4・狩猟採集生活
結局、この日は筌を作るべく竹ひごを量産し、それを囲炉裏の火で炙って曲げ、細紐で縛る。という作業を続けたが、始めた時間が遅かったこともあって完成には至らなかった。家の手伝いをしているのであろう、霧丸は意外に器用に工作を熟していた。
「明日は手習いはないから朝餉を食べたら続きをやるが来られるか?手伝いがあったりするか?」
門の所まで見送った時に聞く。
「手伝いがあるけど、すぐ終わります。」
今日一日で大分喋ってくれるようになった霧丸が答える。
「そうか、じゃあ終わったら来てくれ。門のところで俺に呼ばれたと言えば大丈夫なはずだ。」
多分大丈夫だろう、友達が遊びに来るなんてこちらでは初めてだから知らんが。霧丸は頷くと、家に向かって歩いて行った。
翌日、朝の稽古を熟し、朝餉を食べた後。櫓から外を眺めていると霧丸が歩いてくるのが見えた。タイミングを合わせて下に下りる。
「よく来たな、さぁ行こう。」
霧丸は驚いた様子だったが、
「おはようございます。」
と挨拶を返してくれた。
昨日、別れ際に門番に声を掛けろ等と言ったが、結局待ちきれなくて櫓で待っていたのだ。
源爺の工房で昨日の続きに取り掛かる。
「最後にそこを縛れば出来上がりですな。」
源爺の指示で細紐をギュっと縛って筌が二つ完成した。
「どうせならもう一つ欲しい。一人で作れるようになりたい。」
そう言って昼前まで掛けて都合四つの筌を完成させた。
そして、その頃には。
「ほれ、出来ましたぞ。」
霧丸用の木刀も完成した。
「…貰っても良いのですか?」
遠慮気味に霧丸が言う。
「当たり前だ、お前の為に作って貰ったのだからな。その代わり、俺と一緒に剣の稽古をして貰うぞ。」
そう言うと、
「はい」
少し照れくさそうにそう答えると、霧丸は木刀を手に取った。
「よし、早速罠を仕掛けに行こう。その後は剣の振り方を教えてやる。源爺ありがとう。行ってくる。」
「ありがとうございました。」
二人で源爺に礼を言って城から駆け出す。
坂を下って川まで来ると罠を仕掛ける場所を考える。
「何処がいいと思う?」
そう聞くと、
「深いところは危ないと思います。」
と、意外とちゃんとした答えが返って来た。
「そうだな、しかし余り浅いところだと魚が来ない様な気がするな。」
「そうだけど…」
歯切れ悪く霧丸が答える。ひょっとしたら迷惑をかけるなとか、危ないことをするなとか言われているのかもしれない。
「じゃあ、膝の深さならどうだ?」
「それなら…」
方針は決まったので筌を沈めるべく草履を脱ぎ尻をからげて川に入る。二つは日の当たる場所。残りの二つは橋の下で影になる場所に仕掛けた。繋いだ縄を河原の石で固定する。
「よし、じゃあ稽古をしよう。俺は毎日朝餉の前に父上と弟とやってる。霧丸の家は稽古はするのか?」
足場の悪い河原から原っぱに移動しながらそう聞くと、
「父ちゃんと兄ちゃん達はたまに弓の稽古をしてる。」
「へ〜、霧丸の家は弓が得意なのか。」
「戦の時は弓隊だって父ちゃんが。」
詳しく聞くと山之井領の弓隊は代々霧丸の家が率いているらしい。というか領内で弓を使えるのはそれ以外では武士と猟師の人間くらいしかいないらしい。知らなかった。
「まずは、持ち方からだ。」
握り、姿勢、構え、順に教える。
「じゃあ、手本を見せるから真似してくれ。えいっ!」
この三年で大分様になったと思う。唐竹以外にも袈裟斬り、横薙ぎ、斬り上げ一通り順番に振れるようなった。
「えいっ!」
霧丸が唐竹に振る。ややふらついたが体の正面でキチンと止めた。
「そのまま十回だ。」
俺も合わせて一緒に振る。
「「えいっ!えいっ!」」
十回キッチリと終えた。
「霧丸すごいな。俺が初めてのときは七回目で木刀が飛んで行ったぞ。」
そう褒めると霧丸は嬉しそうにはにかんだ。
暫く休憩した後、城を突っ切り搦手から城の裏に出る。搦手の先は完全に山の斜面なので、ここを使用するという時は城が落ちて逃げる時位だろうと想像する。
「椎茸を探したい。余り奥に入って迷子になっても困るから城か集落が見えるところで探そう。」
先回りしてそう言っておく。
「ただし、俺は椎茸のことは全然知らないから霧丸だけが頼りだぞ。」
そう言うと、霧丸はフンすと力強く頷いた。
何度か休憩をしながら半日裏山を歩き回り二本の椎茸を見つけることが出来た。かなり珍しいと聞いていたが、城の裏山は集落から離れている(山之井の集落は全て東側の斜面下にあり、領民は家から近いそちらの山を入会地にしている。)から柴刈りなんかに来る人間も少ない。その為割と山深いというか資源豊富なのも見つかった理由かもしれない。因みに尾根より向こうは山之井の領地ではないのでどうなっているかは不明。決して越えるなとキツく言われている。
さて、なんで椎茸なのか、なんてのは今更説明不要だろうが、城の周りに限ってだが自由に歩き回ることが出来るようになったこの機会に栽培の手法を確立したいと考えたのだ。将来の交易を睨んでも勿論だが、今現在の住環境改善にも銭が必要なのだ。その為、なんとか朽木ごと持って帰りたかったのだが大き過ぎたので取り敢えず一本は収穫し、残りの一本はまた明日ということになった。
その後は河原に戻って獲物の確認である。紐を引いて筌を引き上げると二つの仕掛けに鮎が一匹ずつ入っており、片方には
「入ってる!」
引き上げたとき、霧丸が上げたいつもよりも大きく明るい声が印象的だった。
「よし、鮎は一匹ずつだな。鰍は貰っていいか?」
霧丸が頷く。
「じゃあ、また明日だな。明日は朝の内は爺が来て四書を習うんだ。霧丸も来るか?」
「明日は手伝いがあるので昼からなら。」
「そうか、じゃあ昼からまた罠を仕掛けて山に行こう。」
こうして霧丸を連れ回す日々が始まった。
その日の夕餉には俺の膳にだけ鮎の焼き物と鰍の汁物が追加された。それを見て目を輝かせた紅葉丸に半分餌付けをすることになるのである。
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