第4話


 縦拳は、その手首と肘と肩の関節の芯をジョイントするように一本に重ねて突く。

 まるで鐘をつく撞木のように重量感のある突きだ。

 それを矢継ぎ早に打つのだが、ここで速く打とうとしてはならない。

 

 速く打とうとすると、かえって遅くなる。

 速く動くのではなく、確実に動く。

 きちんと動作の手順をひとひとつ踏襲する。


 そうすると、結果的に速くなる。


 西部開拓時代に実在したガンマンで保安官のワイアット・アープは、

「撃ち合いは、たいていゆっくり動くほうが勝つ」との言を残している。


 交錯する粘手の向こうで、用心棒の百貫デブの仰天している顔が目に入る。

 狼狽そのものの表情だ(そうだろうとも、こんなホームレスに反撃されるなんて予想だにしていなかったはず)。

 たぶんこいつは、自分の体格と勢いで相手を委縮させ、戦意喪失させてから一方的に痛めつけるという手口だけでやってきたタイプだ。


 チェーンパンチ(この縦拳の連打をそう呼ぶ。詳しくは映画や漫画を参照されたし)なんて喰らうのはお初の経験なんだろう。


 二秒たらずのあいまに、デブの唇が裂け、眼球が傷み、歯がぐらついてきた。

 三秒目になるかならぬかのタイミングで、両手で野郎の頭部をひっつかみ、腰のバネをたっぷり効かせた頭突きを入れる。


 包丁で蛇の首を斬るような、鼻骨がごりっと潰れるいやな感触を額に感じながら体を離し、間髪いれず突き飛ばす。

 金切声をあげているデブが、顔を押さえながらひっくり返ったところへ、そのまま散歩でもするように歩み進んで金的、みぞおち、顔面の順番に踏みつぶしてゆく。


 ぼくは次いで、唖然呆然としてぽかんと口をあけている安藤へむかって襲いかかる。

「弁当をどうしてくれるんだよおおおおおおお」


 キ〇ガイのふりをする作戦だ(こうなっては他にどうしようもないではないか)。

「弁当弁当弁当弁当のり弁シャケ弁から揚げ弁当おおおおおおおお」


 安藤の脛を、サッカーのキックの要領で駆け寄りながら蹴る。

 うめいて屈んだ安藤の、毛皮のコートの房かざりを片手でひっつかんで引き寄せ、奴の顔面に肘を入れる。


 安藤の口もとに刺さったぼくの肘が、彼の前歯をとばす。

 たまらず安藤がからだを二つ折りにしたところで、こんどは後頭部と首筋へ肘の連打をつづける。


 だが、そこで一気に畳みこむことはできなかった。

 打たれながらも安藤が、コートの内ポケットに手を差しこんだ。

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