第6話
「ちょっとまってくれるかい」ぼくは加奈子にいう。
かがんで靴ひもを結びなおすふりをしながら、気配を感じた斜めうしろ――四時の方向を確認する。
そこに、濁った目をした二人組の姿がみえた。
趣味はDVとパチスロですみたいな金髪ゴリラと、特技は煽り運転と恐喝ですみたいなタトゥー坊主頭がこっちにちらちら汚い視線をむけてくる。
ぼくは内心、ものすごくまずいぞ、とほぞを嚙んだ。
ぼくひとりならどうとでもなるが、加奈子が連中にぼくの仲間かなにかと思われたら最恐に最悪だ。
ましてや、彼女の住居をつきとめられるなんてぜったいに避けたい展開である。
立ち上がったぼくは、芝居がかったオーバーリアクションで、加奈子の肩をたたいた。
「う、うん!?」彼女は眼を白黒さえた。
「なるほどなあ! 姉ちゃん、面白い話だったぜえ! でも、そういう神さまの話とかはあっしにゃわからねえなあ! あんた布教する相手の人選まちがえちゃってるぜえ! がはははは!」
加奈子はなにかいいかけて口を開き、それからまた閉じ、目を皿のようにしてぼくの顔を凝視し、そして鼻の穴をふくらませた。
「まあ、あっしらみてえな宿無しどもにいっつも炊き出してくれるのはありがてえけどよお! そういう天国とかの話題はやっぱ天国に行ける資格のある御仁らと盛り上がらねえとなあ!」ぼくはまくしたてた。
「ま、こんななりしてると話しかけてくれる人もいねえもんでよ、道すがら十分も二十分もさ、ひさびさに人とこんなにお喋りできて楽しかったぜえ」そういってぼくは加奈子の背中を景気よくひとつたたき、駅のほうを指さした。
「じゃ、あんたはあっちだろ? あっしは向こう……また教会の炊き出しンときお世話になるかしれねえが、達者でなあ! わはははは!」
トラックから落ちた荷物みたいにひとり置き去りにされた加奈子に大げさに手をふりながら、ぼくは繁華街のほうへ足早にむかっていった。
――これがいまのぼくなんだな、加奈子さん。と、胸中で彼女に手を合わせた。
◇
冷えたコンクリートのにおいを嗅ぎながら、ぼくは夜のなかを駆けていた。
先刻、安藤から奪った弁当の包みをしっかりと小脇に抱えたまま、路地裏を迂回し、公園を横切り、ビルの谷間をぐるぐると往復して追っ手の危険を完全に排除する。
駅の手洗いに入り、周囲を十分に警戒してから、個室のドアを閉める。
弁当の包装をはがし、中に入っているビニール袋に何重にもくるまれたずっしりと重いものを、荷物置きの台にのせる。
GPSのたぐいが仕込まれていることはまずないが、それでも念には念を入れて、ビニール袋の粉の中も、弁当の包みもあらためてチェックする。
なんにもなし。
よろしい。
ビニール袋を和菓子の紙袋(駅のごみ箱で拾っておいた)に移し、トイレを出て、人気のない駐車場の隅で百円ライター(もちろん拾ったものだ)をつかって弁当の包装紙やら袋やらを燃やし、すっかり灰になったのを見届けてからその場を離れた
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