん遠くから木を運ばねばならなくなりますぞ。尾根向こう等となったら誰も行かなくなりますぞ。」

「確かに丸太を曳いて尾根を越える等となれば誰もやりませんな。」

爺の言葉に皆が納得したように頷く。


「では、細かな事は手紙が戻ってから追々調整しよう。今日は以上とする。広間はこのまま使って構わないので詰められる所はこの後詰めて行って欲しい。」

俺がそう締めると終了となった。ここからは炭焼きを中心に実務の話だ。

「爺、炭焼きを中心にと言っても三人に場を纏めろと言うのは酷だろう。仕切りを任せて良いか?」

「わかりました。それでは。」

話は各集落が出せる人数。冬場に労役に付かせる日数や仕事の割り振り、果ては売上の分配まで幅広く行われる。俺はそれを聞きながら気になった点を掘り下げて聞いた。


 それから暫くの後、三田寺からの返書を持って小嶋孝政と言う男が山之井へやって来た。館野義典殿の後任となる男だ。家中の主だった者が集まる中、挨拶をした孝政と言う男は良く喋る男。その一言に尽きると言うのが印象だ。口以外も達者かどうかは見物だが、早くも評判は良くない。成程、義典殿がわざわざ恥を忍んで教えてくれる訳だ…

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