3・漁業改革
「では、本日は此処までに致しましょう。」
「「ありがとうございました。」」
霧丸と初めての手習いを終える。完全に初心者の霧丸に合わせて手習いは最初から始めた。復習にもなるし、そもそも始めて数ヶ月なので大した手戻りでもないのだ。手習いの途中に話した内容によると、霧丸は一つ年下の五歳。上の兄弟とは大分年が離れており、家では一人放っておかれることが多いらしい。
何に興味があるかと聞いたところ算術だというので、此れは俺が教えることにした。
本堂から出て改めて和尚に挨拶をした所で、ふと思いついて質問をする。
「和尚、魚を採る為の仕掛けで入り口が段々狭くなって入ると出られなくなる筒のような物があると聞いたのだが何と言う名かご存知か?」
「ふむ、それは
「成程、筌というのか。助かりました。それと、お坊様は茸を好んで召し上がると聞いたのですが。」
「茸、椎茸のことですかな?確かに我ら坊主は椎茸を有難がりますな。只、食べるというよりは出汁を取る為に使いますな。ここいらではまずまず手に入りますが都や大きな町では高値で取引きされますな。民が一年二年遊んで暮らせる程とも言われたりしますが、実際にはそこまでではありませんな。」
「そうなのか?」
「そこまで高いと我ら坊主も手が出ませんからな。」
「それもそうだ。」
やはりそうは言っても、椎茸は高級品か。
「霧丸は椎茸を知っているか?」
霧丸が頷く。
「ただし、椎茸には良く似た月夜茸という茸がありましてな。此方は毒が有りますので注意がいりますぞ。」
なんと…いきなり計画に暗雲が。
「霧丸は月夜茸は知っていたか?」
頷く。
「見分けはつくのか?」
「話は聞いたことがある。あります。」
なら、何とかなりそうだ。
「霧丸、俺と城に行こう。家の者に伝えて来い。」
霧丸が頷いて家に走っていく。
「霧丸が柿を三つ持っているとする。そこに木から更に二つ柿を採った。柿は幾つになった?」
霧丸は少し考え、
「五つ」
と、答えた。
「そうだ、それが加法だ。では、五つある柿を一つ食べた。残りは幾つになる?」
「四つ」
今度はすっと答える。
「そう、それが減法だ。小さな数だと簡単だが、数が大きくなると厄介になる。後は桁が変わるときだ。」
興味深そうに霧丸が頷く。
そんな話をしながら城への道を歩く。
坂を登って大手門に着く。
「おや若様、お帰りなさいませ。今日はお連れがいるのですな。」
顔馴染の門番が声を掛けて来る。
「今戻った。中之郷の誠右衛門のところの霧丸だ。ちょくちょく出入りするだろうから宜しく頼む。」
「わかりました、皆に伝えておきましょう。」
そう、請負ってくれた。
「若様にも漸く友が出来ましたかな?」
上からも声が掛かる。
見上げると行連が面白そうに此方を見下ろしている。
「そうだ、漸くな。宜しく頼むぞ行連。」
文句があるかとばかりに言い返す。
「承知しました。」
笑いながら行連が答える。
ふと見ると、霧丸は緊張した様子で固まっている。
「おい、霧丸行くぞ。」
駄目だ、引っ張って行こう。
「父上、若鷹丸です。よろしいですか?」
「良いぞ、入れ。」
廊下から父に声を掛け許可を得る。固まったままの霧丸を引っ張って父の部屋に入る。
「珍しいな、連れがおるのか。」
「誠右衛門の末の息子の霧丸です。」
霧丸に目で促すと、ハッとした様子で、
「霧丸です。」
小さな声で挨拶をした。
「ふむ、誠右衛門の倅か。それで如何したのだ。」
「はい、和尚の所でたまたま誠右衛門と行き合いまして。前々から、一緒に手習いを受ける者が欲しかったのです。和尚にお願いしたところ許しがありましたので、本日から一緒に手習いを受けることになりました。」
説明を受けた父は、
「成程、誠右衛門の倅なら良かろう。だが若鷹丸、次からは先に儂に話を通せよ。」
お小言は頂いたが、許可は得られた。
「霧丸よ、若鷹丸はちと変わっている故、大変と思うが宜しく頼むぞ。」
えっ?何その頼み方??
「はい!」
いや、お前もさっき迄より大分元気な返事をするんじゃないよ!!
父に話を通した後は、本来の目的に取り掛かる。向かうは源爺の工房だ。
「源爺、よいか?」
「若様、どうぞお入り下され。」
霧丸を連れて入る。
「おや、珍しく…」
「それはもう良い。門から会う者会う者、全員に言われた。中之郷の誠右衛門の息子の霧丸だ。」
「ワハハハ、左様ですか。して御用向きは?」
途中で遮ったが結局笑われた。
「二つある。一つはこの霧丸にも木刀が欲しい。もう一つは筌と言うものを知っているか?」
「木刀ですか。若様が以前使っていた物はどうされました。」
「あれは、紅葉丸に踏み台と一緒にやった。今更返せ等と言ったら大変なことになるぞ。」
「それは確かに。では木刀は後で適当に見繕って作りましょう。しかし、筌というものは知りませんな。どんな物ですかな。」
和尚に名前を聞いてきた意味は全く無かったなと思いながら、俺は不要な木っ端に墨壺の墨を使って簡単な図を書く。
「こんな感じで徐々に入り口が狭くなるのだ。そして、入った魚は出られなくなる。」
「成程。まぁ、出来ましょう。頑張れば御自分でも出来ましょう。」
源爺はそう言った。
「本当か?ここで作っても良いか?」
そう聞くと、
「構いませぬ。教えますし、道具もお貸しします。」
源爺はそう言ってくれた。
本当はこの後、裏山に椎茸を探しに行こうと思っていたんだが、自分で作れるなら話は別だ。前世から工作は好きだし割と得意なのだ。
「霧丸、一緒に作ろう。」
そう言って。工房の囲炉裏の前に座り込む。
「その前に木刀の木を選びますかの。霧丸と言ったか、こちらへおいで。」
棒を選ぶ霧丸の横で、俺はまずは竹ひごを量産するのであった。
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