第7話
路地裏では山猫みたいにおおきな野良猫がわがもの顔で闊歩し、捌いた鶏のはらわたの匂いが満ちていた。
油のはねる音にまじるのは異国の歓声で、紫がかった煙をあげる屋台の群れと千鳥足の酔っ払いがぼんやりと提灯に照らされている。
迷路みたいな屋台街をすりぬけ潜りとび越えて、金髪ゴリラとタトゥー坊主をまいたあと、公衆電話から彼女に連絡をとった。
コインロッカーに隠しておいた和菓子の紙袋をふところにして、さびれた公民館の自転車置き場へぼくはたどりついた。
錆びたトタン屋根の下へ入る前、ただよう煙草のにおいをが鼻をくすぐったので、彼女がもう来ていると知った。
「待たせた」ぼくはJKにいった。
JKはくわえていた煙草をぺっと吐き捨てた。
ローファーの靴底で火をもみ消しながら、制服のポケットに手を突っ込んだままこっちをねめつけるというどこに出しても恥ずかしくない素行不良少女スタイルだ。
「急だったね」JKはいった。
「そうだな。ほんとうはもう少し段取りをつけてからやりたかった。まあ臨機応変がわが部隊のモットーで」
「荒事になった?」
「多少……ただそこは、どうせ警察に駆けこめる連中じゃないというか」
「まあ、死んだって泣く人間なんていない奴らだしね」
そこでひとしきり、ふたりは乾いた笑いを笑った。
「これでひと月はもつかい」ぼくは和菓子の紙袋をJKに渡しながらいった。
JKは中身を改めた。
「これだけあれば――うまくケチって使えば、三ヶ月は足りるよ」
暗闇のなかで、JKの顔がすこしほころんだのがわかった。
「それはよかった。でも」ぼくはいった。
「やっぱり、おじさん、彼女には病院にいって欲しいかなァ」
「それはあたしも、いまだに何度も話してるんだけどね……」
ぼくたちはいままで何度もくりかえしたこのやりとりを、この夜もセリフを覚えきった芝居のように儀式的にくりかえした。
「じゃ、先に帰るぜ」ぼくはいった。
「あんた、帰るとこなんてないでしょ」
「ぼくはいろんなとこに帰るんだよ」
JKは煙草をくわえた。
ぼくはライターで火を点けた。
火に照らされた彼女の顔をみながら、今夜はどこで寝たものかと思案した。
――お終い
夜と毒蛇と詠春拳 其日庵 @sonohian
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