第2話


 半グレ野郎がふたり、深夜の弁当屋に入ってきた。

 時間通りだ。

 

 ぼくは店内の長椅子の端っこにかけていた。

 手には拾ったスポーツ新聞(日付は昨日)をひろげている。

 目までかかっているぼさぼさの髪の下から連中を見定めた。


 派手な房かざりのついた毛皮のコートを着ているのが安藤あんどうだ。

 そっちが安藤だと知れたのは、連れが百貫デブの巨漢で、ジャージにサンダル履きというラフな格好だったからだ。


 そのデブのほうも、店に入るなりざっと探りの視線をめぐらせてきた。

 これじゃ背中に『私は用心棒です』とマジックの太字で書いてあるも同然だった。

 

 ぼくは無関心を装い、スポーツ新聞(競馬欄)に目を走らせる。

 用心棒はひととおり店内を見回してチェックすると(なんだホームレスか)、あとはこっちを無視した。


「いつものだ」安藤は店主にいった。

 店主はの包みをカウンターのうえに置いた。

 彼の左目は腫れあがっており、桃に剃刀で入れた切れ目のように細く潰れている。 

「――これで最後にしてください」糸のような声で店主は言った。


「ああん? まだわかってねえのか?」安藤はうつろな笑いを浮かべていった。

 彼はそういって、用心棒のほうへ顔だけ向けた。

「おい、俺がこの旦那とお話するあいだ、そこのお客に席を外してもらえ」


 百貫デブはひとつうなずき、ぼくのほうへ大股で歩み寄った。

 ぼくがスポーツ新聞(風俗情報欄)から目をあげると、そいつと目が合う。


「出ろ。缶コーヒー買ってやるよ」

「弁当を待ってる」ぼくはいった。

「弁当は逃げねえよ。おれの上司はここの店主と商談があるんだ」


 今日は様子見の予定だった。

 ここで本番を立ち回るつもりはなかった。

 でも、店主を安藤のお遊戯にあずからせたくないと思った。


「ならバックヤードで話せばいいだろ。おたくの事情なんてこっちには関係ないぜ」

「ホームレスがいっぱしの口をきくんじゃねえよ」用心棒はぼくのジャケットの襟首をひっつかんで椅子から立ち上がらせた。


 ぼくは襟はつかませるまま、用心棒のサンダル履きの裸足に視線をすばやく走らせた。野郎の足指の爪のあたりを踵で思いっきり踏みつぶす。


 悲鳴にならない悲鳴をデブはあげる。

 この用心棒のドテッ腹は力士級。

 ボディへの攻撃は時間とエネルギーの無駄と悟る。


 百貫デブが怒声をあげる。

 爪を割られた痛みを憤りに変えてつかみかかってきた。

 つかみかかってきたその丸太のような腕のあいまに手をこじいれ、蛸の足が絡みつく如く――すり抜け、払い、抑え、流し、――同時に、間髪入れず縦拳で乱打する。


 粘手ねいしゅ、という。

 

 

 

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