第2話  邂逅

「小僧って……誰が、小僧だ」


 俺は少女を睨みつけた。


「俺はもう十六だ。それにくらべて、お前なんてまだせいぜい十二、三というところじゃないのか?」


 途端に、赤い薄紗で体をぐるぐる巻きにした少女が、こちらをじろりと睨んできた。


「この馬鹿者! 私はこれでも、もう十五だぞ!」


 正直、とてもじゃないが信じられなかった。ウル・ゾンキムではちょっと下町にいけば栄養不良でやせこけたガキなんてごろごろいるが、こいつもその一人ということだろうか?


「十五でそんな、胸がぺったんこなわけがないだろう!」


 俺の科白を聞いた刹那、少女の不可思議な、光の加減によって緑にも灰色にも見える瞳の奥で怒りの炎が灯ったように見えた。

 そしてようやく俺は、彼女がこのウル・ゾンキムではきわめて珍しい、金色の髪をしていることに気づいた。男の子みたいに短くまとめてはいるが、とりあえず彼女がセルナーダ系の血をひいていることだけはもう間違いがない。金色なんてふざけた髪の色をしているのは、南に住む蛮族くらいのものだ。


「貴様!」


 少女が、低い声でふふふふと笑うと言った。


「貴様は、私に喧嘩を売っているのか? だれの胸が……その、平坦に近いだって?」


「俺は本当のことを言っているだけだがな」


 俺は腕組みした。


「だいたいここはガキがくるような店じゃあないだろ? おまけに注文が山羊の乳って……へっ、まったく冗談にもなりやしねえ」


 そのとき、カウンターの奥にいた店主らしい男が言った。


「別に私は年齢で客を選んだりはしない。少なくとも、アルカーナはうちのいい常連さんだがね」


 アルカーナ。


 確かに店主はそう言った。


 俺の捜している相手かどうかは知らないが、彼女が、つまりはこの胸のぺったんこなガキがアルカーナという名前なのは確かなようだ。


「はっ……アルカーナっていやあ『現想師』の二つ名を持つものすごい幻術師だっていうじゃないか? まさか、それがこんなガキだっていうのか?」


「ガキ、ガキとうるさいっ」


 アルカーナはいきりたったように叫んだ。


「別に無理に信じろとはいわないが、私がその、アルカーナだ! 文句あるか!」


 俺は思わず舌打ちしたくなった。

 現想師アルカーナ。てっきり俺は、神秘的な美貌を持つ妖艶な美女を想像していたのだ。それがこんな妙な色の髪と目の色をした、胸もぺたんこなガキだったなんて!


 いや、と俺は思った。

 俺に『結社』から与えられた任務は、とにかくアルカーナに接近し、彼女と個人的に親しくなることなのだ。相手が生意気なガキだからといって、ここで怒るのはまずい。

 俺は驚いたように、少々我ながらわどさらしいがこう言った。


「アルカーナって……あんたが、あのアルカーナなのか! 伝説の『現想師』ウル・キームの愛弟子で、ウル・ゾンキム一の幻術師って呼ばれている……」


 すると、アルカーナがまんざらでもない、といった顔をした。ガキだけに単純な奴だ。


「そうだ。私がそのアルカーナだ。少しは私の偉大さを思い知ったか、小僧」


 アルカーナはそういうと、腰に手をあててふんぞりかえった。

 こうして見ると、かなり小柄だ。身長は五イフトル(約百五十センチ)もないだろう。改めてこんなガキが本物のアルカーナかと、少し疑念がわいてきた。


「でも、アルカーナといえば大幻術師……ひょっとすると、あんたが騙りって可能性だって……」


「馬鹿をいうな」


 むっとしたようにアルカーナが言った。


「たしか幻術とは相手を騙すのが本質のようなものだが……なぜ私が、騙りなどせねばならない!」


 言われてみれば、確かにその通りだった。

 いくら大幻術師アルカーナの名を騙ったところで、このガキが得をするとは思えない。


「お前さんは疑っているようだが」


 店の奥にいた店主らしい男が、にやにや笑いながら言った。


「そこにいるのは確かに、幻術師のアルカーナだよ……」


 やはり彼女が、俺が捜していたアルカーナだというのは確かなようだった。正直、蠱惑的な美女でなくて幻滅しなかったといえば嘘になるが、まあこうなれば現実を受け入れるしかない。

 なにしろ俺は「結社」から、彼女と友好関係を築くように命じられているのだ。

 幸い、アルカーナの隣の止まり木が空いていたので俺は腰を下ろした。


「ああ……さっきは失礼をしたようで悪かった」


 俺は言った。


「あんたがそんなすごい幻術師だなんて知らなかったんだ……ひょっとしたら、その格好も、幻術で……?」


「いや」


 アルカーナも席に座り直すと、かぶりをふった。


「これは私の、本物の姿だ」


 あるいは幻術でわざと子供のような姿に偽装しているのかとも思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。

 まあいい。相手が美女でなくても、仕事は仕事だ。俺はそう割り切ることにした。


「本当にさっきは悪かったな。せっかくだから、山羊の乳でも一杯、おごらせてもらおうか」


「ほほう」


 アルカーナが微笑した。


「さては貴様、私の魅力に気づいたのか?」


 変態貴族連中やヌラノーク信者じゃあるまいし、誰がお前みたいな小便臭いガキなど相手にするか、という言葉を俺はあわてて飲み込んだ。


「いや、まあそうだな、なんていうか……」


 このガキ、案外、根は単純そうだ。言葉でうまく丸め込むことができるかもしれない。俺がそんなことを考えたそのときだった。


 背後から、やかましい物音が聞こえてきたのは。


 あわてて振り返ると、何人もの黒衣に身を包んだ人影が、この狭いキシュススの悦楽亭のなかにやってくるところだった。

 みな魔術師か僧侶のように、深いフードをおろしているので顔は見えない。だが、全員が一種、異様な殺気めいたものを放っていた。

 このウル・ゾンキムでは危険に敏感でない奴は生き残ることすら出来ない。さきほどまで騒いでいた店の客たちも、黒衣の一団を見て静まりかえった。

 黒衣の一団の一人が、低い声で尋ねてきたのはそのときだった。


「ここに『アルカーナ』はいるか?」

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