33・欲しい物は欲しい
結局、三田寺には二泊して帰路に就く。本当は色々見たい事、聞きたい事があったのだが、他所の事なので自重した。これから徐々に知っていけば良いのだ。帰りは永由叔父の前に乗る。
「叔父上、帰りに入谷の館に寄ってみようと思う。兵の数、馬の数、物資の量、何でも良い、判るものは全て記憶して欲しい。」
「入谷が敵になると?」
意外そうな顔をする。
「すぐにどうこうなるとは思わん。だが、こんな御時世だ。何があってもおかしくない。知っておいても損にはならんだろう。」
「それは、まぁ…」
その後、入谷の館に寄ると、板屋宗貞は上機嫌で案内してくれた。
「凄い、風呂があるのですね。厩にいる馬の数も山之井の倍はいます。」
「そうかそうか、山之井は風呂が無いのか。風呂は良いぞ。馬も高いからな。」
持ち上げられて上機嫌に答える宗貞。やはり風呂は自慢の様だ。まぁ、馬は山之井の場合は各所に分散配置しているから、総数では山之井の方が多いのは内緒だ。ついでに荷駄用の駄馬は集落にいるので別計算だ。
入谷を辞して再び馬に揺られる。
「どう見た?」
「兵の数は山之井の城よりは多いかと。ただ、山之井と落合を合わせたよりは少ないでしょう。蔵も多いですがあれ全てに物が詰まっているとはとても思えませんな。もしそうなら民は立ち行かぬでしょう。」
「やはりそうか。あの広さにあの兵の数では守るのは難しいのではないか?」
「まぁ、村の者が入るでしょうから一概には言えませんが、奇襲を喰らうと厳しいでしょうな。堀も浅く塀も高くありませんし。」
「やはり、あそこで戦う事は考えていないと考えて良さそうだな。」
「そうでしょうな。」
「であれば物資は板屋の城に貯めるのが正しいのではないか?」
「確かに…攻め込まれてから慌てて運ぶ気なんでしょうかなぁ。」
「取り敢えず落合の城に寄って覚えている事を書き出そう。」
「お城まで帰ってからでも宜しいのでは?」
「いや、城に帰ってからは挨拶だなんだとバタバタする。忘れる前にやっておきたい。」
「では、そうしましょう。父も喜びましょう。」
落合に寄った後は下之郷で松吉の家に寄ると、康兵衛が、
「若様申し訳ありません。松吉は上之郷に行っておりまして。」
「上之郷?何かあったのか?」
「上之郷の猟師の所に行くと言って朝早く飛び出して行きました。」
定吉の所か?どうしたんだ?
「まぁ、いいか。明日からまた来てくれと伝えてくれるか?」
「わかりました。伝えておきまする。」
霧丸の所でも同じ事を繰り返して城に戻る。
「父上、母上、只今戻りました。」
城に戻り両親に挨拶をする。
「良く戻った。永由も御苦労であった。」
「はっ、何程の事も御座いませぬ。」
叔父が答える。
「三田寺は如何であった?」
「はい、兄上が出来ました。」
「は?」
父が豆鉄砲を喰らった様な顔をする。経緯を説明すると、
「成程、龍千代殿がな。」
「あの子は…」
母が呆れた様に零す。
「まぁ、仲良くなったのなら良いではないか。」
父が励ますように言う。
「それと風呂に入りました。あれは良いものです。山之井にも風呂を作るべきだと思います。」
「風呂か…あれは手間も銭も掛かりそうだぞ。」
あからさまに顔を顰める父。
「母上、母上も山之井に風呂があると良いと思いますよね?」
「そ、そうですね…それはあれば良いなとは思いますが…」
父の顔色を伺いながらも肯定する母。
「偶には風呂に入りに三田寺にお帰りになられては如何ですか?」
「そうですねぇ…偶にはそれも良いかもしれませんねぇ。」
「若鷹丸、風呂に入りに帰るのは如何な物か…」
父が慌てて言う。
「しかし父上、母上が美しく在りたいと思われるのを邪魔されるのですか?父上も母上が美しい方が嬉しいでしょう?」
「それはそうだ…そうだが、薪や炭がたくさん必要なのだ。それはどうする。」
「実はそれも考えております。三田寺というか平野では木が少なく民が薪炭の調達に難儀しているそうです。山之井で作る炭を増やして運べればお互い利が有ると思うのです。農閑期の仕事も増えるでしょう。それに城では無く集落に作って皆に薪炭を持ち寄って貰えば民も皆入れるのではないでしょうか。」
「ほう、そちらは興味深い話だな。しかし、運搬が問題だぞ。一々駄馬を連ねて運ぶのか?」
儲け話にはあっさりと食い付いて来た。
「川を使えないかと思っているのですが、その辺りも含めて調べてみたいのです。銭は掛からないと思いますが、人は多少要るかと思いますので、兵を使う事も含めてお許し頂ければ…」
内政に口を出したりするのはある程度成長するまでは控えようと思っていた。まだ俺は幼すぎるからだ。しかしどうしても風呂が欲しいのだ…無ければないで諦めがついた。しかし隣には有るのだ!!
「ふむ…まぁ、やってみよ。困った事があれば言って来るが良い。」
半信半疑の様子だが、父は一応認めてくれた。
「叔父上、俺の手には余るので叔父上か爺の手を借りたいのだが、落合としてはどちらがいなくなると困るのだ?」
「ふむ、ちと持ち帰らせて下され。一日、二日の話では無いのでしょう?」
「そうだな、暫く掛かると思う。ところで落合に川船があっただろうか?」
「二艘程御座いますな。」
「それ、借りられるか?」
「可能でしょう。」
「では、小さい方をお借りしたい。明日の朝落合の城に行くの「あしたはおよぎにいくからだめ!」…そうだな、明日は泳ぎに行くな。」
駄目だった…ほっぺたを真ん丸にした紅葉丸に言われては仕方無い。
「これ、紅葉丸…兄上のお邪魔をしてはいけませぬよ。」
母が窘めると紅葉丸は俺にしがみついて徹底抗戦の構えだ。
「まぁ、母上。紅葉丸も俺の留守中我慢したのです。領内の子らも楽しみにしていましょう。良し、紅葉丸、明日は泳ぎに行こうな。」
「は〜い♪」
泣いた烏がなんとやら状態だな。
「叔父上、明日の帰りに船を借りて上之郷まで持って行きたい。それまでにどちらが手伝ってくれるか決めておいてくれるか?」
「わかりました。それなりに力仕事が有りそうですな。」
「そうだと思う。」
その日はそれで解散になった。尚、夕餉には御爺が土産に持たせてくれた鯵の干物が出て、紅葉丸が大喜びであった。
翌朝、二日振りに霧丸と松吉がやって来た。
「若様、お帰りなさい。」「若、お帰り。」
「うん、二人は定吉の所に行っていたのか?」
「そうなんです。裏山で罠が使えないかと思って。」
「裏山で?お前達が二人でやるのか?」
俺の疑問に松吉が直球で答える。
「若ももっと肉が食いたいだろ?」
「まぁ、そうだな。」
「それは、お前も一緒だろ!?」
霧丸が慌てた様に松吉に突っ込む。
「しかし、大物が掛かったら我等だけではどうしようも無いぞ?」
「あにうえ、はやくぅ〜…」
グイグイと手を引っ張られる。
「む、そうか、立ち話もなんだ。歩きながら話そう。」
そう言うと四人で落合に向かう。この間までは途中で合流した集落の子供達が今日は来ない。
「だから狙うのは鳥だけです。罠も小さい物しか使いません。」
「まぁ、中々捕れないだろうって定吉さん達は言ってるけどな。」
俺が三田寺に、行っている間に二人は自分たちなりに考えて定吉の所に勉強に行っていたらしい。
「じゃあ、二人は狭邑の山狩りには行かなかったのか?」
「はい、若様がいない時は珍しいから、習いに行くなら今かなと思って。」
成程、痛し痒しだな。
「二人共、自分が身に付けたい知識や技術がある時はすぐに俺に言え。每日俺の後ろをくっついて歩く必要は無いんだ。むしろ、学びに行くならそちらを優先しよう。」
これからはどんどん技能研修に出そう。そう心に決めた。
「あれ!?」
川に着いて驚いた。村営プールは既に開店しているのだ。
「あ、わかさまだ」
「もみじまるさまだ!」
チビっ子達が俺達を見付けて寄って来る。
「皆、俺が居ない間も泳ぎに来ていたのか?」
「そうだよ〜♪」
「若様が居ないからと言ったんですが、俺達が連れて行けば良いってせがまれて…」
最年長の八歳の貫太が困った様に説明に来た。
なんと、村直営からいつの間にか委託運営に変わっていたのだ。
「いや、それは全然構わない。チビ達をしっかり見てやってくれ。一人でも流されたり沈んだりして死んでしまったら、その先は禁止されてしまうだろうからな。」
「わ、わかりました。皆にも言っておきます。」
命が掛かっているということを認識したのか顔が少し青褪めたな。だが、大事な事だ。救命訓練とかした方が良いかな?
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