12・家族
篠山城から帰って来ると城の門に仁王立の紅葉丸様がお待ちだった…
「あにうえ!きのうかえってこなかった!!」
激おこである…
「紅葉丸様は朝早くから櫓の上で若様のお帰りをずっとお待ちでしたよ。」
ニヤニヤしながら門番がそう言う。くそ、なんて可愛いんだ…
「そ、そうか、悪かった、紅葉丸。」
「ずっとまってたんだよ!!」
その様子に門番含めて皆メロメロである。今後も毎回泊まって良いかと父に聞こうと思っていたんだが、迷っちゃうな!!
「そうだ、昨日行きがけに筌を仕掛けてあるんだ。今から魚が入っていないか見に行こう。」
ご機嫌取りにそう提案する。
「ほんと!?いく!!はやくはやく!!」
激おこはどこへやら、ニッコニコに変身した紅葉丸にまたもや一同メロメロである。俺の手を引張る紅葉丸に、
「待て待て、荷物を置かせてくれ。すまん、これその辺に置いておいてくれ。」
稽古槍を門番に預け、来た道を戻って行った。
「とれてるかな!?」
「どうかな、夜の間は魚も寝ているかもしれんから普段と変わらんかもしれんぞ。」
「おさかなもねるの!?」
うん、可愛い。
「わからんが、魚も寝るのではないか?城の馬も夜寝ているだろう?」
「しらない」
「そうか、紅葉丸もすぐに寝てしまうからな。もう少しして、俺くらいの歳になれば見られるぞ。」
「へ〜…おうまもねるんだぁ…」
目を丸くしている。うん、可愛い。
「よ〜し、引張れ〜!!」
「は〜い!!」
紅葉丸が頑張って縄を引く。多分今の仕掛けは入ってるな。今までの感覚からそう思っていると、
「いっぱいとれてる!!」
岸から歓喜の声が上がった。ほらね。
「あにうえ、みてみて!!」
「どれ。お、鮎の他に小さいのが沢山入っているな。」
「やったねぇ!!」
うんうん、沢山獲れると嬉しいよな。でもな、
「でも小さいのは逃してやろうな。」
「えっ…!?」
紅葉丸の顔が悲しみに歪む。
「小さいのも獲ってしまうと、その内、川から魚がいなくなってしまうかもしれん。今は逃して大きくなってからまた獲るのだ。わかるか?」
「わか…った?」
資源保護と資源管理だな。まぁ、難しいよな。この時代では大人に言っても理解出来ないかもしれない。
「ずっと、魚を獲る為にそうするのだ。」
「むずかしいけど…おさかないなくなるといやだからがまんする」
うん、正解。紅葉丸は頭の回転も早い。将来期待出来るな。俺の右腕となるか、それとも…
結局、今日は三匹獲れていた。魚籠が欲しくなって来たな。源爺案件だな。明日、松吉の木刀を頼むついでに聞いてみよう。
すっかりご機嫌になった紅葉丸と城に戻る。門で槍を受け取り厨に魚を渡す。それから母の部屋に紅葉丸を返して、最後に父の所へ帰還の報告に行く。え、それが一番最初だろって?俺もそう思うけどさ。
「父上、宜しいですか?」
父の部屋の前で声を掛ける。
「若鷹丸か、入れ。」
部屋に入り、父の前に座る。
「父上、只今戻りました。」
「うん、落合は如何であった。」
「中々有意義で御座いました。道中、領内の様子も見られますし、槍の稽古も楽しいです。やはり戦では槍が主になりますし、今後も鍛錬したいと思います。差し支えなければ今後も泊まりで通いたいと思っております。お許し頂けますでしょうか。」
いつものお強請りとは違って嫡男としてキチンと頼む。家臣の城にしょっちゅう泊まるのだ、色々な思惑も絡むだろう。
「ふむ…如何したものか。槍はそれ程気に入ったか?」
「は、刀よりも向いているかもしれませぬ。それに何より…御婆様が喜んでくれます故。」
言うか言うまいか悩んだが言っておこう。
「左様か…うむ。」
「爺は家臣としての立場を崩しませんが、俺にとっては間違いなく祖父母です。言葉には出しませんが、爺とてそう思っておりましょう。俺は大迫の家は一門衆と考えております。将来の事を考えても関係を密にすることに損はないかと。」
==山之井広泰==
目の前に座る息子が自分の考えを述べる。皆が賢しらだと褒める息子だ。儂もそう思う事も多かったが今日はいつもとは話の内容が違う。ハッキリと嫡男として領内を治める展望を述べている。儂がこの歳頃の時にはそんな事は考えもしなかった。期待と怖れの両方を感じる。儂の息子は一体どこまで見据えているのか。それに大迫を優遇する事は三田寺との関係を考えると悩む点もある。ここは一つどう考えているか聞いてみるか。
「大迫を優遇すると三田寺との関係に角が立つのでないか?」
その問いに対して、息子はハッキリと、
「領内が一枚岩で安定することは対外的に見ても悪い事ではありますまい。三田寺としても山之井が安定した味方であることに安心はしても不満には思いますまい。もし、不満に思うのだとすればそれは向こうが山之井に野心を抱いているということになりましょう。それこそ、内が固まらねば危険です。」
見えている、そう思った。儂などよりも余程周りが見えている。儂は戦は得意だが領内の仕置は殆ど周りに任せているし、周辺の国衆との関係も余り深くは考えていなかったと思い知る。儂は三田寺にこちらに対する野心が有るとは考えたこともなかった。やはり、期待と怖れを感じる。
「義父上にそのようなお考えがあろうか?」
どうにも信じられずに聞いた。
「御爺や典道叔父上にはありますまい。」
アッサリとそう言いおった。
「しかし、先程は」
「可能性の話でございます。それに三田寺は我が家よりも大きい家にござれば、様々な考えを持つ者がおりましょう。疑いすぎるのは宜しくありませんが、油断もならぬかと。」
儂の問を最後まで言わせずにそう言った。
「そうか…そうよな…まぁ、泊まりの件は認めよう。しかし、三田寺の件口外はしてくれるなよ。」
「無論です。」
当然と言った様子で息子は答えた。可愛気の無いことだ。あの愛らしかった幼子は一体どこへ行ってしまったのか…
「そう言えば近習が一人増えたな。」
そんなことを考えながらもう一つの話題に触れる。途端に息子の表情に苦さが走る。
「はぁ、下之郷の康兵衛の息子の松吉です。俺は不本意なのですが、本当に宜しいのですか?」
本当に不本意そうな顔のまま聞いてくる。
「何がだ。」
「絶望的な馬鹿ですぞ?」
「ワハハハ!!」
思わぬ返事に笑いが止まらなくなる。
「昨日、永由が来たときにな。永治が、霧丸は大人しくお前に従う。側付としては正しいのかもしれんが、思い通りにならぬ者が側にいるのも良かろうと言っておると言ってな。それに、三人で賑やかにしている様子はいつもより子供らしくて良いとも言っていたそうだぞ。」
不本意が服を来ているような様子の息子に更に言う。
「それに、お前は頭と口が勝ち過ぎるきらいがある。勘で動く者がいてもよかろう。」
「ぐうの音も出ませんな。」
苦笑いをして息子が答える。
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父の部屋を後にして自室に戻った。父も爺も俺の事を考えてくれていると改めて知る。流石に疲れたのだろう、慣れない槍の稽古で筋肉痛もある。昼過ぎだが目を閉じて横になった。
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