第70話 異世界の価値
昨日行われた王都露店祭は完売御礼という形で幕を閉じた。
この日のために用意した大量のトレカは正午休憩が終わった後、一時間も経たない内に売り切れとなってしまい、クロスワールド以外の各種トレカも全部売りさばくことが出来た。
結局、昼休憩の際に話しかけてきた商人がトレカを買いに来ることは無かったが、エンファイブ魔法学園の関係者以外にトレカという存在を知らしめる事が出来たのは良かったと思う。
「すげぇな、流石オタクの聖地」
ある程度満足いく結果に終わった王都露店祭を過ぎて、次の日には休む暇もなく秋葉原へ向かった。
他と比べて赤やピンクといった暖色系の派手な色合いをした建物が多いのが印象的なオタクの聖地、秋葉原。
派手な格好のメイド服を着た女性の看板や、有名ゲーム会社のロゴが入った看板、道端にはコスプレをした人がチラシを持って勧誘していたり、その姿を興味深そうに見ている外国人が居たりと、秋葉原は東京でも他と違った雰囲気を感じる。
そんな秋葉原の地名や特徴はしっているものの、前世を含めて来るのは初めてだ。
アスフィアルの世界でもトップクラスに栄えている王都が霞む程、大都市東京へ訪れる人達は多く、それなりに幅の広い歩道でありながら少し窮屈に思うほどには歩行者の量が多かった。
「やはり向こうの世界とは比べ物になりませんか?」
「そりゃあもう比べ物になりませんよ・・・・・・一番人が多い王都でも最羽町より多いぐらいですかね?あちらは車が無いので歩行者は多いですけど」
人混みが激しいメインストリートを抜けて、入り口にクレーンゲームが置かれている店で少し一息をついた所で、今回も一緒についてきた晶さんが話しかけてきた。
「それにしても意外ですね、晶さんもアキバに行きたいって」
「アレン様が外を出歩くなら警備の者は必要でしょう?赤根村の様な場所ならまだしもここは東京、何があるか分かりませんですし、他にも私以外の人間が居ますよ?」
ラフな格好をした歩行者が多い中、ピシッとちゃんと着こなされた黒スーツがどこか似合う晶さん。
若干赤みがかかった長髪を軽く紐で纏めており、ダウナーな雰囲気を纏っているので服装と合わせて若干浮世離れした雰囲気がある。
むしろ場所が秋葉原という事もあってか、ただ黒スーツを着こなしているだけで何処かアニメのコスプレをしている女性みたいだ。
つまり何がいいたいかと言うと、晶さんは元々の顔立ちも良いし目立つ特徴をしているので周囲から目立っていた。
「そうなんですか?」
「えぇ、あそことか」
晶さんはそう言って指を差すが誰が見張っているか分からない、周囲には秋葉原を行き交う通行人が殆どで、晶さんのように黒スーツを着こなした人物は見当たらなかった。
「全員がスーツを着ているわけじゃないでから、殆どは一般人に紛れ込んでます。私の場合はこれが普段着みたいなものですが」
とは言いつつ、以前赤根村へやってきた時に見掛けた黒い高級車がチラホラと見える辺り、晶さんと同じように黒スーツを来た人たちは車内に待機しているのだろうか?
「・・・・・・正直、そこまでして貰う必要は無い気がしますけど」
「忌憚のない意見を言わせてもらえば監視の意味合いが強いですね、西王寺グループの異世界事業は公には発表されていませんが、業界人なら既に存在を知っている人間もおります。そんな中で事業の中核となる人物を一人で行動させるのは難しいのですよ」
監視、という言い方は聞こえが悪いものの、晶さんがハッキリと喋るって事はそれなりに信頼してもらえているのだろうか?
「いってもただ人間一人しか出来ない事に何百億って投資するんですか?」
西王寺グループでは既存の研究所の幾つかが異世界事業向けに転換されており、追加で莫大な資金が投じられていると言う。
そこには西王寺グループ内で争っている西王寺本家や分家の啀み合いは無いようで、寧ろお互いを研鑽するように研究競争が行われているらしい。
そんな中で俺はふと思った。幾ら世界を変える様な新物質を運べたとしても出来る人間は俺一人だ。もしかしたら異世界を渡るスキルを持っている転生者が俺以外にも存在するかもしれないが、精々数人レベルだろう・・・・・・むし状況的には居ない可能性の方が高かった。
インフラという観点では、巨大企業の一大事業に対して根本的な部分で対応できるのが俺一人・・・・・・幾らなんでも事業としては歪なバランスだと感じた。
そんな俺の疑問に対して、晶さんは既にその疑問に対する答えを持っていたのか間無く喋り始めた。
「・・・・・・例えばの話ですが、現代社会において画期的な新薬を生み出すのに、約500億円の費用がかかると言われています。それも確実に実を結ぶとは限りませんし、平均で十数年という時間もかかります・・・・・・そう考えれば、一ヶ月で人体を再生できる薬を生み出せるって凄くないですか?」
晶さんの話を聞けば確かに・・・・・・と思わなくもない。
一ヶ月の間、薔薇の栽培をして人体を再生及びに不治の病を治療できると考えればどうだろうか?先日、共同研究の見返りとして渡した一本の赤ポーションを実験に使った結果、異世界のポーションは癌細胞すら修復し被験マウスを完璧な健康体にしたという実験結果が出たそうだ。
「ポーションだけではありません、アレン様が提供してくれた異世界産の素材の数々は、どれも億単位で取引されてもおかしくない代物です。有り体に言ってしまえば、貴方は西王寺グループにとって金の卵を産む鵞鳥という訳です」
「晶さんって、本当に正直に言いますよね」
「ひた隠しにされるよりいいでしょう?」
金の卵を産む鵞鳥・・・・・・つまり俺は西王寺グループにとって莫大な利益を生む存在らしかった。
だからこそ俺が突拍子のないお願いをしても聞いてくれるし、融通してくれる訳か。
(今回のクロスワールドのパックだって、本当なら入手困難っていう話だしな・・・・・・)
そんな膨大な計画は一般的な価値観を持つ俺からすれば計り知れないものだが、無理やり一般的な価値観を当てはめてみれば巷で話題の入手困難な物だってすぐに用意してもらえる環境にあった。
それこそ、この前の4000本の薔薇だって突拍子のない物でありながら各地から集めてもらい用意してもらったのだ。個人の依頼としてはあまりにも度が過ぎているはずなのだが、それでも晶さんやその関係者から文句は一度も言われていない。
(・・・・・・だからといって、ここで甘えると後が怖いよな)
石ころ一つ、薬一つを運んで数億という金が貰えるなんて何とも楽な商売ではあるが、同時にそれに甘えると人として取り返しの付かない事になりそうだと、俺は漠然とした思いで恐怖した。
「それに、貴方はお嬢様との繋がりを結ぶ唯一の人でもあります。それだけでも西王寺グループは絶対に貴方を手放さないとおもいますよ?」
「・・・・・・それは喜んでいいのでしょうか?」
まぁ、下手な感情を介さない分、ビジネスライクはありがたいが、ここまで俺自身に見向きもされないのも本心としては少々複雑な気分だ。
「まぁ、それら抜きにして私個人としてもアレン様の事は好ましいと思っていますよ?」
「お世辞でも嬉しいですね、ありがとうございます」
何とも言えない距離感ではあるが、そんな距離感だからこそ居心地が良いという絶妙な感覚に俺は思わず笑みを浮かべた。
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