9・冬支度

 今日も櫓から領内を見渡す。山の木々はすっかり葉を落とし、平地の草も冬枯れで茶色一色だ。しかし田んぼには裏作の冬麦が緑の目を出し、畑には冬野菜が育っている。


「余り長居されますと風邪をひきますぞ。」

今日も見張りに立つ壮年の男が俺に声を掛ける。ここ暫く毎日のように櫓に通った結果、彼は東の山向こうの狭邑さむら郷の地侍である狭邑行賢ゆきかたの二番目の弟行連という名であること。上の兄二人が健在で当主である長兄には嫡男もいることから家を継ぐ目はなく城の守兵として勤めていることがわかった。以前にも彼が言った通り、見張りや門番は複数人での交代制なのだが彼は一番の年嵩で守兵のまとめ役のような立場にあった。

 勿論、毎日通えば彼以外の者が見張りに立っていることも侭あったわけだが、多かれ少なかれ迷惑そうな様子を見せる他の若い者達と、邪険にしない行連を比べれば、彼がいるときを狙って櫓に登るようになるのは必然であり、結果彼のことに詳しくなるのも然りである(尤も他の者としても、子供に仕事の邪魔をされる上に相手が領主の息子で癇癪持ちで有名とくれば迷惑に思うのは当然なのではあるが)。そして、領内の地理に関してはここから実際に眺めながら彼に色々教えを請い詳しくなる訳だが、それはまだ後の話である。


 さて、喫緊の問題は彼の言った通り、そして景色が示す通り冬がやって来たということだ。特に夜が絶望的に寒い…板間の上に直に寝て、上から着物をかけているだけなのだから寒くて当たり前なのだがこれをなんとか改善したい…これでも庶民よりかは遥かにマシなのだろうとは想像に難くないのだが寒いものは寒いのだ。行連も最近では鎧の上から蓑を被っている。蓑か…暖かいのか??まぁ、外気との間に空気層を作るという点では効果はあるかもしれない…でもチクチクしそうだな…まぁ、聞いてみるか。


「ゆきつら、それ」

蓑を指差し声を掛ける。

「それ?蓑ですかな?」

行連が不思議そうな顔で答える。

「そう、それ。あったかい?」

「まぁ、あると大分違いますな。」

ふむ、試してみるか。

「だれがつくれる?」

「蓑なんかが欲しいのですか?まぁ、外で働く者なら大概の者は作れましょう。この時期は何処の家でも来年の分の蓑やら草履やら草鞋やらを作っておりますからな。」

また俺が妙な物を欲しがっていると言った顔だ。


「ゆきつらもつくれる?」

「それは子供の時分より手伝いで作っておりましたからな。作ることは造作もないですが。」

パッと見、侍の息子とは思えない発言だが、地侍なんて半分農民、というか農民の親玉みたいなもんだからそこらの農家でやっていることは大体自分の家でもやっているのであろう。なんなら普段は田畑を耕す方がメインだったりするらしい。

「ながいのがほしい」

「長いのですか?」

「そう、あしまですっぽりのやつ」

「若様、それでは歩けませんぞ。」

「いい、ねるときにつかうから」

「寝る時?農民のようなことをなさるので?」

「だめ?」

「駄目ではないでしょうが、腕を通す穴や腰紐は?」

「いらない」

「ま、まぁ、作ってみましょうか…」

結局最後まで腑に落ちない表情だったが引き受けてくれた。


「あ、わらはげんじいのとこにあるから」

「わかり申した。」

そう、藁は生活必需品だ。只ではないのだ。弱小国人の城の見張りの仕事に対する禄など雀の涙であることは想像に難くない。将来に向けて人心の掌握は必須なのである。


 そんな話をしていると目の端に赤いものが映る。向かいの山の裾に赤い花が咲いているのが見えた。椿であろうか。

「ねぇ、あのあかいのなに?」

指差しながら聞く

「椿の花ですかな。あの木はちと早咲きのようですな。」

「…ほしい」

しかし、一人では取りに行けない…やるしかないのか…

「ゆきつら〜」

今必殺のキラキラ光線攻撃!!

「ゔっ…城の外にはお父上のお許しがないと行けませんぞ?」

まぁ、そうだよな…

「きいてくる!!」

梯子から落ちないように慎重に大急ぎで櫓から下りる。


「ちちうえ〜!!」

父の部屋に駆け込む。

「騒々しいぞ、若鷹丸。何事だ。」

「ゆきつらとおはなとりにいく!!」

「は?」

「おそとにいく!!」

「落ち着け。全くわからんぞ。」

…駄目だ伝わらん。俺もテンションが上がり過ぎて説明出来ん。

「きて!!」

強行手段だ!!父の手を引いて無理矢理連れ出す。


父を従えて再び櫓を登る。

「と、との!?」

「行連、何事だ?若鷹丸の話は要領を得んのだが。」

「はぁ、若様が向こうの斜面に早咲きの椿を見つけられまして。お方様の為に取りに行くと申されましたので。殿のお許しが必要だと申し上げたのですが。」

「成程。しかし若鷹丸よ、一人で行かせるわけにはいかぬぞ。」

「ゆきつらといくよ?」

さも当然のように言ってのける。

「いや、某は勤め中です故…」

ここぞとばかりにキラキラ光線を二人に送る。

「…若鷹丸、我が儘を言うでない。」

なん…だと…必殺のキラキラが効かない…だと…ショックの余り涙が溢れてくる。

「み…みつといく…」

「光はあぁ見えて色々と忙しいぞ。」

「は…ははうえに…おはな…」

鼻がぐしぐしと音を立てる。

「…儂と参るか?」

はっ!!そうだ、そもそも父が来てくれれば全て解決である。何せこの城で一番ヒマそうにしているのは誰あろう父である。

「ちちうえといく!!」

涙と鼻水があっさり止まる。我が体ながら現金な造りをしている…


 父と城から集落へ続く道を歩く。本当は馬に乗せて欲しかったのだが用意している間に歩けば着くと言われれば全くその通りだったので父と歩く。父と外に出るのは初めてだ。父と手を繋いで麦の伸びる田んぼの間の道を歩く。

「あれはなに?」

「あれは大根だ。」

「あれは?」

「あっちは蕪だな。」

あれこれ聞きながら集落を通り過ぎ斜面を少し登ったところに咲く椿の木に辿り着く。


「ほれ、これでよいのか?」

無雑作に花を千切り取ろうとする父に思わず、

「だめ〜!!ちがう〜!!」

と叫んで止める。父が目を丸くしてこちらを見るが、そんな顔をしたいのは此方の方である。なぜここの男共は揃いも揃って花だけを千切ろうとするのか…活けたときに花が良く見えるように良さ気な枝を探す。

「これ、ここからきって!」

「こ、ここか?」

なぜか、若干怯えた様子で父が聞く。

「そう、あとこれ!」

もう一枝指差す。


「ほれ、これで良かったのか?」

椿の枝を二本差し出しながら父が聞く。

「うん、ちちうえありがとう!!」

満面の笑みで枝を受け取る。

「では帰るとするか。」

帰り道は両手に椿を持っているので手が繋げない。転ばないようにゆっくりと城に向かって歩を進めた。

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