11・霧丸と松吉
==霧丸==
「霧丸、すまんが基本を教えてやってくれ。」
若様が俺にそう言った。正直なんで俺がと思う。
あの日、常聖寺で和尚様との手習いに誘って貰った。家ではいつも一人だった。一番下の兄でも五歳も年上で俺の相手をしてくれる人間はいないからだ。だから、よく一人でお寺の境内で遊んでいた。和尚様はそんな時に色んな話をしてくれた。そんな和尚様から若様は手習いを受けていると聞いて羨ましく思った。だから、一緒に誘って貰えた時は信じられなかったし、跳び上がる程嬉しかった。
それに、若様は色んな事を考えている。一緒に居るようになってそれが良く分かる。父や村の大人よりも色々な事を考えていそうだ。俺より一つ年上なだけなのに。そんな若様のお役に立とう。そう心に決めている。
いるのだが…目の前にいるコイツは一体何だろう…今朝いきなり現れたと思ったら当然の様にここに居る……取り敢えず稽古をするか。
「俺は霧丸。若様も言ってたけどちゃんとやれよ。」
最初が肝心だ、舐められてはいけない。そう思ってハッキリ言ってやった。
「俺は松吉だ。分かってるって。で、どうすればいいんだ?」
全然分かってなさそうだ…
「まずは構えだ…」
実際に構えながら説明する。
「こうか?」
「そうだ、そして一歩踏み出して振り下ろす。」
見本を見せる。
「なぁ、若のさっきのやつがやりたいんだけど。」
駄目だ…やっぱり全然分かってない。
「あれは若様だから出来るんだ。若様は三歳の時から毎日稽古をしているらしい。俺だってあんなことは全然出来ない。」
「えぇ!!そんな、どうすればいいんだよ!?」
知るかそんなもん…
「試しに俺の真似してみればいい。」
アイツは不満そうに木刀を振る。
「わぁ!!」
案の定、木刀を止められず地面を叩く。俺も最初はそうだった。
「分かったか、最初は皆そうなんだ。」
「どうすれば、あんな風に出来るようになる?」
悔しそうにアイツが聞く。
「若様の何倍も努力するしかない。」
「そうだ、そうしよう。それしかない!!」
なんでこんな奴が…コイツが若様の近習になると知って更に絶望するのはこの後すぐの事だった。
====
「すごい、ご馳走だ!!」
松吉が喜びに溢れた声を上げた。
コイツが俺のお供になる??先程の衝撃からイマイチ立ち直れていない…霧丸も呆然としていた。松吉は大喜びだ。しかし、確かにご馳走だ。鮎の焼き物に野菜の汁物、漬物もあるし、山菜のお浸しもある。何より米だけの飯だ。
「若はいつもこんなご馳走食べてんのか?」
「馬鹿を言え。こんなの城でだって滅多に食べられないぞ。」
食事は霧丸と松吉の分も用意されている。到着したときは顔を見なかったが永由叔父の弟、永隆叔父と妹の夕叔母も顔を揃えている。まぁ、夕はまだ十歳なので叔母という年ではないのだが。
「御婆様、今度からはもっと普通の食事にして下さい。これじゃあ遊びに来づらくなってしまいます。」
==大迫幸==
孫の、若鷹丸が初めて遊びに来た。最後に会ったのはあの娘の葬儀の時だから覚えてはいないだろう。主人は賢しらで一廉の人物になるだろうと嬉しそうに言っていたが、私もそう思った。今も食事について次に来る時の事を引き合いにこちらに気を使ってくれている。
「御婆様は狭邑の出だと聞きましたが。」
孫にそう聞かれた。
「良くご存知ですこと。確かに私は狭邑の家の生まれですよ。どうして知っているのです?」
「行連に聞いたのです。」
行連は二つ年下の弟だ。山之井のお城で守兵を勤めている。
「行連は良くやっておりますか?」
「若い者達の見本としてよくまとめております。俺が櫓に登っても邪険にせずに色々教えてくれますので、小さい時から行連が櫓にいる時にしょっちゅう邪魔していました。」
良かった、しっかりやっているようだ。
「して、行連は私の事をなんと言っておりました?」
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祖母が笑顔で聞いてくるが、目に力が籠もっている…ちょっと怖い…霧丸と松吉もビビっている。そう言えば爺もさっき笑顔で押されていた。
「や、優しいしっかり者の姉だったと…申しておりましたな。」
「そうですか。久しく会っていないのですが、ちゃんとやっているようで安心しました。」
今度は普通に笑っている。良かった…
「帰ったら休みの折には顔を見せるように行っておきます。」
「そうですね、お願い致しますね。」
そうして、夜は更けて行った。
翌朝、爺と稽古をした俺は三人で下之郷への道を歩いていた。
「そういえば帰りにお稲荷さんへ寄ろうと思っていたんだ。松吉、お稲荷さんは下之郷から近いのか?」
「近いぞ、村のすぐ隣だぞ。こっちからだと村の左奥だ。」
松吉が得意気に答えた。
「じゃあ、ちょっと寄って行くか。」
「分かった、行こう。」
「いや、お前は来なくていいぞ」
「なんでだよ!?」
「そうだぞ、来なくていい。」
珍しく霧丸が毒を吐く。山之井川に架かる橋(丸太を縄で数本束ねただけの物だが)を渡りながら、そんなやり取りをする。そう言えば松吉は霧丸と同い年ということがわかった。俺と背丈が変わらないから少し驚いた。栄養が全部背丈に行ってるんだな、きっと。
途中、康兵衛の家に寄るともう話は通っていた。
「家の馬鹿が若様のお供なんて務まりますか…」
うん、俺も不安だ…
その後、稲荷社に寄る。神社は常聖寺の建つ尾根の南端。山之井城と篠山城の関係と同じ位置にあった。境内は尾根が完全に平地になる場所にある。朱い鳥居を潜って境内に入る。平地に建っているせいか常聖寺の境内よりかなり広い。
「おや、松吉。今日はどうしたのです?」
社殿から神主がやって来て松吉に声を掛けた。年の頃三十前後か、穏やかそうな容姿をしている。
「そちらの二人は村の子供ではありませんな。」
神主の目がこちらに向く。
「宮司様、この人は山之井の若様だぜ。俺、若様の近習になったんだ。」
すかさず松吉が自慢気に話す。途端に宮司が愉快な表情に変わって行く。
「ま、真に山之井の若様でいらっしゃる?」
「若鷹丸だ。落合の城に行った帰りに寄せて貰った。突然で済まないな。ちと見てすぐに帰るつもりだったのだ。」
慌てる宮司にそう言って謝る。
「とんでもございません。当社、下山之井稲荷神社の宮司を務めております白木晴広でございます。」
「いつも世話になっている。これからも山之井庄の平穏に力を貸して頂きたい。」
「こちらこそ、平にお願い致します。しかし、松吉が近習というのは真の事でございますか?」
宮司が心配顔で聞く。
「不安なのは俺も一緒だ…無理矢理付いて来たと思ったら、いつの間にやら勝手にそう決まったのだ。」
「なんともまぁ…松吉よ、若様のお側に仕えるのなら今迄の様な悪戯三昧ではいかんぞ。」
「わ、わかってら!そ、そうだ若、俺も稽古がしたいんだ。俺にも木刀作ってくれよ。」
宮司の忠告に対してちゃっかりお強請りしてきやがった。ん〜…まぁ、仕方が無いか。だが不安だから釘は刺そう。
「稽古以外では振り回すなよ。それから稽古も周りに人がいない所でやれよ。」
「わ、わかった!!」
「じゃあ、明日の朝城に来い。中之郷の曲がり角で霧丸と待ち合わせて来ると良い。霧丸頼むぞ。」
「わかりました…」
またもや不満そうだ。
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