毛玉、盗撮される
「シャルロットさま、お帰りなさいませ」
「ただいま、ジャスパー」
学校から帰宅すると、執事のジャスパーがいつもと変わらない真面目な顔をしてわたしを出迎えた。
時代錯誤も甚だしい。
大体、執事って何?
身分制度なんてとっくの昔に無くなった今でも本物のお嬢様はいる。でも、わたしはそんなんじゃない。父はステーキチェーン店で一山当てた成金で、質と安さへの拘りと商売のセンスは尊敬してるけど、どこまで行ったって根っこが庶民なのだ。
本物の上流が作るのは、全く違う世界なのだと自分でも知っている。お陰で、父と同じく根っこが庶民なわたしは、本物のお嬢様も通う高校に入学させられてカルチャーギャップを感じまくりだ。
このジャスパーにしたってそう。ちゃんと専門の教育を受けたり修行した執事ではない。父が見目の良い男を見つけてきて、それっぽい真似をさせているだけなのだ。
それでも、わたしが子供の頃からいるのだから何だかんだで世話にはなっている。最近、両親はあまり、この家には戻らないし。
疲れた。自室に行くのも面倒くさい。だだっ広いリビングで、ソファーにカバンをぶん投げて、わたしは追いかけるように自分自身も投げ出した。
「はー。冷房、最高。お茶ありがと。ジャスパーも暑苦しいのやめてさ。そこ座って。友達モードよろ」
「はぁ……。仕方がありませんね」
上着を脱いで向かいに座ったジャスパーは、何も知らない人が見れば年上の彼氏に見えなくもない。実際は親子くらいの歳の差があるのだけど。
先民、それもダナティはエルフと同じくらい長命な種族だ。見目に優れた者も多く、ヒュムから見れば雰囲気もエルフに似ている。が、それをエルフやダナティに言うのは厳禁だ。大体、ろくでもないことになる。
もっとも、長年ジャスパーを見ているわたしは、森臭いエルフと神々しいダナティの違いをよぉーーくわかっている。
「今日はなんかあった?」
まぁ、大体何もないんだけど。こういうのは会話の定番だ。
「ええ、ありました」
落ち着いた声で肯定が返ってきて、ソファーに寝転がりかけていたわたしは腰のストレッチみたいなポーズでジャスパーを見た。
ジャスパーは懐から手帳を取り出すと、薄紫の瞳を細めて頁をめくった。
「モッフィの製造番号でゴーレム登録があったと、市役所のゴーレム管理課から確認の連絡がありました」
「え、どゆこと?」
「ひとまず、現在のオーナーには何も伝えないように言ってあります。シャルロットは面倒事が嫌いですし、私たちにはもうオーナー権はありませんしね」
「さっすが。ジャスパーわかってる。じゃないよっ、ちゃんと指定の業者に頼んだんじゃないの?」
ゴーレムの終末処理は国指定の業者が行なっている。ゴーレムに安らかな死を与えたい。そういう願いで機能を停止させられるゴーレムが、どこかに売られたりされてはたまったものではないからだ。
モッフィには不安を抱えず夢心地に眠って欲しかった。だから、お別れの前に魔石をお腹いっぱい食べさせて、パスもきってある。生体タイプでもできる分には記憶も薄めた。
でもそれは、もしそのまま売られると赤の他人がオーナーになれてしまうということだ。
「ええ。業者に確認したところ、今日の今日まで気づいてはおらず、埋葬もされていなかったそうです。恐らく、輸送中に意識が戻り自力で逃げ出したのではとの事でした。責任は後ほど追求するとして……」
「自力で? 売られたわけではないんでしょ?」
ジャスパーは手帳をさらにめくり、挟んでいた写真を数枚取り出してテーブルに置いた。最近出回り始めた撮ったその場で絵が出るやつだ。っていうか盗撮?!
「ゴーレム管理課から連絡があってすぐ、社の者が近くにいたので、茶色いもふもふのゴーレムを探して追わせ写真を撮らせました」
「盗撮じゃん!」
「役所は個人情報の管理上、オーナーの名前を教えてくれませんしね。ですが、この写真からだけでも、かなりわかることがあります」
社の者って何。確かにあの街の市役所のすぐ近くにうちの店はあるけど。突っ込みたいのを我慢して、一枚目の写真を手に取る。
六歳……いや、平日だから学校にはまだ通ってないかな。程よく日焼けした女の子。屋台の前でエビの串焼きにかぶりついている。なんとなく柄が手作りっぽいワンピース。ちょっとへたってきてるサンダルを履いていて、橙色のおさげが鮮やかだ。
自分が言うのもアレだけど、いかにも庶民、それも余裕のある中流ではなく若干下の方の。
モッフィは女の子に寄り添うように写っていた。この写真では見切れているけど、毛艶はとてもいい。良かった。
一番の心配が無くなり、すうっと胸が軽くなる。
「モッフィが売られたとして、それを買えるような家庭の子には見えないかな。それに、モッフィが元気そう!」
「写真を撮らせて正解でしたね」
全てわかっていますという笑顔でジャスパーが言った。
確かに、こんな事態になってモッフィが何をされているかわからなかったらと思うと辛すぎる。だからこそ、モッフィは永遠に眠らせる事にしたのだから。
大人に近づくたび、モッフィと共にいる時間は減る。家で老いた犬のようにわたしを待つモッフィを想像するのは苦しかった。
ここが賑やかな家庭だったら、猫みたいに家で気ままに遊んでいるとでも思って、こんな不安は抱かなかったのかもしれない。
来年、わたしはメルジアに留学する。メルジアは宇宙開発にも手を出しているような科学大国だ。コンピュータサイエンスを学べば、今は人力でやっているうちのチェーン店の商品管理や売上の分析を自動化できるのではと考えている。
歴史の授業でメルジアのことを詳しく知るまで、人間にはなんかしらの力があるものだとばかり思っていた。「魔力ないっすよー」という人でも1か2はあるものだ。
ジャスパーみたいな先民達には魔力はないけど力の形が違うだけ。ジャスパーはダナティだから神力があるし、エイビィなら巫力がある。
けれど、メルジア人の多くはヒュムで、加えて全く魔力の無い人が少なくない。
これには複雑な事情がある。メルジアは近代から移民によって建国された国だ。当時は今のように電化製品やインフラが普及していなかったから、力の弱い者は社会的弱者になりやすく、餌を吊るして開拓兵にするのに都合が良かったのだ。
そんなメルジアにおいては魔道具の認可は慎重すぎるくらいで、生体タイプのゴーレムは今まさにホットに紛糾している分野だ。仮に隠して連れて行ったとしても、大量の魔石の購入をどう誤魔化すかという問題が立ちはだかる。
もちろん、引き取り手を探しもした。モッフィはかなり珍しいゴーレムらしく、金目当ての人間が集まってきて疑心暗鬼にならざるを得なかった。中には本当にモッフィを幸せにできる人もいたんだろうけど。
わかってる。一番の理由は、自分にはもうモッフィを幸せにできそうもない、その事実を認めるのが辛かったから。
身勝手だ。でも、身勝手な誰かが眠らせなければゴーレムは生き続ける。魔石や魔力の供給が途切れれば飢えながら待ち続ける。
考えて考えて、考えて。
わたしは、十分に長く生きたモッフィを安らかに眠らせることにしたのだ。
けれど、そうはならなかった。
写真の中のモッフィは生きていて、うちに初めて来た頃のように毛艶も良くふわふわしていて、幸せそうに見える。この子の家なら魔石は無理だろうから、きっと魔力の強い家族がいるのだろう。
いっぱいの期待と僅かな不安と共に、わたしは二枚目の写真を手に取った。
「ん……、兄にしちゃ年齢が離れすぎだし父親?」
「ええ、おそらく」
「この耳と目はヒュムではないし、なにより骨格のバランスが先民ぽいよね」
「おや。シャルロットもわかりますか」
ジャスパーはどことなく嬉しそうだ。ふふん。わたしが何年ジャスパーを見ていると思っているのだ。
先民は手足の骨ががっしりな感じ。女は貧……胸は小さめだけどメリハリのある腰と太ももをしている。男女とも腰の位置が気持ち高い。要するに足、特に膝から下が長い。わたしに言わせれば歩き方も何となく違う。
彼らは真民のような身体強化は使えないけれど、生まれついてのスプリンターだ。先民の女性にはヒュムみたいな体型に憧れる人もいるから、隣の芝ってやつ。
っていうか大丈夫なのかなコレ。気持ち、写真を撮られていることに気づいてるようにも見える。元々キツめの顔なのかもだけど。
「このガレージロックのバンドでベーシストでもやってそうな顔はダナティではないし、エイビィにしちゃ色が地味だし、マイナー種族かなぁ」
「その例えはよくわかりませんが、彼はエイビィでしょうね」
「エイビィってもっと派手な色してない? ピンクとか黄緑とか」
ジャスパーが三枚目の写真をこちらに向けた。人差し指で問題の男の後頭部をつつく。斜め後ろから撮影されているため顔は写っていない。
「髪に構造色が出ています。角度によって黒髪が青みを帯びているでしょう? これはエイビィに独特なものです。この朱色の目も南方のエイビィの特徴ですね。身につけているアクセサリーも巫力用のリミッターに見えます」
「リミッター? そこまでわかるもんなの」
「神力の場合はリミッターではないのですが――同じデザインを使い回すメーカーが多いので、カタログで見た記憶があります」
なるほど。
他の写真も見てみる。母親はこの場にいなかったようで、被写体は父親(仮)と女の子とモッフィだけだ。
女の子とモッフィが手を繋いでいる後ろ姿の写真が最高にかわいい。繋いでない方の手には、二つに割るアイスキャンディをそれぞれ握っている。盗撮は良くないけど、この写真は神!
全て見終えて視線を上げると、ジャスパーは父親(仮)の正面が写っている一枚を手に難しい顔をしていた。
何か気になることでも……あっ。
「父親が先民なら母親が魔力供給してるのかな……」
「市役所に行った理由を考えると、まずこの子かと。登録にはオーナー本人が窓口に行く必要があります。加えてオーナーが十二歳未満の場合は保護者の同行も必要です」
「こんな小さな子が?」
「真民と先民の婚姻は文化的にはともかく法律上は可能ですし、間に生まれた子は魔力が強くなる傾向があります。この子の見た目からして、母親はヒュムでしょうね」
――文化的にはともかく。
その言葉が、とてつもなく重く感じる。
写真の中の親子はあまり似ていない。でも、この二人には親子であって欲しい。そうでなければ――
「わたしとジャ――」
「シャルロット。これは相当なレアケースです。異なる種族の婚姻には困難が付き纏います。避けられてきたのは先人の知恵です」
言うより先に、ジャスパーの冷たい声が割って入った。
「真民と先民の場合は特に。子供が出来にくく、死産のリスクもあります。その中でもヒュムとダナティは最も寿命差のある組み合わせです。私は、エリオットさまからあなたを幸せにするよう、仰せつかっているのですから」
「なら、どうして!」
腰を浮かせテーブルに手をついて声を荒げる。身を乗り出したわたしの目の前で、艶やかな絹鼠の髪が揺れた。
答えはない。
手のひらの下、モッフィの写真が散らばっている。
わたしはゆっくりと深呼吸して、ついた腕をバネにシャキッと立ち上がった。真っ直ぐ前を向いて腰に手を当て、できる限りの明るい声を作る。
「なーんてね。最近言ってなかったから、意思表示しておきました。はい、ジャスパー、顔あげて!」
「……シャルロット」
「できることからやっていこー。わたしはモッフィが寂しい思いをしてないか、もう少しだけ確かめたい。なのでバレないように盗撮してきて」
ジャスパーは顔を上げて、困ったように眉を寄せながら弱々しく笑った。あー、このたまに見せる弱った感じが堪らないんだ。
そう思ったのも束の間、一つ咳払いをするともういつもの真面目な顔に戻った。早っ。
「バレるのは盗撮なのでしょうか。正直に名乗り出て、お話を伺うのも――」
「ダメダメ。それは絶対に駄目。この子にとってモッフィは、奇跡の巡り合いで繋がった特別な存在なんだよ。余計な過去があってはならないの。本当は近くで見たいしドーンとお礼とかしたいけど、それは野暮ってもんでしょ」
最高の写真を手に、思い浮かべる。
この場所で、この子達を見守っている自分を。
「そっと、見守るだけでいい。この子が大きくなったら連絡は取りたいかもね。身元だけは調べておいて」
「かしこまりました」
最後だけちょっぴり執事っぽく振る舞ったジャスパーに、わたしは拳を握ってぐっと腕を振り上げた。
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