19・商人と狩人

「若、隣の入谷の村まで行商人が来ているらしいぜ。」

松吉が朝やって来ると開口一番そう言った。

「こっちにはいつ来る?」

「明日、落合と下之郷に来て、中之郷は明後日だ。」

「わかった、良く知らせてくれた。明日は和尚の所だから明後日だな。」

松吉を労う。

「霧丸、上之郷の猟師も来るはずだな?」

「定吉さんですか、多分来ると思います。」

「見かけたら俺が会いたがっていたから中之郷で待っていて欲しいと伝えてくれるか。松吉、行商人は明日は下之郷に泊まるのか?」

「そうだ、下之郷と言うかお稲荷さんで荷を広げてそこにそのまま泊まるんだ。」

成程、あそこの境内は広いし平地と高低差も無いから丁度良いな。しかも狭邑郷側だ。

「じゃあ、朝に下之郷を出るな。松吉、お前は明後日は行商人と一緒に来い。霧丸は家で待ってろ、俺が迎えに行く。」

「わかった。」

「わかりました。」


 今日は、いよいよ行商人が来る日だ。急いで朝餉を掻き込んでいると父が、

「若鷹、行商人が来ることを随分心待ちにしているようだが、何が目的だ?物を買うのには銭がいるのだぞ?」

父が少し厳しい目でこっちを見ている。ひょっとして勝手に買い物するんじゃないかと思われてるのか?

「知りたいのです。」

「知りたい?」

父が続きを促す。

「はい、領民が何を欲しているのか。商人が何を欲しているのか。商人から買っている物で領内で作れるものがないか。商人が欲している物で領内で作れる物がないか。もし、それが可能なら民は今よりも少し豊かになります。そうすれば山之井も少し豊かになるではありませんか。」

「…そうか。好きにして良い。」

呆れた様な、驚いた様な表情で父が許してくれた。

「では、行って参ります!」

勇んで城を飛び出した。


 橋の上からやっつけ仕事で筌を沈め、中之郷に走る。曲がり角では既に霧丸が待っていた。

「迎えに行くと言ったのに。」

そう言うと、

「随分楽しみにしていたようなので早い方がいいかなって。」

あ、あれ?そんな風に見られてた?俺、ワクワクが漏れてた?

「そ、そう見えたか?」

「はい、ワクワクして待っているみたいでしたけど?」

駄々漏れだった模様…

「そ、そうか…まぁ、行くか。」

「え、ここで待っていればその内に来ると思いますけど?」

霧丸がポカンとした表情で聞く。


 下之郷に向かう道を進み、六地蔵の所に来た。

「この辺でいいか。」

「ここで待つんですか?」

不思議そうに霧丸が聞く。

「そうだ、余り人目に付きたくない。」

暫くすると、向こうから馬を連ねた一団がやって来る。一行の真ん中辺に松吉がいる。

「あれ、若?こんな所でどうしたんだ?」

今度は松吉がポカンとしている。

「待っていたのさ。で、松吉、主はどなただ?」

松吉にそう聞くとその後ろにいた男が答えた。

「私がこの行商の主、与平にございます。山之井の若様でいらっしゃいますか?」

年の頃四十手前か。背は低く小太りだ。笑みを絶やさないが目には鋭い物を感じさせる。

「山之井若鷹丸だ。いつも領内の者が世話になっている。」

「これはご丁寧にありがとうございまする。与平でございます。こちらこそ、いつも山之井の皆様にはお世話になっておりますれば、以後も変わらぬお付き合いをお願い致します。」


 お互いジャブを打ち合った所で気になったことを聞いてみる。

「随分大所帯だが、屋号は無いのか?」

「あぁ、一応田代屋と言う屋号で商いをしておりますが、ここいらでは専ら与平とだけ呼ばれますれば。」

「確かにこんな田舎まで来てくれる商人はお主だけだから屋号等要らぬか。」

笑ってそう言うと、

「左様ですな。」

与平も笑ってそう返した。


「して、そこの松吉殿からもお聞きしましだが私に何かご用と伺いましたが。」

さて、ここからが本番か。

「うん、まずはこれを見て欲しい。」

俺はそう言うと腰の葛籠から小さな袋を出して与平に渡した。

「中を拝見しても?」

「勿論だ。」

袋を開き中を見る与平。中身を確認したのか顔付きが鋭くなる。

「…如何してこれを?」

少し警戒したように聞く与平、

「それの事も含めて話がしたい。余り人目に付きたくないのでな。今日の仕事が終わった後に時間を貰いたい。」

「畏まりました。夕方にでもお城へ伺いますか?」

「いや、常聖寺で部屋を借りよう。今日は寺に居る故、仕事が終わったら来てくれ。」

袋を返して貰いながらそう伝えた。


 よし、次だ。

「霧丸、定吉はもう中之郷に来ていたか?」

「いえ、上之郷の人達は昼前にかけて段々来るんじゃないかと。」

「じゃあ、村の逆側へ行こう。」

そう声を掛けると走り出した。

 中之郷の集落を抜け、上之郷へ続く道を歩く。向かいからは上之郷の民が三々五々やって来る。皆明るい顔をしている。やはり、特別な日なのだろう。

「若鷹丸ではないか。こんな所でどうした?」

「忠泰叔父上!叔父上も行商人の所ですか?」

声を掛けて来たのは分家の大叔父頼泰の息子である忠泰であった。二十歳手前の叔父は城に来ると良く俺達兄弟の相手をしてくれ、色々と遊びを教えてくれる。俺に釣りを教えてくれたのも叔父である。

「うむ、年に二度の楽しみ故な。お主は上之郷へ行くのか?」

「いえ、人を待っているのです。話を聞きたくて。」

「そうか、偶には家にも遊びに来いよ。」

そう言うと叔父は中之郷に向かった。

 暫くすると大荷物を担いだ二人組がやって来る。二人共三十前後か。痩せているが村の他の者と比べるとしっかりした体付きだ。

「あ、あの人が定吉さんです。」

霧丸がそう教えてくれた。

「霧丸じゃないか。どうした?」

二人組の内、年嵩の男が霧丸に声を掛ける。

「定吉さん、お久しぶりです。若様が定吉さんに会いたいって言うから。」

「若様?」

定吉の視線がこちらを向く。

「若鷹丸だ。ちと話を聞きたくてな。中之郷へ向かうのだろう?道すがらで良いので聞きたいことがあるのだが良いか?」

「本当に若様ですか!?なんで霧丸と一緒に?」

突然の事に理解が追い付いていないようだ。俺は上之郷ではまだ顔が売れてないしな。

「うん、疑うならさっき忠泰叔父上が通ったから追いかけて確認しても良い。霧丸は最近俺の近習になったのだ。」

「いや、疑うわけじゃ…近習ってのは…お供の事ですかい?」

「うん、というか今はまだ遊び相手だけどな。」

「はぁ〜、霧丸よ、お前偉くなったな。霧丸様って呼んだ方がいいか?」

驚いた様に定吉はそう言った。

「やめてよ、偉くなってなんかないし!!」

顔を赤くして霧丸が抗議する。

「アハハハハ、霧丸様はいいな。」

そう言うと、皆で笑った。

「あっしは定吉、こっちは弟の勝吉と申します。失礼を申しました。お答え出来ることでしたらなんでもお聞きくだせぇ。」

定吉は改めてそう言ってくれた。


 中之郷へ向かいながら質問をぶつける。

「狩りでは何が獲れるのだ。そして、何を売る?」

「大物だと鹿か猪ですね。後は狼かな。小さな物だと兎と狸と山鳥、雉、その辺りですわ。売るのは主に革ですな、鹿は角も売れます。」

そう教えてくれた。

「熊はいないのか?」

一番気になっていた事だ。これがわからないから山奥へは入らないようにしていたのだ。

「前実野の山には熊は殆どいません。が、狼はそれなりにいますぞ。」

こちらの意図に気付いたのか、そう教えてくれる。

「今日は革を売るのか?毛皮はないのか?いくら位で売れる?」

「今日は革です。毛皮より革に鞣した方が高く売れるので革にしてしまいますな。…後は椎茸も少し。」

収入の事は少し答え辛そうだな。税を寄越せと言われると思ったかな?そもそも上之郷の者からは税は取れないんだが。

「それじゃあ、かなりの稼ぎだな。もし良ければ革と毛皮、椎茸がいくらで売れるか教えてくれないか?」

この質問には答えに窮している様子だ。こちらももう少し手の内を見せるか。

「税とかそんな話ではないぞ。大体上之郷は大叔父が治めているから俺は手出し出来んしな。見てくれ、俺も椎茸を与平に売りたいんだが値段がわからんのだ。子供と見くびられて安く買い叩かれると嫌だろう?それに実は毛皮が欲しいんだ。椎茸を売った金でお主達から毛皮を買えればと思ったんだが…」

自分の椎茸を見せながら改めて聞く。

「革は鹿なら一頭で五百文位です。大きさに拠りますがね。毛皮だと三百文位になっちまうんで革にするんです。椎茸は八百文で売れます。」

自分達の損にはならないと分かったからか、今度は素直に教えてくれた。

「成程、助かった。この事は秘密で頼むぞ。勿論こちらも秘密にする。」

「わかりました。しかし、良く見つかりましたね。村の者も中々見つけられぬというのに。」

「何、時間を掛けただけのことよ。難儀した。村の者も椎茸を売るのか?」

ふと、気になって聞いてみた。

「そもそも、村の周りではほとんど見つかりませんがね。それに見つかったら大体和尚様に差し上げますので。」

あの和尚め…実質一人占めしてんのか…まさかこっそり売ってないだろうな?


「それから、狩りのことを詳しく教えて欲しいのだ。今度お邪魔しても良いだろうか?」

「わ、我が家にですか!?」

「いかぬか?道具等も見せて欲しいのだ。馳走せよ等とは言わぬし饗し等は無くて良いのだ。」

兄弟は顔を見合わせて困惑している。

「近い内に大叔父の所に遊びに行く予定だから考えておいてくれ。」

「わ、わかりました…」

よし、なし崩しで押し切ってやるぜ。


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