第4話 僕にはまだやる事がある



「わあああ、助けてお兄ちゃん!」


 初対面の幼子に『お兄ちゃん』と呼ばれて、少年は奮い立った。大ぶりのナイフを振り回しながら相手の眼を撹乱かくらんするように素早く回り込んだ。


 鈍重そうとはいえ、相手は蛙の化け物だ。視野が広くそうそう思うようには背後は取れない。


 むしろ苛立った大蝦蟇おおがまの方がぐわあっと口を開いた。反射的に舌を伸ばしてくるが、半分に切られそれは蛙が思うほど遠くには届かなかった。


 その隙をついて少年は踏みつけられたチャベスの所へ滑り込む。


「お兄ちゃん!」


「大丈夫か?」


 チャベスの心配をしながらも、少年は素早くナイフをひらめかせた。蛙の脚の腱を狙った一振りは、ぬらぬらとした皮膚に阻まれてずるりと滑る。


「ちっ!」


 しかし自分の死角に獲物がいることを嫌った大蝦蟇は後ずさる為に前脚を上げた。すかさず少年はチャベスを引き摺り出して走り出す。


「ぬあっ!?」


 今度は助けに来た少年の脚に、あの濡れたピンク色の分厚い舌が巻き付いた。そしてそのまま即座に引き寄せる。


「お兄ちゃん!」


「いいから、逃げろ!!」


 少年は蝦蟇の大きな口に飲み込まれまいと両手で防ぎながらチャベスに向かって叫ぶ。


 迫り来る大きな顎と、引き摺り込もうとする舌との両方と格闘しながら、少年は悪態をつく。


「なんだってこんな事に! 僕はまだやる事が……」


 その大蝦蟇の口が少年を呑み込もうとするその時——。




 ドスッ!!


 鈍い音と衝撃が大蝦蟇の身体に走った。


 ギョワワワー!


 大蝦蟇の悲鳴と共に、少年は吐き出される。しばし茫然とする彼に向かってチャベスが叫んだ。


「お兄ちゃん、逃げて! 危ないから!」


 危ない?


 確かにここにいては大蝦蟇に潰されるかもしれない。


 少年は大蝦蟇の様子を見ながらバックステップで距離を取る。


「あ!」


 悶える大蝦蟇の背中の真ん中に一本の槍が生えていた。


 誰が——?


 振り向くとチャベスの隣に銀髪をふわりと靡かせた、凛々しい少女が山刀やまがたなを手にして立っていた。





つづく

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