10・篠山城
「爺、こんな所までどうした。」
「いやいや、若達が無事に来られるか心配でしてな。櫓から眺めておれば、豪い勢いで走ってくる童達が見えましたのでな。さて、歩けますかな?」
どうやら初めて来る孫が心配で仕方なかったようだ。
「そうか…もちと休ませてくれ。」
「して、霧丸と二人でいらっしゃるはずでしたが…」
なぜ三人なのかと、目で聞いてくる。
「そいつは、勝手に付いて来た。下之郷の康兵衛の息子の…息子の……馬鹿だ。」
仕方が無いので紹介してやった。
「馬鹿じゃねぇ!!松吉だ!!」
そうそう、そんな名前だった。
「そうだったな、松吉。俺達はこれから爺の城で講義を受ける。それじゃあ、気を付けて帰れよ。」
「なんでだよ、連れてけよ!!」
「城に知らない奴なんか入れられる訳ないだろ。」
「知ってる奴だろ!?」
駄目だ、話が通じない。そこに復活した霧丸が一言。
「これから、城で講義だよ。難しい話をずっと座って聞くんだけど…」
「……」
あ、馬鹿が固まった…
「良くやった霧丸。流石俺の近習だ。」
「良し。では爺、参ろうか。」
霧丸も復活したし先を急ごう。
俺が先頭に立って城への坂を登る。
「ほれ、松吉とやら。城で水でも飲んで休んでいけ。」
あ、爺!余計な事を!!
「ようこそいらっしゃいましたな。我が城、篠山城です。」
門の前で爺がそう言って改めて迎えてくれる。
「篠山?この山は篠山と言う名前だったか?」
気になったので聞いてみる。
「いえいえ、我が先祖がこの地へ移ってきた時に故郷の名前を付けたそうです。」
「成程、そう言うこともあるのか。」
名前に歴史有りである。城では門番を始め、行き会う人が口々に、
「若様、ようこそ。」
と、声を掛けてくれる。亡くなった母のこともあるし、俺に期待してくれているのだろう。俺がこの城での講義を望んだのはこう言った意味合いもある。将来、領主になった時に本城から離れた場所でも親しみを持って貰いたいのだ。
屋敷の玄関では祖母と叔父が迎えてくれた。
「若、妻の幸と倅の
「よく、いらっしゃいましたね。」
初めて会った祖母はニコニコだ。
「御婆様、世話になります。」
俺がそう言って頭を下げると。
「まぁまぁ、折角だから夕餉も食べて行かれませ。ねぇ、殿。」
「ふむ、しかし帰りが遅くなるぞ。」
祖母は嬉しそうにそう勧めるが、爺が難色を示す。
「なら、一晩泊めてくれ。明日の朝、槍の稽古を付けて貰ってから帰る。」
「まぁ、それがいい、そうしましょう。ね♪」
祖母は笑顔で爺に圧を掛ける。
「そうだな…では、山之井の城に使いを出そう。永由行ってくれるか?」
「え、叔父上がわざわざ行くのですか?他に誰かいないのです?」
慌てて止めようとすると、叔父が、
「ハハハ、構いませぬよ。他の者もそれぞれ仕事があります故な。それに殿への使者に下手な者も立てられませんからな。」
そう言う叔父に、
「ついでに誠右衛門殿と康兵衛殿のところにも頼むぞ。」
と、爺が最後に余計な事を言った。
「叔父上、康兵衛のところは行かんで良いぞ。」
そう言ったのだが、笑って流されてしまった。
昼前から始まった講義は二刻程で終わった。今日は戦の準備についての話だった。この時代、補給に対する意識は高くない。基本行った先での略奪を含めて計画している所がある。その辺りについて色々問題点を上げて爺と侃々諤々やっていたら思いの外時間が掛かったのだ。
意地を張って後ろで控えていた馬鹿は真っ白に燃え尽きている。だからさっさと帰れと言ったのだ。
「よし爺、それでは槍の稽古を付けてくれ。」
「おや、明日の朝ではないので?それにお疲れでは?」
爺が気を使って言ってくれる。
「馬鹿を言え。これを楽しみに来たんだ。それに明日の朝もやれば二回稽古が出来るぞ。父上と違って毎日教えを受けられる訳ではないからな。」
「左様ですか。それ程言って頂けるのでしたら儂も気合を入れて指南させて頂きますぞ。」
嬉しそうに爺が答えた。
「霧丸、すまぬが俺は爺と稽古をする。お前は、木刀で稽古をしていてくれ。もし槍がいいなら、帰ったら源爺に頼もう。」
「わかりました。じゃあ、一人で稽古をしてます。」
霧丸はそう答えた。
「な、なぁ若。若の木刀、俺に貸してくれよ。」
馬鹿が唐突にそう言った。
「なんでだ?」
「俺も若みたいに格好良く振れるようになりたいんだ。いいだろ?」
目を輝かせた馬鹿がそう言った。どうせいくら言っても聞かないだろう。しかも、早くも呼び名から様が取れている…
「はぁ、仕方無い。ほれ、壊すなよ。」
腰から木刀を抜いて渡す。
「霧丸、すまんが基本を教えてやってくれ。」
「えぇ…」
心底嫌そうな返事が帰ってきた…いつも淡白な反応ばかりの霧丸にここまでの反応をさせるとは…本当に嫌なんだな。
「いいか、ちゃんと霧丸の言うことを聞いてやるんだぞ。適当にやると怪我をするからな。」
少しキツめに釘を刺しておく。
「わ、わかった、ちゃんと聞く!」
一応通じているようだ。
「槍は基本的に上から相手を叩く物です。」
「ほう、突く物ではないのか。」
そう聞くと、
「一騎討ちではそのような使い方も致しますが、戦では専ら上から叩いて使います。」
「成程、知らなかった。」
「まずは構えですが刀とは違い左足が前です。そして右手で槍の端を握ります。」
成程、体の開きが逆なのか…やはり重いな。重さに負けないように足を広めに広げて腰を落とす。手の幅も少し広げよう。
「中々良い構えですぞ。そして、腰を使って穂先を持ち上げるのです。腕で持ち上げようとするとすぐにバテてしまいますぞ。」
腰からか。右足に重心を移し、少し膝を沈めるようにして左腰を跳ね上げる。
「左足を踏み出す!」
槍が勢いで振り上がった瞬間、爺が言う。左足を半歩踏み出し槍を振り下ろす。穂先が庭の地面を叩く。
「中々のものですな。最初からそれだけ振れれば言う事ありませんぞ。」
振り返るといつ戻って来たのか永由叔父が見ていた。
「左様左様、中々見事な槍さばきでしたぞ。」
爺もそう言ってくれる。
「しかし、地面を叩いてしまったな。これを止めるのはちょっと大変だぞ。そう言えば父上に初めて剣を教わった時も地面を叩いたんだったな。」
そんな事を、思い出すと、
「三つの頃でしたか。あの時の殿の喜び様と言ったらありませんでしたぞ。」
思わぬ答えが返ってきた。
「そうなのか?」
「それはもう。その日の内にここへ飛んできましてな。若鷹丸が儂の様になると言って来た、と大騒ぎでしたな。」
俺の作戦完璧に決まってない?
「父上、そこまでになさいませ。」
叔父が苦笑しながら窘める。
「若様、殿からお言付けです。明日は明るいうちに帰って来るようにと。それから松吉も霧丸同様近習として良いとのお言葉でしたぞ。」
「………は?」
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