20・市場調査

 定吉、勝吉兄弟と共に中之郷に戻る。与平達が荷を広げていたのは城への曲がり角だった。

「霧丸。お寺にひとっ走りして、和尚に午後から夕方に掛けて部屋を借りたいと伝えてくれるか。」

そう頼んだ。

「わかりました。」


 少し離れた所から皆の様子を観察する。皆が必ず買う物は塩だ。そりゃそうだと思った。皆半年分の塩を求めてここに来るのだろう。他には魚の干物や陶器類が並んでいるが、余り売れている様子はない。山之井はさほど貧しい土地ではないがそれでも余分なものを買う程の余裕は無いのだろう。

 売れているのは布類だ。布といっても所謂反物の様な一枚物の立派な布ではなく端切れだ。俺の着物もあちこち継接がある。聞けば父上もこれを着ていたらしい。俺ですらこうなのだから民にとっては布はかなりの高級品なのだ。鉄製品も並んでいるがこれも売れ行きは良くない。高いからな。鉄製の農具を皆に与えられるような領地にしたいものだが…

 ん?そう言えば山之井に鍛冶はいるのか?鉄製品が高いとはいえ包丁や鍋などの台所用品に鉈、斧等の山林刃物は生活に必須だ。

「松吉。山之井に鍛冶はいるのか?」

そう聞くと、

「源爺は違うのか?」

「源爺は大工仕事や木工は熟すが鉄を打っている所は見たことがないぞ。鍋や釜の修理なんかはどうしてるんだ?」

「いや、わからないな…どうしてるんだろう。」

ふむ、誰か詳しそうな人間は歩いておらぬかな。お、霧丸の母の路がいる。


「お路殿、少し宜しいか。」

旦那の誠右衛門は呼び捨てだがなんかお袋さんは丁寧に呼ばねばならぬ気になる。この世で一番怒らせてはいけないのはお袋さんなのだ。多分。

「若様、如何されました。あら、霧丸は居らぬのですか?」

「霧丸は俺の遣いで和尚の所に行って貰った。直に戻るはずだ。それよりお聞きしたいことがあるのだ。」

「そうでしたか、あたしゃてっきりお役目を放り出して荷を見ているのかと…」

「俺じゃないんだ。霧丸はそんな事しないよ、おばちゃん。」

松吉が横からそんなことを言う。

「松吉かい?お前さん自分でそんな事言ってりゃ世話無いじゃないか。お前もちゃんとやってるのかい?」

誠右衛門と康兵衛はそれぞれ村のまとめ役だ。妻同士の付き合いもあるのだろう。まるで第二の母親だ。余計な事を言った松吉はタジタジである。

「お路殿。松吉はこう見えて案外しっかりやっているのだ。剣の稽古も人一倍しているし、役目を放り出す事もない。その松吉が信頼している霧丸もちゃんとやっているという事だ。そう心配してやらずとも良い。」

「そうですか?あの子は昔から行商の荷を見るのが好きでしてねぇ…この日ばっかりは手伝いもろくにしなかったんですよ。」

ほう、霧丸は荷を見るのが好きなのか。そう言えば元々算術にも興味があったし、商売に憧れているのかもしれない。


「それより聞きたいことがあるのだ。」

しかし、話が進まないので無理矢理、話題を修整する。

「そうでした、なんでございましょう。」

路も心配沼から無事に帰ってきた。

「山之井に鍛冶はいるのか?」

「いえ、山之井に鍛冶はおりませぬ。」

居なかった…

「では、鍋に穴が開いたりしたらどうするのだ?」

「あぁ、そういうのは野鍛冶が来るのを待ちます。」

野鍛冶?鍛冶の、一種か?刀鍛冶とは違う民生品を作る鍛冶ということか?

「野鍛冶と言うのは暮らしの道具を作る鍛冶のことか?」

「そうですそうです、修理も致します。野鍛冶の中には決まった場所で仕事をするのではなく、村々を回って仕事をする者も居るんです。」

「それこそ、この行商人達の様にか。」

「左様でございます。全く仰る通りです。」

「いや、勉強になり申した。まだまだ知らぬ事ばかりだ。」

「ホホホ、若様のお役に立てたなら何よりでございますよ。」

そう言って路は去って行った。


「松吉のところは何を買ったんだ?」

試しに聞いてみる。

「そりゃ、塩さ。後は布だよ。」

「家も一緒ですね。」

横から霧丸も言った。

「うわっ、吃驚した!!」

「戻りました。和尚様がいつもの部屋を使って良いと。」

当然と言った様子で続ける霧丸。

「お前、いきなり話に交ざるなよ。」

「いや、家の事も聞きたいかと思って。」

「後で聞こうと思ったけどさ!」

「アハハハハ、若でも驚く事があるんだな。」

松吉が笑う。

「あるよ!俺の事を何だと思ってんだ、お前!!」

全く…

「霧丸、ご苦労だった。暫く待つだけだから、荷を見たいなら好きにしていいぞ。」

霧丸にそう言う。

「いいんですか?」

パッと表情が明るくなる。

「構わん、俺と松吉は先に寺に行っているから気が済んだら来てくれ。」

そう言うと、俺と松吉は寺に向かった。



「若、俺達は何をするんだ?」

「稽古で良かろう。」

「そうだな、それがいいな。」

新緑が眩しい境内で二人で思う存分稽古をした頃、霧丸が戻って来た。

「若様、与平さん達が荷を畳み始めたからそろそろ来ると思います。」

「そうか、霧丸は荷を見て何か気付いた事はあるか?」

ふと、そんな事を聞いてみた。

「去年より少し値が下がっている物が多いかな?ほんの少しだけど。」

「へぇ、特に何が下がっている?」

「刃物とか布が大分。」

成程…やはり霧丸は商売に興味があるのだろうか。

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