16・鍛錬には厳しすぎる

「「ぜいっ、はあっ!!」」

三人共、息も絶え絶えである。目の前には三尺(一尺約30cm)に切られた椎の木の丸太が四本転がっている。

「もう…斧は持ち上がらんぞ…」

俺がそう言うと、

「俺、手の皮剥けそうです…」

「俺は剥けた…」

霧丸と松吉がそう返す。ついに、俺達は椎の木を丸太にする事に成功したのだ!!間違ってもこの後、丸太を運ばなければいけないとか突っ込んではいけない…


 もう、河原まで移動する気力もないので丸太に腰掛けて水筒の水を飲む。

「結局、若は丸太で何がしたいんだ?」

一息ついて、松吉が至極真っ当な疑問を投げかけて来る。

「それは言えん。」

「えぇ!?俺達は何かも良くわかんねぇのに、こんなキツい事させられてんのか!?」

悲鳴を上げる松吉に、

「鍛錬には良いぞ。明日から木刀を振るのが少し楽になるな。」

と、言ってやった。そもそも上手く行くかすら全然わからんのだ。ついでにコイツに話すとあっという間に話が広まりそうな気がして嫌だ。

「その分、今日は稽古する体力無くなったけどな…」

お、馬鹿の癖に嫌な所を突いて来るな。

「安心しろ。この後これを担いで運ぶ仕事もある。まだまだ鍛錬出来るぞ。」

腹が立つので絶望を追加してやった。おや?なぜか松吉よりも霧丸にダメージを与えてしまったようだ。


「そう言えば、山之井の猟師はどこに住んでいるか知っているか?」

「中之郷には上之郷の定吉さんが来ますね。」

「下之郷は狭邑から正助爺さんが来るな。」

二人がそれぞれ名前を挙げる。

「二人しかいないのか?」

いくら弱小国人とはいえ山之井領の石高は千石を超える。石とは人が一年に食べる米の量であるからして、一石=人口一人となる。半分年貢として納めるとして、残り半分。六百石程度が領民の下に残るはずだ。尤もこの時代の石高としての一石は人を一人を養うにはやや不足気味なので八分として考えると約五百。これが大まかな山之井領の人口と考えていいだろう。それに対して猟師が二人というのは些か少ないのではなかろうか。そう思ったのだが。

「正助爺さんは弟子が何人か居るって言ってたぜ。下之郷に来るときは何人かが荷物を持ってる。」

松吉がそう答えるのに対して霧丸は答を持っていなかった。松吉は案外と人の情報について詳しい。物怖じせずに誰にでも話掛けられる性格の為だろう。誰にでも良い所はあるという証左か。

「どんな時に来るんだ?」

「行商人に革を売りに来るぞ。それと村の周りで狩りをする時は肉を持って来たりかな。」

「米とか野菜と肉を交換したりしてます。」

今度は霧丸もしっかり情報を出して来た。目の前で起こっている事に対する観察眼は霧丸の得意分野だろう。

「猟師に会えそうな時がわかったら教えてくれ。」

二人にそう伝えた。


「さて、運ぶか。」

そう言うと二人は疲れた様子で立ち上がった。

「松吉は二本を搦手の所まで運んでくれ。終わったら斧も頼む。あ、一本ずつ運べよ。霧丸は俺と一緒に上まで運ぶぞ。滑って転んで丸太を落としたら下まで転がり落ちてしまうかもしれないから慎重に頼むぞ。」

一本ずつ丸太を肩に担ぎ斜面を登る。目指すは椎茸の採れた朽木だ。ハッキリ言って丸太を担いであそこまで登るのはかなり辛い。

「霧丸、本当に辛くなる前に休みを入れながら行きたいから早めに声を掛けてくれ。」

霧丸が頷くのを確認して登りだす。


登り始めてから暫くして松吉が見えなくなった頃を見計らって霧丸に声を掛ける。

「目的地は一番近くで椎茸が見つかった場所だ。覚えているか?」

「大体なら。」

「じゃあ、前を代わってくれ。お前が楽な様に行ってくれ。それと行き先は松吉には言うなよ。」

「なんでですか?」

少し驚いた様子で霧丸が振り返る。

「アイツが黙っていられるか不安だ。その内、時期を見て伝えるが今はお前だけに伝えておく。俺は椎茸を育てたいんだ。その為に色々と試している。」

そう伝えると、今度は大分驚いた様子で、

「椎茸を育てるなんて、そんな事出来るんですか!?」

いつもより大分大きな声で聞いてきた。

「わからんが、試してみる価値はあると思っている。繰り返すが松吉には言うなよ。アイツは「若はすげぇんだ、椎茸を育ててるんだぜ!」なんて家に帰って家族に言いかねんからな。わかっていると思うがお前も秘密にしてくれよ。」

そう伝えると霧丸は嬉しそうに頷いて、

「はい、絶対に秘密にします!!」

そう言った。二人だけの秘密だよは今も昔も効果抜群のようだ。まぁ、最近松吉の登場で少し不満も溜まっていた様子だったから丁度いいだろう。


 さて暫く歩いたが、霧丸の心に火が着いてしまったのかちっとも休もうと言わない…俺は少し疲れて来たのだが。

「霧丸、ここで少し休もう。」

こちらからそう言う。まぁ、良く考えたらお供から休むとは言い辛いかもしれない。こっちから言うようにしよう。

「あ、はい。わかりました。」

霧丸は「え、もう?なんで?」みたいな顔だ。これはテンション上がって感覚が麻痺してるやつだ。気を付けよう。

 その後、二回休憩をしてなんとか目的地に辿り着いた。

「…霧丸…ここに置いてくれ…」

もう、限界もいい所だ。水筒の水はとっくに無くなっている。霧丸が無言で丸太を置く。というかほとんど落とす。目が虚ろだ…今日はやり過ぎた。反省しよう。

予定通り、この近辺でもう一本木を切って丸太を作った方が楽だったかもしれない。

 目的の朽木の状況を観察して、丸太の下部を少し土や落ち葉で埋めるようにする。

…あれ?この状態で丸太が朽ちたら他の菌が丸太を侵食しちゃうんじゃないか??

あれ??これマズくない!?ここまで来てとんでもない事に気が付いてしまった…絶対に霧丸には悟られてはいけない…色々考えるがどう考えても上手く行くビジョンが浮かばない…まぁ、失敗という結果も大事だ。うん、そうだ。よし、帰ろう。


 二人して違う意味で目を虚ろにしながら城の搦手まで戻る。そこで待っていた松吉は、

「若、いくらなんでも鍛錬には厳しすぎるぜ…」

と、実に的を射た発言をしたのだった。

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