15・培養開始

 下之郷から城に戻る。いつもより大分日が高い時間だ。この機会に椎茸菌の培養場所を作ろう。

 まずは、容器だな。最初は木製の浅い盆のような物を想定していたんだがそれなりに水分(湿度)が必要だと考えると陶器がよいだろうか…取り敢えず、厨に言ってみるか。


「米、ちょっといいかい?」

「はいはい、若様。どうされました?」

厨を差配する米に声を掛ける。

「使わなくなった陶器はないだろうか?多少欠けたり、ヒビが入っていたりしてもよいのだが。」

「木の椀でなく焼き物でないといけないのですか?」

「うん、木は余り良くない。古かろうが汚かろうが構わんのだが、ないかな?」

そう、聞く。

「さて、物置をひっくり返せば何やら出てくるかもしれませぬが。今はご覧の通り夕餉の仕度中でして。」

「俺が探しても構わぬか?邪魔はせぬ。」

「ようございますよ。若様は昔からあちこち物色してらっしゃいましたから慣れておりますので。」

そう言って笑われてしまった。話を聞いていた厨の他の者達も釣られて笑う。踏み台を担いであちこち宝探しをしたのを皆覚えているのだ。ちょっと恥ずかしいけど前世でも婆ちゃんに良く似たような事言われてたな…いかんいかん、感傷に浸りかけたが目的を果たさねば。


 早速、厨の物置へ行く(米が水筒を出してきたのもここだ)。

「あ、米。使うからダメなやつはどの辺の物だい!?」

大きめの声で聞く。

「使うものは大体手前に出てますから奥の方は大概使っていない物ですよ!!」

「わかった、ありがとう!!」

大声の応酬だ。台所は戦場、否、それは違うか…

 まずは、一番奥の下に置いてある古い葛籠から開けてみる。奥には光はほとんど届かないので半分手探りだ。古い木の膳が沢山入っている…外れだな。って言うか捨てろよこんなもん…年末の大掃除では物置の整理も提案しよう。

 次はその上の木箱。…重い、引張り出せないけど中でなったガチャっていう音は陶器の音とみた!!蓋を外して手を突っ込んで探る。ザラザラした触感の器が。素焼きの器か?取り出して見るとやはり素焼きだ。歴史の授業で土師器とか須恵器とか習ったけど、こういうのだっけ?でも素焼きは水を吸いそうだな。ちょっと試してみよう。一度水瓶の所まで言って濡らしてみる。うん、水を吸うな、これは駄目だ。

 釉薬が掛かってるやつがいいなぁ。お、これはツルっとしてる。白っぽい碗が出てきた。良さそうなので明るいところで良く見てみる。成程、ヒビか。試しに水を注いでみるが漏れてくる様子はない。こんなの後いくつか欲しいな。宝探しは続く。

 結局似たような器が合計三つ発掘された。ヒビの入った白い碗。縁の欠けた茶色の碗、無傷の黒い碗である。なぜ無傷の物まであんな奥にしまってあったのかは謎だが米が使っていないと言うので有り難く頂戴する。米に鍋に湯を沸かすように頼むと俺は一度厨を後にする。


「源爺、大鋸屑をくれ。」

部屋に突撃して前置き無しにそう言う。

「藪から棒ですな。そこらにある物をお好きにお持ちなされ。」

驚きながらもそう言ってくれる。

「因みに、杉とか松の大鋸屑は避けたい。椎とか椚とか欅とか葉の落ちる木のやつがいいんだが。」

ふと、思い付いてそう言う。椎茸と言う名前からして広葉樹の木が良かろうと思ったのだ。そもそも原木も椎の木を予定しているしな。あ、あの切り倒した椎の木はさっさと丸太にして運ばねば。あれ?椎の木以外の広葉樹も試した方がいいのか?やること増えたぞ!?

「また随分な拘りようですな。」

俺の葛藤を知らずに源爺が面倒そうに言う。

大鋸屑の溜めてある箱から選り分けてくれるようだ。大鋸屑は焚き付けに使えるし、単純に木灰の材料にもなる。ゴミではないのだ。

「して、どの様にしてお持ちなさいます?」

「あ…」


 米からざるを借りて来た。

「これに乗せてくれ。」

そう言って笊を渡す。

「これ位で宜しいですかな?」

こんもりと盛ってくれた。

「助かる、ではまた来る。」

そう言って立ち去ろうとすると、

「そう言えば、木刀と槍が出来ておりますが如何されます?」

そうだった、すっかり忘れてた。

「明日あの二人と取りに来る。いつもすまんな。」

今度こそ!


 厨に戻ると、

「若様、湯が湧いておりますよ。」

米が声を掛けてくれた。

「ありがとう。」

さて、まずは水瓶から水を汲んで碗を洗う。そしたら鍋の中にドボンだ。

「若様?なぜ碗を茹でるのです?」

米が不思議そうに問う。うん、煮沸消毒だな。

「より、綺麗にしようと思ってな。」

「そんな古い碗を綺麗にしてどうしようってんです。」

うん、また若様の奇行だ。そんな顔をしているな。

「アチチっ!」

熱せられた碗を手拭いでなんとか鍋から回収する。しっかりと拭いたら鍋の湯を少なくして大鋸屑も投入だ。大量の湯でやると回収がままならなくなりそうだしな。笊で大鋸屑を救出して取り敢えず黒い碗に入れておく。あ、碗もザルで掬えば良かったのか…


「米、糊を作りたいんだ。飯を少し分けてくれ。」

そう言うと、

「糊ですか。」

何だかとっても嫌そうな顔をされてしまった。夕餉が減るのが嫌なのか?

「俺の飯を減らしてくれれば良い。」

「まぁ、それでしたら構いませんが…」

うん、正解だったらしい。今日は体も余り動かしてないし、魚も多く取れているから飯が少し減っても大丈夫だろう。多分…

 白い碗に入れた飯に湯を少し足し、擂粉木すりこぎですり潰す。そこまでやったら鍋、笊、擂粉木を洗って返してから部屋に戻った。こういう気遣いは大事なのだ、多分…なにせ、奇行が目立つ若様だからね!!


 部屋に戻って椎茸の胞子を取り出す。白の碗には糊、黒の碗には大鋸屑、大鋸屑は水分量で二つ作ろうと思っていたのだが…混ぜるか…茶色の碗は大鋸屑と糊を混ぜて入れることにした。それぞれに胞子をかけて混ぜる。後は蓋を載せて納戸に隠す。毎日水分量の確認は必要だな。さぁ、実験の始まりだ。


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