第24話 沈みの沼は人喰い沼
突然やって来た嵐のような猪の群れをやり過ごすと、二人は再び歩き始めた。しかししばらく進むと——。
「……タクミ?」
「何?」
レイカが話しかけて来たが、タクミは足元に気を取られていた。なんだか急にぬかるみが増えてきて、ブーツの半ばまで沈むこともある。
ねっとりとした白い泥が、足元をとらえるのだ。ただでさえ重い荷物を背負っているタクミは、疲れもあって少しイライラしていた。
「なあ、タクミ?」
「何だよ?」
つい強い口調で言ってしまい、それから瞬時に後悔する。慌ててレイカの方を見ると、彼女は長槍一本分離れた所で立ち止まっていた。少しうなだれてしゅんとしている。
その姿を見て、タクミはすぐに謝った。
「ごめん、ちょっと疲れていて——」
「すまないタクミ」
「いや、僕の方が悪かったから」
タクミの言葉にレイカは「違うんだ」と情けない声で返してきた。
「み、道を間違ったみたいだ……」
恥ずかしそうにレイカはそう言うと顔を伏せてしまった。この世界の案内人をかって出ただけに、道を間違ったなどとレイカは恥ずかしくてなかなか言い出せなかったのだ。
はじめは気が付かなかったが、明らかに通らない沼地に来てみてようやくレイカは誤りに気がついてタクミに声をかけたというわけである。
「えっ、ああ……そっか仕方ないよ」
タクミは苦笑しながら向きを変えようと泥の中の足を引き抜いた。そうしながらレイカを慰める。
「猪の群れを見た時じゃないかな。あの時少し道を外れたんだろう——うわっ!」
タクミは引き抜いた足を別の場所に置いた。しかしその足がズブズブと沈んでいくのである。バランスを崩して、彼は泥の上に尻餅をついた。それがまたそこから沈んでいく。
「ウソだろ!?」
「しまった! 沈みの沼だ!」
レイカは駆け寄ろうとして躊躇する。自分も一緒に沈むわけにはいかない。すぐさま長槍の柄を
「レイカ、来るな! 君まで沈む!」
いつの間にか腰まで沈みながらタクミは必死に叫んだ。
「だめだタクミ、ここから出ないと……」
出ないと——。
『沈みの沼』は『人喰いの沼』だ。
底が無くてどこまでも沈んでいくのだと言われている。
「レイカ、ロープはないか!?」
焦りながらタクミは指示するが、レイカは首を振る。しかしそのまま長槍を沼地に突き立てて、歩けるかを確かめながらタクミの方へ進み始めた。
「レイカ……!」
胸まで沈みながら、タクミは体をひねってレイカに手を伸ばす。彼女も近づけるだけ近づくと、突き立てた長槍を支えにして手を伸ばして来た。
一瞬、指先が触れる。
が、沈み行くタクミの手は再び遠ざかる。
「タクミ!」
手が届きそうだった分、離れた時の絶望感がレイカを押し潰す。レイカは長槍をつかむ手に力を込めると、一歩踏み込んだ。
ズブっと踏み込んだ足が沈み始める。
膝まで泥に沈みながら、レイカはタクミの手を捕まえた。
だが——。
首まで泥に埋もれたタクミを引き上げるにはレイカは力不足であった。それに
「レイ……」
タクミももう口元まで迫る泥に呑み込まれるばかりである。レイカは歯を食いしばってタクミの手を引き上げようと力を込める——が、沈む足がそれを分散させ、白い泥かじわりとレイカを侵食する。
どぷん。
タクミの頭が沈んだ。
「タクミーッ!」
——誰か、誰か助けて!!
つづく
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