第17話 露見
アルカーナ様。
その言葉を聞いた瞬間、俺は文字通り、凍りついた。
それはつまり、このウルディム・フーンという店主がアルカーナの幻術を看破し、こちらの正体を悟ったということに他ならないではないか。
反射的に曲刀の柄に手をかけたが、俺は自分が愚かなことをしかけていることに気づいて、あわてて柄から手を離した。ここで刃傷沙汰をおこせば大変なことになる。俺は自分の属している「血の炎」をはじめとして、ウル・ゾンキムの五大盗賊結社を敵にまわすことになるだろう。
店内は涼気に満ちているというのに、冷や汗が顔を伝っていくのがわかる。俺はほとんど祈るような気分で、アルカーナを見た。
アルカーナは、愉快げな笑みを浮かべていた。
馬鹿野郎、と怒鳴りつけたい気持ちをなんとかこらえる。このクソガキには自分が置かれている立場がわかっていないのだろうか? 幻術師といえば魔術師なのだからそれなりに頭がまわるものとばかり思っていたが、それは俺の勘違いだったということか。一体ここから、アルカーナは事態をどう収拾するつもりなのだ?
俺の心配をよそに、アルカーナはあくまで悠然とした態度で言った。
「今回は我ながら、よく出来た幻術だと思ったんだが、どこがまずかった?」
それを聞いて、ウルディム・フーンがくすくすと笑った。
「ここはかりにも宝石商の店で、私は宝石の鑑定の専門家ですよ? なるほど、アルカーナ様の身につけておられる宝石の幻術も、よく出来てはおります。まあ、宝石の扱いになれたこの通りの住人も、十人中、九人は本物と騙されるでしょうな。しかしこの私を、ウルディム・フーンの目を侮ってもらっては困ります。たとえば緑玉の光の入り方、きらめきかたは本物とごくわずかではありますが、ずれがあります。それに緑柱石もいささか、その……」
アルカーナが舌打ちした。
「あんたは赤い系統の宝石ばかり扱っているから、緑や青の宝石なら平気だろうとみくびった私が甘かったというわけか」
「左様ですな」
ウルディム・フーンはあくまでにこやかに笑っていた。
なにかが妙だ。
てっきり幻術が法度のはずの宝石小路で幻術を使ったということで、帝国の官憲である圧政と奴隷制の神ガザの僧侶たちにでも連絡がいくものとばかり思っていた。だが、ウルディム・フーンもアルカーナも、これがなにかの遊戯であるかのように愉しんでいる。
いや、そもそもなぜウルディム・フーンはまるでアルカーナと親しい知人のように話しているのだ。なにかがおかしくはないか?
「おい」
俺はアルカーナにむかって言った。
「どうなっているんだ? やばいだろ? こっちの正体がとっくにばれてるってのに……こんな呑気なことをやっている場合じゃ」
「なにを言っているんだ?」
アルカーナがゾンキア美女の顔で、妖しい笑みを浮かべていた。理屈ではそれが幻術によって生み出されたものにすぎないとわかっていても、すこしどきりとさせられる。
「私はもともとこの店の常連だ。まあ、ここで幻術が法度なのは事実だがな」
それを聞いて、俺は自分の耳を疑った。
どういうことだ? なぜアルカーナがこの店の常連だというのだ?
「そちらの御仁は、まだ事情がおわかりでないようで」
ウルディム・フーンがにやりと笑った。
「そもそもこのシャラーンの地で使われる魔術には、宝石が深く関わっていることはご存じですかな」
そういえば、そんな話を聞いたことがあるような気がした。
魔術師たちが高価な魔呪物を造るのには粉末にした宝石の粉を使う、といった類の噂話だ。盗賊仲間連中と、魔術師はなんてもったいないことをするんだと話をしたような記憶もある。
「だいたい、十二の魔術星ごとによく触媒などに使われる宝石というのは決まっておりましてな」
ウルディム・フーンが言った。
「特に幻月星メレンマーシャーを守護星に頂く幻術使いは、真っ赤な石榴石を触媒などに使うことが多いのです。さらにいえば、他にも赤い色の宝石は幻術に関して強い力を帯びているとされていましてな。まあ、そういうわけで実のところ、アルカーナ様は昔からうちの店のごひいき、ということで」
それを聞いて、俺は盛大に舌打ちした。
「くそっ! 緊張して損したじゃねえか! だったら最初から……」
「はははははは」
アルカーナが高笑いをした。
「緊張感が味わえて、愉しかったろう?」
なんて奴だ、と俺は思った。
幻術師なんてのはみんなこんな具合に性格がねじ曲がっているのだろうか? それともこれは、アルカーナというこの生意気なクソガキ特有の性格なのか。
「まったく……この通りに足繁く通っているのに、ここが『キラル・カラル』って異名を持っていることも知らないなんてな」
俺の言葉に、アルカーナが肩をすくめた。
「私だって無限の知識をもっているわけではない。そんな『特殊な業界』での隠語など知らなかった」
「ほほう」
ウルディム・フーンがしわだらけの顔ににいっという笑みを浮かべた。
「ここがキラル・カラルと呼ばれることを知っているとは……そこの御仁は……」
俺はあわてて口を押さえたが、時すでに遅しというものだった。
「やれやれ」
アルカーナがまた肩をすくめた。
「正直に言わせてもらえば……お前もいささか、口が軽いというか、間が抜けていることはありはしないか?」
「うるさい」
俺は頬が火照るのを感じながら舌打ちした。キラル・カラルなんて盗賊仲間の隠語を使ったということは、俺が自分で盗賊結社からみの人間だと暴露してしまったようなものだ。悔しいがアルカーナの言う通りだった。まったく、我ながらとんだドジとしかいいようがない。
「で……まあ、世間話はそのくらいにしておいて、本題だ」
アルカーナが、ウル・キームを見据えて言った。
「ウルディム・フーン。黄金の髑髏というのは、ここではそんな有名なものなのか」
それを聞いて、宝石店の老店主は小さくうなずいた。
「ええ、それはもう、さきほども申し上げた通り、ゾンキア帝国の宝石商の間では『黄金の髑髏』とは有名な品ですよ。しかしまあ……こう言ってはなんですが、まさかアルカーナ様の口からそんな言葉が出るとは、いささか驚きですが」
「……どういうことだ?」
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