愛することはないけれど

山吹弓美

愛することはないけれど

「お前との結婚は、あくまでも家同士の利益のためだ。俺がお前を、愛することはないと思え」


 この言葉を、結婚式前の打ち合わせの場で仰ってくれてよかった、とわたくしは思います。

 もっとも、旦那様になるお方……婚約者様には恋人がおられるということは、事前調査で分かっておりましたけれどもね。

 ええ、恋人様のお家にはなくわたくしの家にあるもの、それを婚約者様のお家は欲しておられるのですから、この結婚が回避されることはございません。

 わたくしの実家も、婚約者様のお家がお持ちのものを欲しております。故に家同士の利益による婚姻、これはまったく間違っておりませんわね。


「はい、よく承知しております」


 ですので、わたくしは表情を整えたまま頷きました。

 わたくしの家は古くより続く名家であり、王家の血も入っております。継承権は……まあ、ないに等しい順位ですわね。わたくしの家の者が王位に就こうと企んだ場合、この国の貴族のほとんどを滅ぼさなければなくなります。

 婚約者様のお家は新興貴族でいらっしゃいますが、何しろ国内で片手の指に入る資産家でございます。もとは商人だそうで、先々代のご当主がお作りになった商会が規模を拡大した結果、国に貢献したとのことで爵位を与えられたとのことですわね。

 同時に領地も与えられたのですが、商会で扱っている品物の原産地の一つということですのでこれは幸いだったでしょうね。


「週に一度は、夜を共にすることになる。我が家の当主夫人としてこなすべき義務の一つと、そう心得ておけ」


「ご無理なさらなくてよろしいのですよ。お子を作りたいお相手は、別にいらっしゃるのでしょう?」


 わたくしの家は、婚約者様のお家からの資金や商売などの援助を。

 婚約者様のお家は、わたくしの家が持つ古い歴史と僅かな王家の血を。

 それぞれに望んだものを、二つの家はわたくしと婚約者様を結びつけることで手に入れることにしました。

 ああ、婚約者様の恋人様は幼なじみの平民女性だそうです。親御様共々商会で働いておられるとのことで、お付き合いはご両親の次に長いのではないでしょうか。これはわたくしの推測ですけれど。


「もっとも……貴方様は、いえ、貴方様のお家がわたくしの家の血統を望んでいるということもよく存じておりますので、子供を作ることにつきましては問題ございません」


 ひどくご不満なお顔をなさる婚約者様。ご不満なのでございましたら、ご自身がしっかりとご当主様を説得なさればよかったのに、と思いますわ。わたくし、別に愛妾を持つなとは申しておりませんもの。


「とはいえ。お家の後継者にはわたくしの子を、というのがお互いの家の希望でございます。ので、貴方様の愛するお方との子作りはわたくしが二人生んだ後、ということでお願い致しますわね」


 後継者とその補佐役、とでも申しましょうか。子はできれば二人、というのがこの国では暗黙の了解になっております。夫婦のどちらかのお身体加減や様々な要因で一人、ないし子ができない場合もございますので愛妾は認められておりますが。

 あら。婚約者様、先程よりももっと眉間にシワが増えましたわね。恋人を抱くな、と申し上げているわけではないのですよ。


「避妊術はございますでしょう? お楽しみなさるのであれば、恋人様にしっかりと施術なさってくださいませ。貴方様と、恋人様と、そのご家族のためでもあるのですから」


「む……わ、分かった」


 恋人様の存在は婚約者様のお家ではよく知られております。親子ともども従業員なのですし、当然ですわね。

 ですので、そちらのお子がなにかの間違いで次期当主とならぬように、ということで婚姻契約書にその旨しっかりと記述がございます。万が一、あちら様に先にお子ができた場合……いなかったことになる、とも。

 そのくらい記しておかないと、先にあちらとお子を作ってその者を次期当主とする、位のことはやって来かねないのだそうです。婚約者様はともかく、恋人様とそのご両親が。


「ご心配なく。最低でも一人、生み育てることができれば私は何も申しません。恋人様をお迎えなさるのもご自由に」


「そ、そうか。……すまんな、家と俺の都合で」


 まあ、貴方様も謝罪することができたのですね。驚きです。

 ああ、でも商人の系譜ですものね。商いに過ちが出た場合にはきちんと謝罪することが重要、とも伺ったことがございますし。


「いえ。恋人様とそのご家族が不穏な動きをなさいませんよう、しっかり見張っておいてくださいましね」


「分かっている。愛はなくとも、お前は俺の妻となる。その妻に、商会の従業員が愚かなことを仕出かすなど許されないことだ。商会自体の信用にも関わる」


「ご理解いただけて何よりです。それに、恋人様のお立場も悪くなりますものね」


「そういうことだな」


 お互いに、話の分かる相手と結ばれることができたのは僥倖、と頷き合いました。




 婚約者様から旦那様になった彼は、恋人様のご両親を商会の支店長に抜擢なさいました。……まあ、新規開拓とは名ばかりの辺境地への左遷ともいいますが。

 それでも、お二方は喜ばれたそうなのですが……まあ、支店長ですから出世といえば出世ですからね。ただ、割と直後に、お縄になりました。

 理由でございますか。自分の娘を差し置いて、身分だけで旦那様の妻に入り込んできた女に身の程を知らしめようとなさったからですわね。

 具体的に言いますと、旦那様と共に支店の視察に入ったわたくしを倉庫に閉じ込めて知らん顔をしていたわけでございますが。普段であれば十日に一度ほどしか開かれない、そういうあまり使われない倉庫でございます。

 そのわたくしを助けてくださったのは、意外と言いますか旦那様の恋人様でございました。さすがに、自分の立場が悪くなるような行いをご両親がなさったので、大慌てで飛んでこられたそうで。


「ごめんなさい! うちの両親、長いこと商会にいるんで自分たちが事実上のトップとかふざけた思い込みしてるんです!」


 いえあの、さすがに地面に膝をついて謝られるとこちらも許さざるを得ないといいますか。……といいますか旦那様、良い方を恋人としてお持ちですのね。何しろ恋人様、ご両親の後頭部をがしっと鷲掴みにして地面にぶつけるように頭を下げさせてますし。


「いえ。貴方が悪くない、ということは理解しておりますから」


「確かに君の両親には、父の代から世話になっているが。だからといって、か弱い女性を人通りの少ない倉庫に監禁などという罪を犯した者を、許しておくわけにはいかんな」


 わたくしは恋人様を許し、旦那様はそのご両親を許しませんでした。まあ、当然のことですわね。

 恋人様はひとまず、別の小さなお家の養女としてその身柄を保護。ご両親……もとご両親は犯罪者ですので、官憲の手に委ねました。何処かの牢にお入りになるか、強制労働に就かれるかでしょうね。


 わたくしが旦那様の子を二人生んだ後、恋人様は旦那様の愛妾としてこちらの家に入りました。何だかんだでわたくしも仲良くなりまして、ひとつの家族としてうまくやっております。

 世の中、こういうこともあるのですね。ええ。

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愛することはないけれど 山吹弓美 @mayferia

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