5・母の温もり、そして別れ
御爺達が帰って行った跡、母に連れられて母の部屋に来た。
「さぁ、これにお花を活けましょうね。」
楽しげな表情で壺に白百合の花を活け、床の間に飾っている母を眺めていたが、秋の日差しが差し込み、小春日和のようなポカポカとした陽気のせいか眠気が襲ってくる。
そういえば、初めて城から外に出たし、馬にも乗った。疲れて当然だな…明日は尻が筋肉痛になるかもしれん。うつらうつらとしながら、そんな益体もないことを考えていると、
「若鷹丸殿、いらっしゃい。」
母が俺を呼ぶ。
眠い目を擦りながら母の元へ行くと、母はニコニコしながらポンポンと自分の膝を叩いた。
有り難く母の膝に頭を乗せて横になる。
包まれるような暖かさを感じる。若鷹丸の心も穏やかになって行くのを感じながら俺は意識を手放した。
==山之井涼==
膝の上に頭を乗せると若鷹丸殿はすぐに穏やかな寝息をたて始めた。
前の嫁ぎ先では子が出来ぬまま、夫を戦で失った私は実家の三田寺の家に返された。そしてようやく決まった次の嫁ぎ先には癇癪が激しく家中でも扱いに手を焼いている先妻の一人息子がいると聞いた。武士の娘の結婚は家の利によって決められる。それは理解しているが、そのような家で上手くやっていけるかと言われれば自信が無かった。
しかし、実際に会ってみると息子になる幼子は私を母と呼び心を開いてくれた。癇癪が激しい等とはとても思えなかったが山之井家中の者は、新しい夫を含めて皆がこの子の変わり様に驚きを隠せずにいる。
「母のいない寂しさ故に癇癪を起こしていたのかもしれない。」
多くの者がそう言っていた。そして、私が来たことでこの子が変わったと喜んでくれる。
この家でなら上手くやって行けるかもしれない。前の家では手に入らなかった幸せが私にも手に入るかもしれない。そんなことを、眠る息子の頭を撫でながら、壺に活けられた白百合の花を眺めて思う。
====
目が覚めると真っ暗になっていた。母の部屋で眠ってしまったはずだがいつも通り床に寝かされ、着物を上に掛けられている。上体を起こしたところで違和感に襲われる。
「…いない…」
すぐに体の中に一緒に入っていた若鷹丸の意識がないことに気が付く。
「…そうか、逝ったのか…」
きっと産まれてからずっと寂しさに襲われ続けた若鷹丸の心はもう限界だったのだろう。だからこそ俺の意識が入り込む余地があったし、若鷹丸も俺と一緒に新しい母を受け入れることにしたのかもしれない。そして、母の温もりに包まれて眠り満足したのだろう。
こうして、俺は本当の意味でこの世界に独り転生することになった。これまでは若鷹丸の意識も同じ体にあった為かどこか他人事のような感覚が拭いきれなかったがこれからは一人でこの世界を生き抜いて行かねばならない。
差し当たってはこれからの方針を大まかにでも決めておく必要があるだろう。転生モノでは幼子がいきなり革新的な改革を打ち出して内政無双をかましているのを良く見るが現実的には難しいだろう。気味悪がられるか、立場を弁えろと怒られるか、無視か。まぁ、そんなところだろう。最悪妖しの類と思われて斬られかねん…それに、言語能力が思考能力に全く追い付いていないのも問題だ。
そもそも、根本的な話内政チートをするような知識は持ち合わせていない…例えば火薬の原料は硝石と硫黄と炭。それは知ってる。でも硝石なんて見たこともないのである。硝石って何色なの??そんなレベルなのだ。
やはり当初の通り、愛想振り撒き甘えん坊作戦で大人を篭絡しながら少しずつ力を蓄える。地味な上に工夫も引っ手繰れもないがこれしかなさそうだ…幸いなことに新しい母と御爺は俺のことを可愛がってくれている。父も積極的に攻め落とそう。そうまとめる頃にはまたもや眠気が襲ってくるのであった…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます