29・山狩り

 狭邑郷から戻った後、紅葉丸はすっかり水遊びにハマった。俺達が講義の無い日は必ず川に連れて行けとせがむようになり、それを断れない駄目な兄とそのお供は毎日落合まで川遊びに行く事になった。

暫くすると松吉の下の弟妹が付いて来るようになり、更にそれを見た中之郷、下之郷、落合郷の子供達も後を付いて来るようになり、最終的に二十人を超える子供が押し掛ける現地は村民プールか小学校のプール開放かといった様相を呈してしまった。

 当然危険も多い訳で、俺達を含めた年長の子供達は交代で制御の効かないチビっ子達の見張りをせざるを得なくなった。結果的にこれで俺は同世代、ひいては未来の我が領の主戦力の顔と名前を覚える事になった点では悪い事ではなかったと言える。が、とは言え年長の子供達だって遊びたい盛り、あちこちから吹き出す不平不満を宥め賺し、毎日プール運営をする事になった。

「…解せぬ…」


 蕎麦の花も終わり実が育ち始め、稲も青々とした穂を天に向かって伸ばしている。その実りの季節に向かいつつある田畑に対して手を伸ばしてくる不逞の輩が現れ始めた。そう、野生動物である。山之井領内では東西と南の尾根は人里に近く。そもそも野生動物、特に大型の鹿、猪は多くない。というか見た事がない。残る上之郷と狭邑郷の北側の山に対して夏になると獣を山に追い返す山狩りが行われる。因みに西と南の尾根は、その向こうに他所の領地があるのでそもそも対象外になる。そちらに獣を追いやるということは実質喧嘩を売る様な物でもあったりするからだ。


 今日は上之郷で山狩りが行われる。昨年までは皆で口裏を合わせて俺に教えない様にしていたようだが、俺が山狩りの事を聞き知ったとわかると誰も隠さなくなり、父も安全な役回りに限定した上での参加をアッサリと認めた。

 上之郷、中之郷出身の城の守兵もこの日は里に帰り手伝いをする。俺も彼らに混じって夜明け前に城を出た。今日は皆、朝餉は握り飯を持たされている。厨の米達が早起き(いつも早起きだが更に早起き)をして持たせてくれた物だ。当然今日は朝の稽古も無しである。道中歩きながら食べる事になる。中之郷で中之郷の村衆も合流して皆で上之郷へ向かう。霧丸と霧丸の家に泊まった松吉も彼等と共に合流する。

「若、母ちゃんが腰籠二つ出来たから持ってけって。」

松吉がそう言って腰籠を差し出す。

「お、すまんな。母御に礼を言っておいてくれ。」

そう言って受け取ろうとすると、

「松吉、お前が上之郷まで持てよ。若様もそんなにあっさり荷物を受け取らないで下さい。」

霧丸に怒られてしまった。

「「…」」

「何か?」

「「いや、なんでもない。」」

霧丸が今後の立ち位置を確定させた瞬間、かもしれない。


 東の稜線が明るくなる頃には上之郷に着く。上之郷の村衆は既に準備万端待っている。男衆は皆軽装とは言え武装している。これは城の者も中之郷の者も一緒だ。獣が反撃して来る恐れも多いにあるのだ。

「大叔父上!!今日は宜しくお願い致します。」

弓を担いだ大叔父達を見つけ声を掛ける。

「若鷹丸、よう来たな。わかっておるとは思うが…」

「わかっております。俺は後ろで賑やかしをしております。その代わり我等の分の獲物もお願いしますぞ。」

「わかったわかった、期待しておれ。」


 そこへ、定吉と勝吉兄弟もやって来る。

「若様、お早うございます。」

「定吉、勝吉お早う。朝は元気か?」

「えぇ、お陰様で元気に毎日泣いております。」

「それはなにより。松吉。」

「はいよ、若。」

声を掛けると心得た様に腰籠を出す松吉。

「この間の礼だ。是非使ってくれ。もし邪魔なら山狩りの後で改めて渡すが。」

「いえいえ、早速使わせて頂きます。皆に見せびらかさねばなりませぬ故。」

勝吉がそう悪戯っ子の様な顔で言って腰籠を受け取る。そこで、定吉が表情を改めて言う。

「若様、もし宜しければ松吉を我等に貸して頂けませぬか?」

「えっ、俺!?」

「松吉をか?」

二人で聞き返す。

「えぇ、この間見せた目の良さを見込んで我等と一緒に獲物を見つけて欲しいのです。」

前回兎を見つけた目の良さは猟師から見ても相当な才能の様だ。

「俺は構わんが、松吉はどうする?お前が決めて良い。」

ここは本人の希望に合わせよう。

「行く。」

「よし。では定吉、扱き使ってくれ。」

「ありがとうございます。怪我の無い様にお返しします。」


「射手の者は集まれ、移動するぞ!」

皆で虫除けの煙で燻された後、大叔父が声を張り上げる。一斉に煙を起こしたせいで周辺は酷い事になっている。大叔父の周りに弓を背負った者を中心に人が集まる。松吉を連れた定吉、勝吉は当然として霧丸の父や兄達もいる。弓以外にも槍や棒を担いだ者もいる。獲物に止めをさしたり、運搬を行うのだろう。今日狩りが行われる場所は、前回定吉達と行った西側の山之井川の上流の山ではなく、上之郷の真北の斜面だ。まぁ、山狩りの目的から考えて田畑に近い場所で行うのは当然であろう。射手が静かに山に入っていく。

「霧丸、我々は待っていればいいのか?」

「そうですね。射手の準備が終わったら上で狼煙が上がります。そうしたら大人が山を登るので子供はその後から登ります。」

成程、子供は本当に賑やかし要員なんだな。


 半刻も経てば山から狼煙が上がった。下に残った忠泰叔父が男衆を指揮して山に入る。本当は皆、上で射手をやりたいのでこの役目は毎年交代してやるらしい。均等に広がった男達が声を上げながら草や木を大きく掻き鳴らして山を登り始める。時には、下草を刈って進んでいる。中には太鼓を持つ者もいる。残った子供達も飛び出そうとするが母親達女衆がそれを止める。

 男衆が十分に進んでから女子供の番だ。思い思いに声を出しながら山を登る。子供達は拾った小枝で木の幹を叩き、草むらをガサガサとかき混ぜ音を立てる。草の深い所や邪魔な蔦は男衆が進む時に切り開いてくれている。俺は左右に広がった勢子のちょうど真ん中、忠泰叔父の後ろを付いて行く。

斜面の真ん中辺りで一度止まる。これ以上は矢が飛んで来る可能性が高いそうだ。ここでも女子供は男衆から距離を取って止まる。止まったまま声を上げる。上からは射手達が連携して獲物を狙う声が聞こえて来る。


 暫くすると上から声が掛かり再び前進が始まる。このまま尾根まで登り残りの獣を尾根の向こうまで追いやるのだ。登る最中猪と鹿が一頭ずつ仕留められているのを見た。この範囲でこれだと全体での獲物の数は中々かもしれない。一部の男衆はここで獲物の血抜きと運搬に加わる為に勢子から外れて行く。我等の正面は裏山の頂上であった為、随分と登らされた。しかし、尾根まで登れば御役御免だ。皆汗だくになりながらも清々しい表情をしている。わいわいと皆で山を下りる。

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