4・白百合

 供の者が引いた馬が門を潜る。分厚い板で出来た飾り気の無い門だ。そこから俺は初めて城の外に出た。ひょっとすると若鷹丸自体初めての経験かもしれない。

 城は高台にあり、門を出ると下り坂になる。下りきった所には川が流れているが堀の役割を果たせるほど大きな川ではない。幅4〜5m程の浅い川で、歩いても渡れそうな深さしかない。粗末だが一応橋が架かっている。

 川を越えると水田が広がりその先数百m程でまた上り斜面になっている。関東で言うところの所謂、谷津とか谷戸というような地形だろう。その斜面の手前に集落が見える。当たり前だが商店の様なものは見当たらず、あばら家以上住宅以下と、いった塩梅の住居ばかりが建っている。これがこの時代の標準なのであろう。


 暫く、馬に揺られていると畦の斜面に白い百合の花が風に揺れている。若鷹丸が興奮しているのがわかる。

「じじ、とまってとまって!!」

「如何した、若鷹丸よ。」

御爺が馬を止めると、

「おろして!!」

御爺は不審そうな顔をするが俺を地面に降ろしてくれた。百合の花に走り寄る。

これを母に持って行きたいのであろうか、若鷹丸が一層興奮している。

「これとって!!」

御爺に頼むと御爺は供の者に目配せをする。供の者が手綱を離してやってくる。そして、花の付け根から百合の花をもぎろうとする。

「ちがうちがう、そこじゃない!!」

そう言って慌てて止めると、

「ここ、ここから」

茎の下の方を指さすと拘りが強いと思ったのか小刀で切ってくれた。


 再び馬に乗せて貰うと御爺が尋ねてくる。

「若鷹丸は花が好きなのか?」

「ははにあげるの!!」

「ハハハ、そうかそうか。では戻ろうかの。」

そう笑いながらお爺は俺の頭を撫でていた。目の前には山之井の城が見えている。そびえると表現するには高さも大きさも足りないと感じる。

 川からの比高は10m程か。その上の土塁を足しても15mには遥かに及ぶまい。斜面自体も緩くはないが登れない程急でもない。素人目に見ても守りの固い城には見えない。何より斜面も土塁も門も柵も建物も全てが茶色いのである。地味だ…


「義父上、とんだお手数を…」

門を潜ると、父が恐縮した様子で御爺に話し掛ける。

「なに、可愛い孫の言うことよ。」

そう言いながら俺を降ろしてくれる御爺。

「はは〜♪」

百合を握りしめて母に駆け寄る。

「お帰りなさい、若鷹丸殿。お花を摘んできたのですか?」

「はは、あげる!」

そう言って百合を母に差し出した。

「まぁ、私にくれるのですか。ありがとう。お部屋に飾らないといけませんね。」

母はそう言うと嬉しげに百合を受け取ってくれた。


「では、今度こそ儂らは帰るとしよう。」

「義父上、道中お気を付けて。」

「父上、お達者で。」

「じじ、またきてね」

「うむ、広泰殿娘を頼んだぞ。涼もしっかり勤めを果たすのじゃぞ。若鷹丸、また来るでの。」

そういうと御爺の一行は今度こそ帰路に就いた。

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