第36話 遠くの音を拾う耳


 ヨバラズ村は赤岩の谷を抜けた先にあった。その辺りまで来ると、赤い砂岩は減り、緑も増えてきてどことなく豊かさを感じる風景に変わる。


 それほどの距離を移動したわけではないのに、目まぐるしく変わる風景にタクミは驚きを隠せない。


 低い灌木かんぼくが多くなり、下草も青々とした草原が広がり始め、生命を感じさせる。


「タクミ、迂闊にその辺の茂みに入るなよ」


 レイカは長槍で近くの灌木で出来た茂みを示した。


「なんで?」


「この辺は蛇が多い。草むらに潜んで休んでいる」


 そう言った矢先、レイカはピクッと体を震わせる。何かを感じ取ったようだ。


 しばらく耳を澄ませていた彼女は、やがて一方向を指差す。タクミがそちらに目向けると、黒い小さな物が緑の草原を走って行くのが見えた。


 かろうじてタクミが視認したのは、鎌首を低くもたげた長い蛇が走って行く姿である。


『白蛇殿』ほど大きくはないが、家のそばに居たら怯むくらいの大きさではある。


黒蛇マンバだ。ああいうのがウヨウヨいる」


「冗談キツイよ……」


 大蛙に規格外の猪、犀と河馬、それに巨大な白蛇——。今まで出会った生き物も普通ではないのに、ウヨウヨいる黒蛇など更に会いたくない。


「茂みに入らなければ大丈夫だ」


 レイカはそう言って草原の中に伸びる白い小径を進み始めた。






つづく

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