30・それは祭のような物
山から下りると我等が最後だったようで皆思い思いに集まり、話に花を咲かせている。男衆は獲物の処理の為に川へ向かった。しかし、棒に足を括った猪や鹿を逆さに吊るして運ぶ方法を目の当たりにする日が来ようとは…
「獲物が見たいな。霧丸、俺達も川へ行こう。」
「わかりました。松吉はどうしますか?」
「そうだ、松吉を忘れていた。どこへ行った?」
「さぁ…」
「いないな…」
「いませんね…」
「河原へ行ってみるか。あいつも射手の一員だ、定吉達にくっついて行ったのかもしれん。」
二人で射手の居る河原へ向かう。
河原はちょいとした修羅場となっていた…スプラッタである…あちこち血塗れ、臓物はあちこちに投げ捨てられ、頭が転がっている。
「うーん…これはなんとも凄まじい光景だ…」
「……」
霧丸は言葉も出ない様だ。
「若様、こちらです。」
呼ばれた方を見ると定吉が手を上げていた。傍らには勝吉と松吉もいる。
「若、やっと来たか。」
鹿を解体している定吉達の横でまるで監督するかの如く立っている松吉がそんな事を言う、
「松吉、ちと見ぬ間に一端の様ではないか。定吉達に指示を出しているのか?」
ちょっとイラッとしたので誂ってやる。
「ち、ちがうぞ!?お、俺は解体の仕方を覚えようと思って!!」
うん、効果は抜群だ。
「流石、松吉様だ…」
霧丸も追い打ちをかける。
「さま!?様って何だよ霧丸!?」
霧丸も様付けで呼ばれて大慌てだったものな。上手い攻め方だ。
「若様、そうイジメてやりなさるな。松吉様は射手の中でも逸早く獲物の居場所を見つけて、それはそれは活躍なされたのです。」
定吉も乗っかる。そういえば霧丸に様を付けたのもこの男だったな。
「ほう、そんなに活躍したのか。」
「えぇ、館の殿様も驚いていましたよ。」
「それは、中々だな。」
話す間にも解体が進んで行く。因みに上之郷では大叔父を館の殿様。父をお城の殿様と呼び分けているらしい。
大叔父がやって来て言う。
「松吉様、皮を定吉の家に運んでくれ。」
騒ぎは大叔父の所までしっかり聞こえていたようだ。崩れ落ちそうな松吉を囲んで笑いが起こる。
「大叔父、結局獲物はどの位だ?」
「うん、鹿が四頭、猪が三頭だ。まずまずよ。」
「松吉様は役に立ちましたかな?」
「うんうん、松吉様の目は大したものだ。見付けるのが早ければ、それだけ準備の時間も長く取れるでな。獲物の数自体はそう変わらんが、苦労は大分減ったわ。」
「それは、何より。また来年もお貸ししましょう。」
「ワハハ、それは助かる。若鷹丸達も皮を運んでくれるか。行けば後は定吉の母が知っている。」
「わかりました。」
頼まれた皮を定吉の家に運ぶ。中々の重さだ。この山狩りで得た皮は定吉の家で革に鞣されてから与平に売られ、売上は皆に分配されるらしい。皆はそこに自分の米や産物を売って得た銭を足して、塩や布等の生活必需品を買うらしい。そして、定吉達は革を鞣す代わりに皆から米を受け取るらしい。田舎の経済はこうして回っているようだ。
解体が終わると切り分けた肉を使って皆で鍋を囲む。河原で火を焚き、各家から持ち寄った鍋で肉や野菜を煮込む。酒も少量だが振る舞われ、皆で楽しく飲み食いしている。山狩りは田舎の農業を守る手間の掛かる作業であると同時に、田舎の経済を支える大切な収入源でもあり、更に娯楽の少ない田舎の夏の楽しみでもあるのだろう。それはきっと夏祭りのような物なのだ。霧丸や松吉が楽しみにしているのも良くわかる。
「若、狭邑郷の山狩りも行くのか?」
「残念だが、俺は三田寺の御爺の所に行く日と重なりそうだ。お前達は二人で行って来い。」
「えっ、俺達は連れて行って貰えないのか?」
衝撃を受けたように松吉が言う。霧丸も驚いた様子だ。
「三田寺は流石に遠い。それに領外の家で寄親でもある。まだ礼儀作法も儘ならぬお前達を連れて行く訳には行くまい。」
「そんなぁ…」
「松吉、行きがけに母御に俺が居ぬ間は手伝いをさせよとちゃんと伝える故安心せよ。」
松吉はもうがっくりを通り越してぐったりとしている。
そこへ、誠右衛門と路がやって来る。
「若様、ご苦労様で御座いましたな。」
「いやいや、俺など一番後ろから付いていっただけよ。」
「ハハハ、それも大切な役目なのですよ。子供達はそうして段々と仕事を覚えて行くのです。」
「成程、道理だな。只の賑やかし等と考えていた俺が浅はかだったわ。」
「いやいや、それで良いのです。年が経てば勝手に覚えて行くものです。大人になってからあれはそうだったのかと気付く物です。」
「成程なぁ…」
良く出来たシステムに感心していると路が、
「若様、こちらが若様の取り分のお肉ですよ。」
そう行って大きな竹の葉に包まれた肉の塊を渡してくれる。俺の両手にドッサリと言った量だ。
「俺が貰っては不味かろう。只でさえ鍋もちゃっかり食っているのだ。これは家毎に分けられるのだろう?それに、城には丸々一頭分の肉を貰うと聞いたぞ…」
そう言って、流石に遠慮する。
「いいんですよ、皆はもっと大きなのを貰ってますから。それは残った分です。」
そう言われては遠慮し過ぎるのも良くないか。気を使って貰っているのだ。
「では、有り難く頂戴する…」
定吉に保存の方法を聞かないとな。ジャーキーみたいな物は出来ないだろうか。燻製かな?
「そう言えば松吉が大活躍でしたな。家の霧丸ももっと頑張らせないといけませんな。」
誠右衛門がそんなことを言う。
「何を言う、霧丸は無茶ばかりの俺と糸の切れた凧の様な松吉を相手に十分働いておる。これ以上求めるのは酷よ。無理を言ってやるな。」
「それなら宜しいのですが…」
松吉が目立つ事が増えているから親としても思う所があるのだろう。
「目立たぬ役回りこそ大切よ。野良仕事とて一緒であろう?」
「確かに仰る通りですな。地味な仕事をコツコツやってこそ良い作物が採れますな。」
誠右衛門も霧丸が良くやっていると少しは伝わっただろうか。
その後は早めの解散になる。何せ皆、肉が痛む前に帰りたいのだ。城に帰ると急いで厨に行く。
「お米、端っこ借りるぞ。」
「若様、この忙しいのに何で御座いますか!?」
猪が一頭運び込まれた厨は既にてんやわんやである。そこに俺まで来たのだ。何しに来たと言われても仕方無い。
「俺も肉があるのだ。端を借りる。山椒と大蒜はあるか?」
「お手伝いは出来ませんよ!?」
そう言いながら粉山椒と大蒜を出してくれる。作るのは干し肉だ。作り方は定吉に聞いて来たから大丈夫なはずだ。本当は燻製にしてから干したかったんだが、用意をしていない。今回は諦めよう。
まず、肉を薄切りにして行く。薄切りと言ってもスライス肉みたいに薄いのは無理だ。とんかつより薄い位の物だし厚さもバラバラだ。子供のやる事なので許して欲しい。半分の肉に塩と粉山椒を混ぜた物を擦り込んで行く。残りの半分は塩と潰した大蒜を擦り込む。潰した大蒜の臭いが充満する。
「うわっ、若様豪い臭いですね!?」
通り掛かった厨の若い衆も驚いている。この時代大蒜は食用と言うよりも薬用で、しかも生で潰すなんてことは余りしない様だから驚くのも当然かもしれない。俺も涙が出て来た。
肉の用意は出来たので次は干す場所だ。日に当たると良くないそうなので厨の外の北側に台を組み、
夕餉は猪肉に皆で舌鼓を打つ。去年までは夏場に唐突に肉が出る理由が理解出来なかったが、今年はそれに僅かに参加したので殊更に旨く感じる。
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