21・与平

 その後、すぐに与平がやって来た。

「どうも、お待たせ致しました。」

「いや、急に無理を言ったのはこちらだ。お気になされるな。部屋を借りておる故、そちらへ参りましょう。」

部屋に案内し、腰を落ち着け霧丸が白湯を用意して来るのを待ってから話を始める。

「手慣れていらっしゃいますな。」

「この部屋は普段我らが手習いを受けている場所でしてな。仰る通り手慣れております。」

「左様でしたか。して、お聞きになりたい事と言いますと。」


 本題に入った。

「うん、まずそなた達の事が知りたい。どこから来て何を売り買いし、どこへ行くのか、等だ。」

「それは構いませんが、何故その様な事をお知りになりたいのです?」

「俺は一応跡取りという事になっている。領内の事は出来る限り知っておかねばならん。勿論、領外の事もな。それには本人に聞くのが一番早かろう。」

特に隠し立てする事もなく伝える。

「左様ですか、私共の事をお教えすることは一向に構いません。逆に若様は私共の事をどうご覧になりました。昼間は熱心に商いの様子をご覧になっていらっしゃいましたが。」

おっと、逆に聞かれてしまった。これは試されているかな?爪を隠すか?だが隠す程の情報は持っていないかな。隠したら話すことが無くなってしまうな。


==田代屋与平==

 この武家の跡取りは何者だろうか。見た目は普通の武家の子供だ。だが、話し振りや表情は子供とは思えない物がある。さて、どんな事を言ってくるのか。

「まぁ、大したことはわからなかった。何せ俺は行商は初めて見たのでな。」

確かに城へ行った時も姿を見た覚えがない。

「民が買うのは塩と布。まぁ、塩は無くては命が繋げんし、山之井では手に入らんから、当然の話だ。お主らが買っていくのが革や竹細工、秋には米というところか。」

「左様ですな。それと例の物も多少。」

「そうだな。」

良く見ている。普通の子供なら荷を興味深く見ても実際に何をやり取りしているかまでは興味を持つまい。

「他には何かお気付きに?」

「霧丸がな。値が下がっている物が多いと言っている。特に刃物や布だと。」

「確かに全体的に物の値が下がっておりますな。」

そう相槌を打ち、続きを促す。

「ここ暫く大きな戦が無いか、どこか近くで大きな戦が終わったか、原因はそんな所ではないかと予想した。それ位だな。」

驚いた、この年で良くもそこまで物を考えるものだ。領外への視点も持っている。将来、良い商売相手となるか、それとも厳しい相手となるか、期待と怖れが入り交じる。

====


「と、まぁ、こんな所だ。父上にも俺は頭と口が勝ち過ぎると言われておる。子供の浅知恵だな。」

そう言って笑うと、

「いえいえ、お見逸れ致しました。そのお歳で大したものでごさいます。確かに値が下がっているのは最近大きな戦がないためですな。」

「そうか、それは良い事だな。では今度はお主達の事を教えてくれ。」

与平が居住まいを正して話し出す。

「私共は三原様の御城下である田代の街に本拠を構え、商いをしております。三原様は…」

「守護代様であろう?三田寺の御爺の領地から実野川を渡った先に広大な領地をお持ちだと聞いた。街の名を屋号として居るということは街で一番の大店ということか?」

「いえいえ、確かに一番古い商人ではありますが、規模で言えば全然。私共より大きな店は幾つもございます。商才が足りぬのでございましょう。」

少し悔しそうにそう言う。

「何を言う、長く続ける事にこそ一番才が必要だと俺は思うぞ。」

「そう言って頂けると肩の荷が下りますな。」

少し場が和んだ。

「先程仰られた通り、春、秋に米、革、細工物等を村々で買い付け田代の街へ運びます。そのまま田代で売れる分は売り、夏、冬は奥津の湊に残りの荷を運び、それらを売ったら塩や魚を仕入れ、また村々を回ります。」

成程。

「鉄や布、焼物はどこで仕入れる?」

「各地で不要となったものを買い取ったり、湊でも仕入れます。それから戦の後ですかな。焼物は東の宇津様のご領地で作っておりますのでそちらで。」

「では、先程の話の他に戦があった場所には出向くという事だな。」

「左様ですな。ただ、縄張りもあれば伝手もありますので余り遠出は出来ませぬ。実野盆地はもう手が出せないという所です。」

そう話し終えると、ほぅっと息を吐いた。


「成程、大変為になる話をして頂いた。感謝致します。」

そう言いキチンと頭を下げた。

「こちらこそ、この様な話で宜しかったですか?」

少し面食らった様な顔で与平も頭を下げる。

「何を仰る。山之井に居ては中々知ることの出来ない話ばかりだ。因みに、松吉の母御の竹籠を仕入れて行くと聞いたんだが。」

「お初さんの籠ですな。あの方の作る籠は質が良くて街でも実に良く売れますので、必ず仕入れます。いくつ作ってくれても良いとお伝えしておりますよ。」

裏のなさそうな笑顔で褒める与平。松吉も少し嬉しそうだ。

「やはり、母御の作るものが特別ということか?」

「左様ですな。お初さんのお母上も見事な腕前ですから助かっております。流石親子ですな。」

む?

「松吉、お前の父御は婿に入ったのか?」

「あぁ、そうらしいな。」

そうか、思わぬ所から新しい情報が…

「うーん、残念。竹籠が山之井の名産にならぬかと思ったのだがそう簡単な事ではなさそうだな。」

「そうでございますな、あの籠が沢山手に入るなら私も嬉しいのですが。」

お互い苦笑交じりだ。

「因みにそのお腰の後ろの小さな籠はもしや?」

「これか、目敏いな。母御に作って貰ったのだ。中々良さそうであろう?俺は腰籠と呼んでいる。」

自慢してやる。

「山仕事やちょっとした遠出には手頃で良さそうですな。」

「真似るなよ?」

そう冗談めかして言うと笑いあった。


「さて、最後に例の物の話をしたい。和尚にバレぬ様にな…」

表情を改め、最後は小声でそう言った。

「そうでしたな。若様に驚かされてばかりですっかり忘れておりました。して、あれはどの様にして?」

「うん、何のことはない。山を虱潰しに探しただけよ。幸いにも俺には家の手伝いがないからな。時間だけはある。それで、買って貰えるかな?」

「勿論、買わせて頂きます。いくらあっても足りぬ物です故。ただ…」

おっと、何か条件を付けて来るつもりか?

「何か、問題でも?」

少し声を落として聞く。声変わり前の子供がやってどの位効果があるかはわからんが…

「いえいえ、こちらの問題なのです…」

慌てた様子で与平が言う。

「予想より仕入れた物が多くて手元不如意なのです。一つ一貫で買い取らせて頂きますが今お支払いできる銭は二貫しか無く…」

物凄く現実的な理由だった…身構えて損した…

「確かに売れるのが塩ばかりではな、村を回るときは基本銭が減るのか。」

「えぇ、それに今は物の値が下がっていますので余計にですね。」

「それ以上に街に行けば儲かるのだろう?」

少し渋い顔をする与平にからかう様に返す。

「それは、商売ですから。」

苦笑が帰ってきた。


「それに椎茸は800文で買い取っていると聞いたが?」

値段も指摘しておく。

「それも、ご存知でしたか。実は需要に供給が追い付かぬので近頃値が上がっておりまして。」

またも苦笑交じりだ。

「成程、その正直な姿勢が田代屋長続きの秘訣と見た。」

「ハハハ、そうでしょうか?そうでしたら嬉しゅうございますな。」

一頻り笑った後、

「では、四つ預けておく。」

そう言って袋を渡した。

「ですが、銭が…」

困惑した様子で与平が言う。

「残りは秋で良い。」

「持ち逃げするかもしれませんぞ?」

冗談めかして与平が言うので、

「秋にはまた採って来るかもしれんぞ?それを見つけた場所も覚えておるしな。商人なら次の儲けを棒に振って目先の小銭に飛びつくことはあるまい。」

「敵いませんな。では、有り難く買い取らせて頂きましょう。銭は帰りにお渡ししましょう。」

与平は又も苦笑だ。

「さっきも言ったが秋も採れるかもしれぬ。その代金は出来れば銀の小粒で頼みたい。」

「銀ですと両替が必要になりますぞ?」

「俺のような子供が大量の銭を持っていると可笑しかろう。隠し場所にも困る。此度の事は父上にも内緒なのだ。」

「えっ、お殿様はご存知ないので!?」

フフフ…秘密に巻き込んでやったぞ。

「俺達が椎茸を採って来ている事は誰も知らない(光と定吉兄弟は知ってるけどな)。お主も秘密で頼むぞ。」

与平がちょっとゲンナリしている。


 その後二貫の銭を受け取った。

「…嵩張り過ぎるだろ。おい二人共、不自然にならない程度に懐と袖に仕舞え。」

百文ずつに紐で分けられた物を懐に三本、両袖に一本ずつ隠す。残りは腰籠に詰めた。

「若…こんな大金見たことないぞ…怖いんだが…」

「俺も見たことない。いいか、絶対に誰にも言うなよ?親にもだ。」

松吉は大金に完全に腰が退けている。逆に霧丸はちょっと嬉しそうだ。商いに興味があるし、自分が見つけた椎茸の稼ぎなのだ。

「これは俺達三人の稼ぎだ。もし銭で手に入る物で欲しい物が出来た時は言えよ。」

二人に伝えた。


「源爺、頼みがある。」

改まってそう言う。

「ど、どうされました?その様に畏まって。」

源爺も驚いて腰が退けている。

「これを預かって欲しい。」

隠した銭を出して頼む。

「こんな物、どうされたのです!?」

思わず大声を出す源爺に、

「大きな声を出すな。見つかってしまうだろう。これは裏山で俺達が見つけて来た椎茸を行商人の与平にさっき買い取って貰って手に入れた銭だ。悪い事は何もしておらん。」

「…左様でしたか。」

少し落ち着いたようだ。

「とは言え、子供が持っていると可笑しいだろうし、武士が銭稼ぎ等と言う者も居ろう。それ故、隠しておきたいのだ。」

そう説明する。

「まさか殿は…」

「知る訳なかろう。絶対に内緒だ…頼むぞ。」

ガックリ来ている源爺に追い打ちをかける。

「やれやれ…奥に使っていない瓶がありますので取り敢えずそこへ仕舞いましょう。」

こうして初めての商売は無事に成功したのだった。


=======

お読み頂きましてありがとうございます。

一章其の壱はここまでとなります。お気に召しましたらフォロー、評価等頂ければ大変励みになります。

次回からは夏編。ますますノンビリとなるでしょうか。

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