第65話 トレカ素人による初心者講座

「願いを叶えてあげたいんだけど、特別に個人で売るのは難しいかな・・・・・・ごめんね」

「やはり・・・・・・いえ、無理なお願いをしたのはこちらですので気にしないでください」


 実を言うと、俺が大鷲寮へ卸したカードパック・・・・・・それもクロスワールド関連の商品を追加で卸して欲しいという要請は、商品を卸した日の夜には既に学園の方から手紙で受けていた。


 元々、他のトレカに比べてクロスワールドを推していたし、支援者であるレイに対しても西王寺グループが販売するトレカを宣伝していたこともあって、要請の手紙と一緒にきた途中報告ではクロスワールドの売れ行きが一番良かったらしい。


 多分、一番の理由は大鷲寮で最も力のあるレイがクロスワールドをやり始めるからだろう。


 それでも他のトレカ・・・・・・取り分けポ◯カに関してはその可愛らしい絵柄もあって女の子の生徒を中心に売れ行きがいいと言う。


 次の日にはクロスワールドを含めた全てのトレカが売り切れたそうで、生徒たちから追加を寄越せと要望がひっきりなしに来ているという。


 今週末には学生寮の売店に卸した商品に関するアンケートも回収できる予定で、その結果に合わせて次回の品卸を考えようと思っていたんだけど、この様子であればトレカ関連の商品をもっと用意してもいいかもしれない。


「やはり、もう既に他の人達が在庫分の予約を?」

「いや?訪ねてきたのは君が初めてだよ・・・・・・一応、以前からお世話になっている人向けには別枠で用意しているけど、基本的にそれ以外の個人で特別に売る予定は無いかな?」


 特別枠として在庫を用意しているのは、旅団と俺個人のスポンサーをしてくれているレイと榊原に向けてで、それぞれ3カートン分ぐらいは確保してある。


 榊原に関しては、俺が勝手に確保しているだけなんだけど、今度話を聞いてみて興味が無さそうなら市場に流す予定だ。


 それ以外で個人に対して特別に売る・・・・・・という事をするつもりは無い、今週末の露店祭で試験的に平民向けで売ってみる予定ではあるが、学園の生徒が直接出向いて購入するのもいいし、基本早いもの勝ちにするつもりだ。


 値段に関しても異世界に持ってきた時に決めた定価で販売する。正直、異世界へ持ってきた時点で暴利と呼べるほど金額を上げているので、これ以上値段を釣り上げたら普及しない可能性も高いからだ。


「なるほど、では明後日の露店祭でクロスワールドのパックを販売すると?」

「そうだね、購入制限はするつもりだけど、基本的には早いもの勝ちかな?」


 販売者として出来るだけ公平にするつもりではいる。それこそ、レイと榊原に対して特別扱いしているじゃないか、と言われればそれまでだが、彼らに対しても欲しいカードを特別に用意するという事をするつもりは無い。


 それをやってしまったら、トレカの魅力が半減すると個人的に思うからだ。


「わかりました・・・・・・ちなみにこの情報は他の人にも伝えるのですか?」

「そうだね、聞かれたら伝えるつもりだよ」


 俺がそう言うと、ディエロは眉間に皺を寄せて複雑そうな表情を浮かべた。


 どうやってここまでたどり着いたのかは分からないが、その熱意に応えて今露店祭のために用意してある分を売ってあげたい気持ちはある。

 ただそうすると、あいつには売ったのに何故俺には売らないんだ!と言われれば反論することが出来なくなる。


 それこそ、カスティアーノ侯爵家の嫡子であるレイや、王族の榊原であれば以前からの関係性も含めて大体の人は納得はしてくれるだろう、しかし、俺がディエロに対して情に絆されて売ってしまえば歯止めが効かなくなるのは目に見えている。


(でもせっかくここまで来てくれたんだしなぁ・・・・・・)


 正直、トレカを売店に卸してから数日で自分の元までやって来るとは思いもしなかった。それ程、日本産のトレカはこのアスフィアル世界の住人にもマッチした訳で、態々貴族の子が頭を下げてまで買いたいと言われたら応えたくなるものだ。


「あ、そうだ」

「どうしました?」


 物を売ることは出来ない、それでもちょっとした攻略情報なら少し伝えてもいいかもしれない。


「ディエロ君は、今クロスワールドのデッキを持ってきているかな?」

「はい、スターターデッキも購入したので一通りのデッキは完成しました。まだ誰かと対戦した訳じゃないですが・・・・・・」


 見せてもらえるかい?と尋ねると、ディエロは快く応じてくれた。ローブの中からポーチを取り出し、その中から金属製の四角い箱を取り出す。


「カードを傷つけたくないので、衝撃吸収が込められた箱型の魔法具で保管しています。はい、これです」

「な、なるほど・・・・・・流石ファンタジー」


 俺のつぶやきに?と疑問符を浮かべるディエロだが、気を取り直して俺は貸してもらったカードを見せてもらう。


(お、スーレアとか入っているんだ。確かこのカードはスターターには収録されていないから自引きしたのかな?)


 クロスワールドにはコモン(C)、アンコモン(U)、レア(R)、ハイレア(HR)、スーパーレア(SR)、アルティメットレア(UR)、シークレットレア(SEC)の7種類が存在する。


 そこに絵柄別やホロ加工が施されたり、文字の色が違ったりと同じカードやレア度でも全然見た目が違うカードも存在するので、全部合わせたらかなりの種類がある。


 他には◯周年の記念カードとかも存在するけど、今回俺が用意したのはクロスワールド第一弾”王の晩餐”の復刻版になっているので周年記念のカードが無かったり、ホログラフィック加工が施されてなかったり色々と、現行のルールに比べて違う点が幾つか存在する。


 そんな中で、ディエロのデッキは簡単に言えば、高コスト高火力のカードを沢山入れたデッキになっている。


 シンプルに攻撃力と防御力の高いカードがズラリと並び、低コストのカードも同コスト帯の中では比較的攻撃力と防御力が高く特殊な効果をあまり持っていないカードが選出されている傾向にあった。


 一応、高コストなカードを召喚するための補助カードも入れては居るが、沢山ある高コストの強力なカードに比べて乏しくバランスが悪い。


 そして状況を変化させるようなマジックカードも少ないので搦手にも欠けていた。


 ・・・・・・と、インターネットの動画配信サイトにあるクロスワールドの攻略動画を見て覚えた知識で俺は結論づけた。


「うん、ディエロ君のデッキは強いカードが多いけど、少しバランスが悪いね」

「そうなんですか?」

「うん、これは実践してみないと分からないかもしれないけど、デッキ全体の三分の一以上も高コストのカードがあると、序盤がキツイと思うよ?低コストのカードに関してもステータスが高いけど効果がシンプルなカードが多いしね」


 初めて数日の少年に対して、齧った知識を披露するのは滑稽なことこの上ないが、少なくともディエロのデッキバランスが悪いのは素人目でもハッキリと分かる。


「なるほど・・・・・・」

「多分だけど、ディエロ君のデッキのエースって”騎士王サルヴァーン”だよね?ならそこにマジックカードの”妖精の泉”や、ナイト族の能力を高めてくれる”騎士道の心”もしくはシナジーのある”突撃隊長パシウス”をデッキに入れるといいと思うよ?」


 俺は持ちうる知識を総動員して、ディエロのデッキに合うであろうカードを教えていく。

 これらカードはクロスワールド第一弾”王の晩餐”でもレアやノーマルでありながら、非常に強い効果を持つカード達だ。


 確かにディエロが持つ、騎士王サルヴァーンはパックの絵にも描かれている代表的なキャラクターであり、その効果も相応に強力な物だ。

 サルヴァーン以外にも、スーレア以上のカードは戦局を変えるような強力な効果を持つカードばかりではあるが、どうしてもこれらエース級のカードの登場は対戦の後半になってしまう。


 今の状態だと、ディエロはこれらエースカードを出す前に勝負が決着してしまうかもしれない可能性があった。少なくとも、素人である俺でもハッキリと分かるぐらいにはバランスが酷い。


 これもトレカという文化や経験がないからだろうけど、パックを追加で購入する前に、もっと大事な部分があると俺は感じた。


「・・・・・・まぁ、私もそこまで得意という訳じゃないからね、参考程度に聞いてくれると嬉しいな?」

「いえ、目から鱗が落ちる様な気持ちです。早速、寮に戻って研究してみます!」


 素人ではあるが、そこまで的はずれな指摘でもなかったおかげか、ディエロはまるで金言を貰ったかのように、ハッとした様子で何かに気がつくと、そのまま俺に対して軽く頭を下げてと足早にその場を立ち去った。


(・・・・・・まぁ、ここまで熱中してくれるのは良いことなのかな?)


 少しの間話してみた感じだと悪い子では無いのは間違いない、どことなく危うさは感じるが、まだ中学生なりたてぐらいの年齢なら普通かもしれない。


 そして俺はもし彼にデッキ構築の相談された場合、ちゃんと相談に乗れるようにクロスワールドについて勉強しよう・・・・・・そう思った。





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