8・一所
父に剣を指南して貰うようになって暫く経った。もちろん、指南と言っても素振りを見てもらうだけだし、向こうもそう難しいことは言ってこない。精々、姿勢を直されるくらいのものである。そうは言っても継続は力であって、徐々に木刀を振れる回数は増えてきた。
とはいえ、一番変わった点は父母の呼び方であろう。父から剣の指南を受け始めた翌日の朝。父は俺に向かって、
「剣を教えるということはお主は武士、儂のことは今日から父上、母のことは母上と呼ぶのだ。それから返事はうんではなくはいだ。よいな。」
と威厳たっぷりに言ってきた。…いいのか?後悔するぞ??そう思っていたのだが、
「どうした、わかったのか?」
…仕方ない、
「はい、ちちうえ!」
真面目な顔で返すと、父の表情が微妙なものに変わる。ほら、言わんこっちゃない。頭の中で「ちち〜♪」とエンジェルスマイルで駆けてくる俺と比較しているのだろう。
因みに、母の場合は更に明ら様にガッカリし、理由を聞いた途端に父の部屋に飛んで行った。その後どのような会話がなされたのかは余人の知るところではないが、しばらく父の茶碗に盛られる飯の量が減った模様である。
さて、今日も朝の稽古はやったし朝餉も頂いた。次の目的の為に活動を開始しよう。目的地は源爺の部屋だ。
「げんじい〜、だいつくって〜」
「おや、若様。今度は何ですかな?どんな台が欲しいのです?」
「たかくてみえないからのぼるの」
「ふむ、踏み台ですか。簡単なもので宜しいですかな?」
「うん」
「ちと、お待ちを。」
源爺はそう言って、奥から端材を持ってくると。
「こんな形でよろしいか?」
と大きな下駄のような形に端材を組んで見せた。
「そう、それ、さすがげんじい!」
「ハハハ、そうですか。ではすぐ作ってしまうので暫しお待ちあれ。」
そう言うとあっという間に釘で踏み台を完成させた。あ、釘使うのか…そりゃそうか。しまったな、釘って鉄製品だから案外安くないんだよな。まぁ、将来への投資だと思って勘弁してもらおう。
「ほれ、若様出来ましたぞ。」
俺は差し出された踏み台を受け取ると
「げんじい、ありがとう〜!」
といつもの様に走り出した。
踏み台を小脇に抱えた俺は城の門までやってきた。目的地は門の脇にある物見櫓だ。領内を眺めたいと昨日頑張って登ったのだが背が低くて外が見えなかったのだ。だが、今日は違う。踏み台を手に入れたからには景色を眺め放題である。勇んで、梯子を登ろうとして気が付いた…踏み台を抱えていては梯子を登れないじゃないか…
「げんじい〜!!」
「…若様、次は何ですかな?」
間髪入れずの襲撃に流石の源爺も呆れ顔だ。
「ひもつけて!!」
「紐?」
「せなかに」
背負うような動作を合わせる。
「背負子のようにすればいいので?」
「そうそう」
「げんじい、ありがとう〜!!」
踏み台を背負った俺は再度門へ向かう。
梯子を登る。お子様には中々骨の折れる仕事だ。5m程の高さのある櫓には階段なんてものは付いておらず、(そもそも室内室外合わせてこの世界に来て階段を見た覚えはないのだが)登るには梯子をよじ登るしかない。縄梯子でないだけマシだろう。というか腰に差した木刀がクッソ邪魔…なぜ、昨日登った時にもそう思ったのにまた腰に差して来てしまったのか…恰好良いからだ。仕方ない。
なんとか、梯子を登り切ると簡素な鎧に笠を被った壮年の男性が見張りをしている。
「おや若様、今日もいらっしゃったのですかな。」
昨日と同じ見張りだ。昨日外が見られずに肩を落として帰って行く俺を見ているせいか疑念が顔に浮かんでいる。
ふふん、背負っていた踏み台を手に持ちドヤ顔を決める。
「おや、台を持ってきたのですか。しかも背負えるようになっているとは。その台は如何なさったのです?」
「げんじいにつくってもらった!」
満面の笑みで答える。
「おや、若様は源三郎殿とお知り合いですか。」
「これも!」
腰の木刀を引き抜き見せびらかす。
「おやおや、これはこれは。良い物をお持ちですな。」
むふふん、そうでしょうそうでしょう。
「いつもここにいるの?」
「いえいえ、交代で勤めておりまする。」
「そっか」
壁の内側に踏み台を置いて登る。顔の全ては壁の上に出ないが外を眺めることが出来た。眼下を川が左から右へ流れている。この間外に出たときに渡った小さな川だ。幅は川原を含めても20mはないだろう。川は左手の北西の山の間(地理的に言うならば山地よりは丘陵といえそうな高さだが)から流れ出て山之井庄の西寄りを南北へ流れ出て、南西へと消えていく。
東西を尾根筋に挟まれた南北に伸びる谷間に位置する山之井庄は東西1km程度、南北は4〜5km程度と思われる。城は西の尾根の真ん中辺りから谷間に飛び出すようにしてある台地の上に建っており、城から少し南に下った所で東から別の川が合流している。
これが山之井庄、一所懸命我が家が守るべき一所なのだろう。戦国の世の一所懸命や武士の在り方には思うところが多々あるが目の前の暮らしを守る立場に、守れる男にならねばならぬのは間違いないのだろう。
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