第5話
ぼくと加奈子は十五分かそこら歩いた。
そうすると、街の中心部、夜でも明るくて活気のある、そして人品卑しからぬひとびとの住まうエリアにさしかかった。
「ねえ」となりで歩きながら加奈子が問う。
「わたしが話してるのは自分のことばっかりね。あなたのことも聞きたいわ」
「ぼくのことか……」
なにを話そう。
どんな作り話を、また、でっちあげたものか。
路上の仲間(などというものが成立するならばの話だが)が楽である理由がこれなのである。
我々は、互いの過去をさぐらない。
それは暗黙のルールなどというものですらない(それ以前のものだ)。
しかし市民のみなさんはこのように、ナゼドウシテドウヤッテと常に問う。
ぼくが返答に二の足を踏んでいると、彼女は自分の過ちに気づいたらしい。
「あの、ごめんなさい、べつに話したくなければ……」
「いいんだ。話したくないっていうより、そもそも話すほどのものがない人生だったってのが実際のところで」
しばらく二重の沈黙があった。
ややあってから、加奈子は雰囲気を立て直すように口をきった。
「そういえば、あれはどうしたの?」
「あれって?」
「あの、えーと。なんだったかなあ……」彼女は思案顔になっていう。
「ほらあ、空手みたいなの。高校の同好会でやってたじゃない」
「――詠春拳?」
「そう、それ」ぱっと眉を開いて彼女はいう。
あれならいまでもやっているとも。
◇
口から血の混ざった涎を垂らしつつも安藤がふところからコルト・キングコブラ(短銃身だ。2.5インチモデルってやつか)を取り出すのと、ぼくがカウンターに積んであった割りばしのひとつを引っつかんだ動作はほぼ同時になった。
安藤がコブラの銃口をこっちにすえつけるなり、拳銃を握っている奴の手の甲にぼくは割りばしを突き立てた。
ナイフで切りつけられた豚みたいな悲鳴をあげながらコブラを取り落とした安藤を突き飛ばすと、すかさずぼくは拳銃をひろった。
「弁当まで奪ったうえ銃なんて使いやがってえええええええ」
「おまえたちは奴らの仲間だなあああああ」
「二十四時間、監視しているんだろう! 脳に埋めこんだマイクロチップで位置を把握しているんだろおおおおおお! アルミホイルをいくら巻いてものぞいてきやがるうううううう!」
思いつくかぎりのデタラメをならべたてながら、奪ったコブラの台尻で安藤の脳天をメッタ打ちにする。
やがてぐったりと安藤が動かなくなったのを確認してからシリンダーの弾丸を床に全部ぶちまけ、拳銃を投げ捨てた。
「勝手にしろおおおおお! 代わりに弁当よこせええええええ! お前のを代わりにもらううううう! 弁当弁当弁当ううう!」
ぼくはこうわめきながら、先刻に安藤が店主から受け取った弁当の袋をわしづかみにして店を出ようとする。
先にのしておいた用心棒の百貫デブが、床で丸くなったまま、力なくこっちに顔を向ける。
「まて、お前はわかってねえ……! それは違うんだ……」用心棒は、腫れた顔で精一杯に声を張り上げる。
「わかってないのはお前たちのほうだああああ! みんなわかってない! すでにこの国は奴らに支配されてるんだぞおおお! 神の国を作るんだああああああ」
最後にこれだけのことをいって、ぼくは店の外へ、夜のなかへと駆け出した。
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