6・父の背中

 若鷹丸が逝ってから暫くが過ぎた。俺はまずは体力をつけるべく昼間は屋敷の周りを駆け回りながら毎日遊んでいる。この時代、日が昇ったら起き、日が沈んだら寝る。それが当たり前の生活だ。転生当初は朝日が登ってから侍女の光に起こされていた俺も、段々起きる時間が早くなっている。


 そして、今日は見事に夜明けと供に起きることに成功した。いや、別に早起きしたかったわけじゃ全くないんだが…体力作りの効果が出て来たのやもしれない。部屋の引き戸を開けて廊下に出ると朝の引き締まった空気が残った眠気を吹き飛ばす。この時間の屋敷を見るのは初めてだ。皆どうしているのか。まだ見ぬ場面に少し気分が高まる。転生してからは毎日が探検のようだ。


 俺の部屋や母の部屋のある屋敷の奥から父の部屋や広間のある表に向かう。途中、湯を張ったタライを運ぶ母の侍女が驚いたように、

「おや、若様。今日はお早うございますね。」

と声を掛けてくる。

それに笑顔で答えて進むと廊下の先からブンっブンっという音と「ふっ、せいっ!」という掛け声が聞こえる。廊下の角から覗いてみると広間の前の庭で諸肌脱ぎで木刀を一心に振る父の姿があった。これだ!!


==山之井広泰==

 毎朝の日課である素振りを行っていると背中から視線を感じた。家中の者には見慣れた光景のはずだが如何した事か。訝しみながらも視線から邪なものは感じなかったこともあり、再度素振りに集中する。


 決めた回数をこなすと全身が暖まり汗が吹き出てくる。そこで先程の視線を思い出し振り返ると、そこには廊下に腰を下ろし両足をブラブラとさせながら期待に満ちたような目をした息子がいた。

「今朝は早いな若鷹丸よ。如何したのだ?」

汗を拭きながらそう声を掛けた息子の返事は思わぬものだった。

「ちち、かっこういい!!」

目をキラキラと輝かせた息子がそう言った。思わぬ答えに一瞬たじろぐ。そうか、あれは期待の眼差しではなく憧憬の眼差しであったか。


「そうか、格好良く見えたか。」

思わぬ答えであったが、息子にそう言われて喜ばぬ親はいるまい。

「うん!!」

息子が満面の笑みで答える。やはり儂の息子か。そう言えばこの間は馬にも興味を持っていた。つい先日までは手に負えぬ癇癪に家の存続すら危ぶんだものだが、儂の武勇に期待した三田寺の義父上からの縁談を受けたことで全てが良い方に転がっているように感じる。願わくばこのまま転がり続けてくれるとよいのだが。


「さぁ、朝餉にしよう。腹が減ったであろう。今朝は儂と一緒に食べるか。」

そんな事を思いながら息子を抱き上げ部屋へと戻った。

====


 思わず父と朝餉を伴にした。途中、俺がまだ一人では食事が出来ないことを失念していた父に餌付けをされたり、俺の姿が見えないことに慌てた光が大騒ぎして小さな騒動になったりはしたが楽しい朝だった。

 その後一息ついた俺は先程の光景を思い出す。御爺に期待されるだけあって刀を振る父の姿は素人目に見ても美しいものだった。やはり始めるなら早いにこしたことはあるまい…武士としての第一歩だ。


 そう考えた俺は屋敷の一角に向かう。以前屋敷を探検したときに見つけた場所があるのだ。そこは台所等、下働きの者達が働く区画の一角にある。カンカンと木を叩く音のする部屋を入り口からそっと覗く。一人の老人が木槌でアーチ上の木材を叩いている。そう、ここは大工?木工職人?立場はよく知らないが道具作りをしたり屋敷を修理したりする老人の仕事場なのだ。ところで今作っているのは鞍かな??などと眺めているとふと目線を上げた老人と目があった。


「そんな所で覗いているのは誰かな?」

しまった、見つかった…いや、声を掛けるタイミングを見計らっていたんだから見つかって良かったんだけども。ということで部屋に入る。

「これは若様でしたか。こんな所に何かご用ですかな?」

「それなに?」

しまった、興味が先行して違うことを聞いてしまった。

「これは鞍ですな。馬に乗るときに馬の背に載せるものですな。」

やはり鞍だった、木製だ。もう少しお尻に優しい鞍を開発しては頂けまいかと思う…そういえば大学の友人でロードバイクに乗っている奴が似たような理由でサドル探しの旅に出たっ切り帰ってこなかったな…等と脳内で盛大に迷子になっていたら、

「して、何かご用がありましたかな?」

再度聞かれてしまった。

「なんでもつくれる?」

「何でもは作れませんが、何か欲しい物がお有りですかな?」

「あさね、ちちがブンブンって」

老人に素振りの真似を交えて説明する。

「ふむ…素振りですかな?」

しっかりと伝わったようだ。

「ちち、かっこういい!!わかたかもブンブンほしい、つくれる!?」

木刀を作るくらいわけないだろうが念を入れておく、期待に満ちた目で必殺のキラキラ光線攻撃だ!!

「成程、ちとお待ち下され。」

そう言うと老人は部屋の奥に積まれた木材の山の中から数本の棒を持って来た。


「これを軽く振ってみて下され。軽く、そっとですぞ。」

やたらと軽くを念押ししてくる…すっぽ抜けて大惨事になることを警戒していやがるな。こっちだって事故って作って貰えなくなるのは困るからな、慎重にやるわい。渡された棒を振りかぶると見事によろけた…

「それは重すぎましたか。ではこれはどうですかな?」

そんなことをしながら何本か棒を振った後、

「これが良さそうですな。夕方までに作って置きますので後で取りに来て下され。」

「ありがとう、えっと…」

そこまで来て俺は老人の名前を知らないことに思い至った。

「儂は源三郎げんざぶろう、皆からは源爺などと呼ばれますな。」

「ありがとう、げんじい!!」

俺はそう言うと部屋から駆け出した。

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