9・松吉

 苺を見つけてから数日。和尚の講義の後に東の斜面を二人で回ったが目ぼしい物は無かった。やはり集落のすぐ近くだし、霧丸もこんなもんだと言った様子だった。やはり、城の裏山は資源が豊富なようだ。

 それから夕餉の時に、父に願い出て鉈を一本手に入れた。父に欲しい物があると言った時は身構えていたが、鉈と言った時は力が抜けていた。どうも俺が刀だの槍だのを欲しがると思ったらしい。

しかし、良く考えたら鉈も刃物であると渋ったので、毎日俺が運んでくる山菜だの魚だのの為だと言ったら渋々認めてくれた。


 そして、今日は初めて爺の城に行く日だ。いつもより早く朝餉を済ませると、源爺が作ってくれた稽古槍を担ぎ、木刀を差して急ぎ足で中之郷に向かう。ついでに筌も仕掛けておいた。曲がり角で霧丸と落ち合ったら、いよいよ初めて中之郷から先に行く。

「霧丸は下之郷には行ったことあるのか?」

「ないです。お稲荷さんがあるって聞いたことあるけど。」

「そういえば、城でもそんなことを聞いた気がする。帰りに余裕があったら行ってみよう。」


 四半刻(30分)も歩くと下之郷に着いた。ここは山之井の谷戸と狭邑の谷戸が合流する場所の為、一気に平地の幅が広がる。

「随分広いな。中之郷の倍くらいありそうだ。」

霧丸も頷いている。


「お前ら誰だ!!」

突然大声で誰何を受けた。見回すと左手の林から棒を持った子供が出てきた。背丈は俺と同じ位。気の強そうな目をしている。

「ここから先は俺の村だ。見たことない奴は通さん!!」

ビシッと棒を此方に突き付けて叫ぶ子供…

「通りたければ俺を倒してから行くんだな!!」

あぁ…あれか…阿呆か…霧丸と目が合うと心が通じ合った。きっと俺もあんな感じの死んだ目をしているのだろう。


「霧丸、持っててくれ。」

なんだか色々面倒になったので、槍を霧丸に渡すと木刀を抜く。

「な、なんだ…やるのか!?」

お、ちょっと腰が引けた。俺は無言で構えると、得意の連撃を繰り出す。勿論素振りだ、そもそも相手との距離はまだ大分ある。

「…お、おぉ…」

ビビりつつも目を輝かせるという器用な表情をする子供。

「で、どうする?」

「…え?」

「やるか?」

一応、聞いておく。

「…あ…当たり前だ!!村は俺が守っ…」

「お待ち下さいっ!!」

またも大声だ。見ると村から大人が駆けて来る。


「若様、申し訳ありません!!」

「康兵衛ではないか。久しいな。」

「父ちゃん!!なんで、こんな奴に頭なんか下げ…」

ズゴンっと音がしそうな勢いで子供にゲンコツが落ちた。

「うわぁ…」

霧丸は完全に引いている…俺もあんなに全力で殴られる子供初めて見た…

「康兵衛まさか、お主の子か?」

「若様、面目次第もございません。我が家の次男の松吉でございます。」

そう言って再び頭を下げる。康兵衛は下之郷のまとめ役だ。中之郷の誠右衛門と同じ立場である。

「わか…さま…??」

ゲンコツを喰らってしゃがみ込んでいた子供が涙目のまま顔を上げる。

「そうだ、この方はお城の殿様の跡継ぎだ!!次の殿様だぞ!!」

顔を赤くして康兵衛が怒鳴る。

「まぁ、康兵衛。そう怒るな。」

「そうだぞ父ちゃん。そうかそうか、次の殿様か。流石俺が見込んだ奴だ。」

いかん、目が転げ落ちるかと思った…霧丸は完全に動きを止め、康兵衛は顎が外れそうになっている。そのまま数秒時間が止まったような静けさが流れた。


「それで、若様は何しに来たんだ?」

いち早く復活したのはやはり馬鹿だった。

またもゲンコツを落とそうとする康兵衛を宥め、

「落合の爺の所に講義を受けに行くのだ。これからもちょくちょく通ると思うので宜しく頼むぞ。」

馬鹿は無視して康兵衛にそう声を掛けた。のだが…

「なんだ、落合郷に行くのか。よし、俺が案内してやるよ。」

自信満々に馬鹿が宣言する。

「いや、道は知っている。必要ない。」

そう言うと、霧丸から槍を受け取り歩き出す。

「なぁ、そう言うなって。連れて行ってやるか…」

あ、また殴られた。こういう奴が将来しつこいナンパ男とかになったりするのかな。

「では、康兵衛。俺達は先を急ぐのでこれで失礼する。」

「は、大変失礼を致しました。お気をつけて行ってらっしゃいませ。おい、お前は母ちゃんの手伝いがあっただろう!!」

そう頭を下げると康兵衛は馬鹿を引きずって集落に向かって行った。


 首根っこを掴まれた馬鹿を後に下之郷の集落に入り、道を右に曲がる。左に行けば狭邑郷である。後は一本道のはずだ。集落を抜けると道の先の右手の山の上に城が見えて来た。もう四半刻もすれば着くだろう。

 城の建っている斜面は城の手前で右に向きを変え、北へ向かって行く。なんのことはない、爺の城は山之井の城の建つ尾根の南端にあるのだ。


「お〜い!!待ってくれって!!」

思わず霧丸と目を合わせる。よし、満場一致だ。


「「ぜいっ…はぁっ…ぜいっ…はぁっ…」」

「なん…で、逃げる…んだよ…」

息も絶え絶えに馬鹿が言う。

「なん…で、追いかけて…来る…んだよ…」

此方も負けずに息も絶え絶えだ。霧丸は声も無く座り込んでいる。迷わず走って逃げたのだが、結局山之井川を越え、落合の城の下まで走る事になった。

「いいだろ…俺も…連れてけよ…」

「お前は…手伝いが…あるんだろ…」

「手伝いなんか…つまんない…だろ…」

「帰って…怒られても…知らないぞ…」

「毎日だから…大丈夫…」

「全然…大丈夫じゃ…ねぇよ…」

隣で霧丸がうんうんと頷いている。


「若、お待ちしておりましたぞ。」

爺が城の方から歩いて来た。


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これで三人揃いました。これからの活躍にご期待下さい。

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