5・得手

 今日も毎朝の稽古を熟す。最近は只振るのではなく自分なりに連撃等も試してみる。右足を踏み出し袈裟に切り下ろす。振り下ろした所で手首を返し、左足を降り出し、左下から斬り上げる。斬り上げの最後は左手を離して片手で振る方が窮屈でなく良い。うん、見た目的には中々決まっているのではなかろうか?実際に斬り合いでどうかはしらんが…でも、必要だろう?必殺技ってやつはさ。

「は〜♪あにうえ、かっこういい!!」

お目々キラキラで紅葉丸が褒めてくれる。流石、俺の弟、わかっているな。そしてなんとも可愛い。家の弟は世界一可愛い。間違いない。


「若鷹よ、最後に左手を離すのは隙が大きくなるのではないか?」

父から指摘が入る。

「離さぬと上体が窮屈になりますし、どちらにせよ躱されてしまえば隙は大きく生まれましょう。ならば、左手を離せば逆手に脇差を抜くことも可能かと。」

「成程、それなり考えての事か。ならば良い。」

自分なりに考えていた答えだが、なんとか及第点は貰えたかな?


 朝餉を済ますと。今日は爺による武経書を使った兵法の講義だ。

「このように、戦とは実際の戦の前にも多くの重要な事柄があるということですな。」

爺が締め括るように言う。

「当然だな、兵を集め、兵糧を集め、攻めるなら荷駄を集め、守るなら城を堅固にせねばならぬ。戦が始まってから慌てても遅い。」

「左様ですな。では若は中でも何が一番重要とお考えかな?」

そう、聞かれた。

「一番重要なのは戦を避ける事だろう。勝っても負けても実際に戦が起これば生産力は落ちる。人は死に田畑は荒れる。その先に待つのは飢饉だ。それは例え勝ち戦で領地が増えたとて変わらん。」

爺が少し驚いたような顔をする。

「意外か?爺。」

「いや、仰る通りですな。若は剣の稽古に熱心と聞いておりましたので少し意外ではありましたな。」

「徒に戦をしたがるようでは唯の破落戸ではないか。しかし、避けようとしても避けられぬ戦もある。いずれはその時先頭に立たねばならぬ立場になる。嫌だと逃げることは出来んのだからな。」


==大迫永治==

 驚いた、亡き娘が残したこの孫は、齢六つにして既に為政者の視点で世の中を見ている。嘗ての癇癪が治まって以降、家中でも知恵付きが早く、賢しらだとは言われていた。しかし、これは只の賢しらな童の考え方なのか。そう言えば、常聖寺の法蓮和尚は算術の講義をして腰を抜かしたと聞く…この子はいづれは…

====


 しまった、ちょっとやり過ぎだか。爺が呆然としている。

「そうだ、爺は槍が得意だと聞いたぞ。」

話題を変えることにする。

はっとした様子で爺は、

「さ、左様ですな。殿が刀を扱うが如く槍を振るえる等と思われては困りますが、刀よりは槍を得手としておりますな。」

ちょっと苦笑しながらそう言った。

「やはり、父上は特別なのか?」

「それはもう…ここいらでは並ぶ者無しと言われる殿と比べられては堪りませぬ。」

やはり父が武勇に優れるというのは間違いないことのようだ。それも比較されたくないと思う程度でだ。

「して、槍がどうされました。」

そうだった、父ではなく槍の話だった。

「うん、兵達は皆槍を担いで戦に行く。まぁ、弓の奴らもいるがな。父上も刀も掃いて行くが槍も持って行く。」

「そうですな、戦ではまず弓、そして槍での戦いが主ですな。刀を抜くのは最後の最後ですな。」

「だろうな。実際の所、戦で俺が刀を抜くような事態になっていると言う事は負け戦が決まっているようなものだろう?」

「まぁ、状況にもよりますが大凡そうでしょう。」

「それに戦働きを槍働きとは言っても刀働きとは言わん。」

「確かに言いませんな。」

爺が思わずと言った様子で笑って答えた。

「ならば、槍も覚えておかねばなるまい?それ故に、家中のものに槍を得手とする者はと尋ねて回ったのだ。」

「そうしたら某の名前が出たと。」

満更でもない顔をして爺が聞く。

「そうだ。だからこれからは講義の後に槍も教えて貰おうと思ったのだ。」

「それは、良き御思案ですな。さすれば、若の稽古槍がいりますな。」

「家の中を漁ったんだが、手頃な物がなくてな。源爺に頼もうと思っているのだ。どの位の長さが良いか一緒に来て決めて欲しいのだ。」

「また、お家の中を漁ったのですか。この間も殿に叱られたばかりではありませんか。」

しまった、藪蛇だった。

「そ、それからな、これからは爺の講義は落合の城で受けたいのだが構わぬか?」

話題を必死に戻す。

「某の城ですか。また何故?」

怪訝そうに言う。

「一つは、常聖寺の和尚の所には俺が通っている。爺は出向いているのに、和尚は待っているでは釣り合いが取れぬと思った。まぁ、この程度で二人の扱いに差があると騒ぐ者もおるまいが、俺の心持ちの問題だな。」

「それは、某としては若のお気持ちは嬉しく思いますが。」

「二つは、落合まで往復すれば鍛錬にもなろう。何れは走って往復出来るようになりたい。そして三つは、道すがら領内を見て回れる。俺はまだ中之郷までしか行ったことがないからな。」

「成程、何やら最後の理由が一番な気もしますが…」

いかん、バレてる…落ち着けポーカーフェイスだ!!そうなのだ。これは探検の範囲を広げるための言い訳なのだ。毎日裏山と中之郷だけでは飽きるのだ。

「…まぁ、殿に相談してみますか。」

溜息を一つ吐いて、爺はそう言った。


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 遅ればせながら、近況ノート:山之井庄周辺図 壱 に地図を掲載しております。ご興味があれば御覧下さい(本編に画像が投稿出来ない事にようやく気付いたのは内緒)。

 また、初めての感想、初めてのギフトを頂戴しました。厚く御礼申し上げます。近日中に限定ノートも公開致します(たいしたものは書けません…)。

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