毛玉、アニメを見る
毛玉はテレビの横に回って裏側を覗き、戻って正面を見てを繰り返している。
「けだまちゃん、テレビの中に人はいないんだよ」
「もっ? ももっー」
ダレンは毛玉の振る舞いを興味深く眺めた。前の飼い主の家にテレビジョンが無かったとは考えにくい。つまり、人工魂魄をまっさらにしたということだ。フィンが言っていた、分かった上で手放しているという話が真実味を帯びる。
配膳を終えたリーシャは、そんな毛玉を面倒くさそうに見た。
「はい、テレビ終わり。消しなさい」
「やだ! さいごまでみるっ」
「ゴールデンファントムは一週間に一回なんだ。このくらいはいいんじゃないか?」
アニメは一旦コマーシャルに切り替わっている。席に着いたリーシャは薄い衣をまとったカツレツにレモンを思い切り絞り、リィンを睨んだ。
「ダメなものはダメ!」
リーシャの声に、リィンは殆ど条件反射のようにびくりとして、肩をすぼめ無言になった。
リィンが静かになったのを見て、リーシャがすかさずテレビのスイッチを切ろうと立ち上がりかける。
「理由くらい言ったらどうだ?」
「何なの。一日連れ回したくらいでリィンの味方のつもり?」
「ああ、そうだな」
いつになくはっきりと返されて、リーシャは反応に戸惑った。勢いを削がれ、そそくさと席に着き直し肉を口に放り込む。
リィンがねだったことのある超合金のコマーシャルが流れ、リーシャの神経を逆撫でした。
「少し見せただけでも譲歩したじゃない。なのに何。何もやらない癖にダメ出しだけされるの、どれだけ屈辱的か分かってる?」
「そう、だな。すまなかった」
「じゃあ、なんで口出しするわけ?」
いつもなら「じゃあ黙ってて」か「もういい」で会話が終わりそうな所を質問で返され、ダレンは僅かに目を見開いた。帰宅後にあったあの違和感が今も残っている。
運びかけていたスプーンを再び動かす。熱々のポトフは変わらないいつもの味だった。旨味を吸ったじゃがいもがダレンの口の中でほどける。
「リーシャの言う通りだ。一日連れ回して、リィンやフィンと色々話して、俺の子でもあるのだと強く思った」
毛玉はテレビにまとわりつくのをやめて、完全にだんまりモードに入っているリィンのそばに寄っていった。
コマーシャルが終わるとキャラクターの声でアイキャッチが流れる。それに気づいたリィンは、リーシャの顔色を窺いながらちらちらとテレビに視線を向け始めた。
「男ってそういう所、ほんとクソな生き物。自分の子が自分の遺伝子を継いでると実感するようにできてない。特に一番大変な時に。そのくせなんかの調子でわかると、急に権利を主張する」
リーシャが吐き捨てた毒に、ダレンが珍しく声を出して笑い、むせた。熱いポトフが気管に入ったらしい。
「笑うところ? ふざけてるの?」
「いや。全くリーシャの言う通りで、リーシャはすげぇなと」
「何よ、それ……」
リーシャはまたも勢いを削がれた。前のめりになっていた体勢を戻し、誤魔化すかのようにサラダを頬張る。
ダレンは水を飲んで一息つくと、リーシャにしっかりと視線を合わせて続けた。
「過剰な権利は主張しねぇが、質問くらいはさせてくれないか。もし俺が、食事中に見たい番組があると言ったらどうする?」
「そんなの、食べ方がだらしなくなるとかリィンが真似するとかなんとか理由を言って、やめるように頼むでしょ」
ダレンは頷いた。
いつも通りのぎこちない笑みを浮かべて、ゆっくりとリーシャに語りかける。
「リィンに対しても、同じようにしたらいいだろ?」
「リィンは子供で、ダレンは大人じゃな……」
言いかけて、リーシャはハッとして口を開けたまま固まった。それから、そっと俯いてダレンに聞こえるか聞こえないかぎりぎりの小声で呟いた。
「――そういうこと。悔しいけど」
♦︎
ゴールデンファントムの放送が終盤になる頃には、リィンも夕食を平らげていた。家族全員でファントムの活躍を視聴する。
派手な魔法のエフェクトに、毛玉が背中の毛をぶわっと逆立てた。
「もっ! もももっ!」
「完食したし、会話は無くなるどころか増えたし。食事中のテレビもこのくらいなら」
言いかけてリーシャはふと、テーブルの端に置かれたクリアファイルに目を引かれた。ダレンが持ち帰ったものだ。一番上にはフィンの書いたメモが挟まっている。
「これ、検査でかなり魔力を消費したので、晩御飯は多めにってあるじゃない。ダレンは買い食いさせようがアニメ見せようが完食するのわかってたわけ?」
「そうっすね……」
リーシャは呆れ混じりに溜息をつくと、それ以上何を言うでもなく、再びテレビに目を向けた。
「あの薄ピンクのゆるふわヘア、面倒くさい女ね」
「シャンテちゃんっていうんだよ」
「もっ? もも!」
「シャンテはああ見えてすげぇ努力家なんだ。ここぞの覚悟が決まってるし、足手纏いにならない。まぁ、重い女ではあるな」
「なんでダレンがそんなに詳しいわけ?」
「その、職場に詳しい奴がいて……」
激闘の後、話題のゆるふわヘアが「あなたの本当の仲間になりたい」とファントムの手を取る場面でエンディングの曲が始まった。
少しして切り替わったエンディングの映像は、まともに視聴したのが今回初めてなリーシャには理解困難なものだった。
何となく、リーシャはリィンに尋ねる。
「リィンは誰が好きなの?」
エンドロールを指差しながらリィンは答えた。
「エルシェラひめ! これがエルシェラひめなんだよ」
「もっ!」
「リィン、渋いな……」
ダレンは勝手に関心しているが、リーシャには意味がわからない。画面に映っているのは人物でさえない。宇宙空間を飛び続ける無骨な棒状の構造物だ。おそらく宇宙船なのだろうが、そこには子供受けしそうな翼も武器も何もない。
リーシャはダレンに視線で助けを求めた。
「どういうこと?」
「エルシェラ姫は人類の住める新しい星を探して旅立つんだ。割と序盤にな。魔法と科学の粋を集めて、並外れた航続距離を得る為に彼女自身が柱となって船が作られる。一種の……生体コンピュータってやつか」
今は、赤紫の星雲をバックにエルシェラ姫は飛び続けている。エンディングに人物は殆ど現れず、宇宙を描いた美しい背景が次々に切り替わることで演出されてゆく。
「初めは、結構豪華な見た目の船だったんだが、飛び続ける為に不要なものは全て捨てて。で、残ったのがこの姿」
「なんだか……でも、きれいな歌」
自然と手を止めて、リーシャは歌に耳を澄ませる。その隣で、リィンは小さな手をぎゅっと握った。
「エルシェラひめがね、すごく遠いところにいるの、リィンとてもこわい」
リーシャは我が子の横顔を見た。不安に怯えているだけではない、意志を秘めた表情は一人の人間で。かける言葉はすぐに出ては来なかった。
曲がリフレインして終わりに近づく。
リィンは蕾を花開くようにリーシャに振り返り、明るい声を響かせた。
「でも、エルシェラひめのことを考えると、みんなつよくなるんだよ」
「そう……」
リーシャは食器を下げるのも止めて、あと少し曲が終わるまではと待ち続けた。
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