7・はじめの一歩

 待ちに待った夕方になった。はっきり言って、朝から気もそぞろであった。余りに不審な様子に光には変な目で見られるし、なんなら一回漏らした。気もそぞろ過ぎて尿意に気付いた時には手遅れだったのだ。


 勇んで源爺の部屋へ行くと、

「若様、出来ておりますぞ。」

と、短い木刀を出してくれた。

「おぉー…」

興奮の余り思わず声が漏れる。そもそも、物の少ないこの時代、自分専用の物、それも新品が手に入るということは中々ないのだ。それは農民に限った話ではなく勢力の小さな国人の家でも大差はない。若鷹丸は逝ってしまったが、この辺りの感覚は残っているようだ。


 木刀を手に取り軽く振ってみる。

「お気に召しましたかな?」

ブンブン、木刀と一緒に首も勢い良く縦に振る。

「室内や周りに人の居る所では振ってはいけませんぞ。」

ブンブン、もう一度振る。

「聞いておりますかな?」

ブンブン…

「げんじい、ありがとう!!」

俺は最高の笑顔でお礼を言うと、木刀を握り締めて源爺の部屋から駆け出した。

「やれやれ…全然聞いておりませんな。」

後には苦笑を浮かべた源三郎だけが残された。


 源爺の部屋を後にした俺は、誰にも会わないように厳重に注意しながら部屋へ戻る。俺が名刀を手に入れたことはまだ誰にも内緒なのだ。特に光なんかに見つかった日には、あっという間に父にバレてしまう。明日の朝にババーンとお披露目をしてビックリさせるのだから。あ、源爺に口止めするの忘れたな…それから、木刀の柄に洞爺湖って彫って貰えば良かった。



 真っ暗である…楽しみ過ぎて早過ぎる目覚めになってしまった…取り敢えず手探りで納戸を開ける。うん、ちゃんとある。昨晩見つからないように隠しておいた木刀を引っ張り出して布団代わりの着物の中に戻る。寒いな…本格的な冬になる前になにか対策を考えたいところだ。そんなことを思いつつ木刀を抱き締めながら夜明けを待つ。


 チュンチュン

しまった、外がすっかり明るくなっている!!二度寝してしまった!!慌てて部屋から駆け出して広間の方へ向かう。廊下の奥から木刀を振る音が聞こえて来た。良かった間に合ったようだ。昨日のように廊下の端に腰掛け、父の鍛錬が終わるのを待つ。


 暫くして素振りを終えた父が汗を拭きながら振り返る。その父に向かって真新しい木刀を掲げて見せた。

「ちち、みて〜♪」

父が驚いた表情で問い掛けてくる。

「若鷹丸、その木刀は如何したのだ?」

「げんじいにもらった」

満面の笑みで答える。

「お主、源三郎を知っておるのか。いつの間に…あの源三郎が…」

唖然としたような顔をする父。フフフ、幼子のキラキラ光線攻撃は最強なのですよ。しかし、あの源三郎がってなんだ?気難し屋なのか??俺最強か???

ここは父が立ち直る前に畳み掛けるのが吉だろう。

「わかたかもブンブンする。ちちみたいにかっこうよくなる!!」

喰らえ、キラキラ光線攻撃!!


「そ、そうか、ちと早い気もするが仕方ない。儂が指南してやろう。」

父よ、渋々を装っていても顔がニヤケるのを隠せていませんよ。

「さすれば、こちらへ来てまずは構えてみよ。」

よし、これで武士道のはじめの一歩を踏み出せる…そう考え庭に下りようとして気が付いた…草履が無い…

父と目を見合わせる…

「…取って参れ…」


 さぁ、仕切り直しだ!!既に朝餉のいい匂いが漂っているが誘惑を断ち切り木刀を構える。左手の小指を柄の一番下に引っ掛けるようにして木刀を握る。脇を締めて正眼に構えた。

「ほう、なかなか様になっておるな。」

そうでしょう?高校では剣道選択でしたから!!だが、ここでもう一押ししておこう。

「ちちのまね♪」

途端に表情が崩れる父。チョロいぜ。

「そ、そうかそうか、では手本を見せるで真似るがよい。」

そう言って構えた父は

「真っ直ぐに振り上げて一歩踏み出しながら振り下ろすのだ。え゛いっ!!」

見事な一振りがピタっと臍の前で止まる。

「しっかりと止めることが肝要だぞ。ではやってみよ。」


 よし、最初の一振りだ、

「えいっ!」

ぽこん…臍の前で止めるつもりだった木刀は間抜けな音を立てて地面を叩く…

「…」

「…いきなり上手くできるものはそうはおらん。まずは十回振ってみよ。」

結局七回目で木刀がすっ飛んで行ったところで朝餉を頂くことになりました…まだはじめの一歩だから!!

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