第16話 ウルディム・フーンの店

 果たして、アルカーナの幻術は、この宝石小路でもきちんと働き続けるのだろうか。


 そんなことを考えているうちに、宝石小路が近づいてきた。


 通りの端に、ゾンキアで一般的な黒い玄武岩質の建材ではなく、二本の白い大理石の柱が立てられている。その上にはアーチがかかっており、虹色の上位ゾンキア語で「宝石小路」へようこそと書かれていた。


 よくよくみれば、なんとその文字そのものが、小さな宝石で出来ている。


「おい……本当に、大丈夫なんだろうな?」


 不安になった俺にむかって、ゾンキア美女に化けたアルカーナが言った。


「なにも案ずることはない。すべて私にまかせておけ」


 とは言うものの、正直にいって俺はとても安心できる気分ではなかった。そもそも盗賊がこの通りに足を踏み入れるだけでいろいろと面倒に巻き込まれる可能性があるというのに、アルカーナは幻術まで使っているのだ。


 アルカーナが優美な仕草で、通りに足を踏み入れた。


 一瞬、幻術が消え失せ、もとの白い肌をしたガキの姿に戻るのではないかとぞっとしたが、通りの入り口のアーチをくぐってもアルカーナはゾンキア美女姿のままだった。つまり、幻術払いの結界よりもアルカーナの幻術のほうが、遙かに強力ということだろう。


 俺は安堵の吐息をつきながら、アルカーナのあとに続いた。


 通りには白い化粧石が張られている。さらには外の暑さが嘘のような涼気に満ちていた。


 金持ちどもが使うような冷却系の呪文がおそらく通り全体にかけられているのだろう。だが、外の暑さに慣れた俺には、正直にいっていささか肌寒く感じられた。北の炎熱の地メーベナンで育った父祖の血をひいているせいか、俺はウル・ゾンキムの昼の熱気よりも夜の寒気のほうがこたえるたちだ。


 アルカーナはといえば、特に気温の変化に気もとめた様子もなく、悠然と周囲に並ぶ店を見物していた。


 大理石や彫刻を多用した、皇帝の住むアンシャルフ宮も顔負けといった感じの豪華な外装の店が並んでいる。店のなかには、光術系の魔術がかけられているらしく、大量の光が漏れていた。


「さて……では、とりあえず、店の入ってみるとするか」


 そう言うと、「ウルディム・フーンの真紅の夢」という店名の店に、アルカーナは入っていった。


 俺も緊張しながら、そのあとに続く。


 店内は思ったよりも奥行きがあった。かなり広々とした店である。部屋の中央あたりから、おそらくは魔術によるであろうまばゆい光が発されていた。


 その光をうけて、店内の陳列台の黒いびろうどの上で、赤い色の宝石が幾つも無数に輝いている。


 大粒の紅玉に火炎石、さらには石榴石に血玉随といった宝石が、赤い光を照り返して真紅の星のように輝いていた。どうやらここは赤い色の宝石を専門に扱っているらしいが、それにしてもものすごい量の宝石だ。


 なんだかこれだけとんでもない数の宝石が並んでいると、それが大したことのない石ころのように思えてくる。赤い宝石でちりばめられた店内は、まさに壮観の一語に尽きた。


 店のなかには良い香りのする香の匂いがかすかに漂っている。まさか魔術を帯びた香の類ではあるまいが、そのわずかな香の煙を透過した宝石の赤い光をみていると、それこそ幻の世界にでも足を踏み入れていってしまいそうだ。


 三つの月のなかでも銀の月でも青の月でもなく、赤の月が幻影を司るとされている理由がなんとなくわかる気がした。赤という色には、不思議な力がある。


「いらっしゃいませ」


 店の奥の椅子に腰掛けていた小柄な老人が、ゆったりとこちらに歩み寄ってきた。


 顔中がしわだらけで、白くなった髪を後ろでまとめた目の細い老人である。真っ赤なローブをまとっているその姿は、宝石店の店主というよりもどこかの魔術師のようだ。


「おお……これはお美しい」


 老人はにっこりとしながら目を細めた。むろん、いまの言葉はお付きの俺ではなくアルカーナに向けられたものだ。


 どうやら老人にもアルカーナの幻術がちゃんと効いているらしいと知って、俺は安心した。


「私は店主のウルディム・フーンと申します。当店では、お嬢様にお似合いの宝石を幾つもとりそろえております。きっと気に入って頂けるものが当店で見つかると自負しております、はい」


「そう」


 いかにもとりすました様子でアルカーナが言った。


「とりあえず捜し物があるのだけど……見つかるかしら」


「はは、当店は特に赤い石を専門にそろえておりまして……その品揃えの充実ぶりは、おわかりいただけるかと」


 ウルディム・フーンという店主にむかってアルカーナが尋ねた。


「それならば『黄金の髑髏』とかいう名の宝石はないかしら? あるいは、黄金や髑髏といったものを連想させるような……」


「ほほう」


 すっと老人がただでさえ細い目をさらに細めた。


「『黄金の髑髏』をお求めになられるとは、これはお目が高い。黄金の髑髏といえば、我々、宝石商の間では知らぬもののない逸品でございます」


 黄金の髑髏。


 キラル・カラルで黄金の髑髏に関する情報が本当に見つかったとは。これで、メレンマーガの魔石が隠された『幻想宮』への入り口が見つかるかもしれない。


 そんなことを考えていた俺にむかって、ウルディム・フーンはにやりと笑うと言った。


「ところでこちらのメーベナン人の御仁は……あなたさまの新しい助手か、なにかですかな? アルカーナ様」

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