25・分家

 定吉の家を辞した後、上之郷を見て回る。中之郷に比べるとやはり周りの山が高いし、川の流れも幾分速い。だが違いはその程度であるように見受けられる。西に見える山之井川の谷間は急速に狭まり川は谷間に消えていく。

「遊ぶなら落合の方がいいな。」

霧丸も頷く。

「この辺じゃ泳げないし夏は落合だな。だが狭邑の滝はどうかわからんぞ。」

「あぁ、そうだった。滝は楽しみだ。」

「まぁ、紅葉丸と母上も誘っているからお前達を連れて行けるかはわからんがな。」

「「そんな!!」」

おっと、霧丸からも抗議の声が上がったぞ。

「アハハハハ。」

「おい、若!!俺達も連れてってくれよ!!」

三人で賑やかに烏と一緒に帰路に就く。


 夕方、大叔父の館の庭で朝出来なかった稽古をした。既に館に戻っていた叔父達も一緒になり、色々と教えてくれる。

 その後、皆で夕餉を頂く。なんと定吉はこちらにも山鳥を届けてくれていた。こちらでは味噌を塗って焼いた物が出された。味噌の焦げた匂いに皆笑顔になる。夕餉の席には大叔父、大叔母、忠泰叔父、今年元服した弟の孝泰叔父、その下の緑風丸叔父(二人の娘は既に嫁に出て館にはいない。)、他に光とその両親も呼ばれている。光は城では普段見せない表情を見せている。これからはちょくちょく帰らせよう。そう心に決めた。


「山鳥はやはり旨いな。」

「左様ですな、もう少し頻繁に手に入れば言う事がないのですが。」

大叔父と光の父が話す。やはり、山鳥は上之郷でも中々手に入らないらしい。

「城では正月くらいしかお目にかかれないぞ。上之郷では肉は良く食うのか?」

「定吉達次第だが、我が家では月に一、二度よ。」

やはり、そんなものか。

「領内の猟師の人数を増やすべきだろうか。正直俺は毎日肉が食いたい。」

欲望丸出しで言ってみると、

「余り毎日だと飽きるぞ。偶にだから良いのだ。」

と、大叔父が答える。

「米は毎日食っても飽きぬではないか。」

「ワハハハハ、確かに!!父上儂も毎日肉が良いですな!!」

賑やかに夕餉は進む。


「そうだ、大叔父上。ちと気になったんだがこの館は守りが薄過ぎやせぬか?ここは言うならば山之井最後の砦とも言うべき場所だ。この守りではあっという間に陥とされてしまうぞ。」

気になっていた事を指摘する。

「確かにこの館は守りはあまり考えておらぬが、山之井の城も落合の城もある故。」

大叔父は余りピンと来ていない様子だ。

「俺は山之井の城も気に入らん。落合はそれなりだが山之井は全体的に守りが薄いのではないか?」

「しかし、山之井は長らく三原様の下に従っておるし、ここまで直接敵が攻め寄せて来ることがあるかな。」

確かに前実野の南側の、平野部は守護代三原家に従う家がほとんどだ。対立する実野盆地のもう一つの守護代実野家の勢力圏と直接接していない山之井では警戒が緩いのも無理は無いかもしれない。

「しかし、味方がいつまでも味方とは限らんぞ。例えば跡目争い等が起きれば味方は割れよう。守護代様は男子がお一人しか居らぬと聞く。その方に何かあった時、我こそはという者が複数出たらどうなる。三田寺と宇津が別の候補を担いだら?」

宇津氏は三原領の北東、三田寺から実野川を挟んで東側の対岸に勢力を持つ規模の大きい国人だ。三田寺と宇津は共に三原家の影響下にあるが歴史的に仲は良くない。

「若鷹丸、確かにその可能性が無いとは言えぬ。だが、ここまで敵が来るには三田寺を抜かねばならぬぞ?」

忠泰叔父がそう聞く。

「では、三田寺が割れる可能性は?」

「そんなことが…」

「絶対に無いと言い切れるか?」

叔父が言い淀む。

「危険が少しでもある限り考慮はしておくべきと俺は思う。実際に城の守りを強化するかどうかは別だが。いざ有事の時にどこをどう強化するかという計画程度はあって然るべきと考えている。」

俺はハッキリと言い切る。

「確かに実際にやるやらぬは置いておいても、考えておくことは大切かもしれませんな。いざとなって慌てても間に合いませぬ。」

孝泰叔父が理解を示す。一方、大叔父には危機感が伝わらない。まぁ、ここ百年山之井領内で大きな戦は起きていないからな。


領内の様々な事を肴に夜は更けて行く。

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