第64話 訪問者

 エンファイブ魔法学園へ商品を卸してから数日の間、俺は平和な日常を過ごしていた。


 エウルアにこれからやる予定の仕事を教えつつ、同居しているアリアもトレカに興味を持ったのか、お駄賃としてトレカのパックを渡す代わりに封入作業を手伝ってくれる。


 そして俺は日中の間、自室を引き払った旅団のチームハウスで事務作業をしており、毎日やってくる商人の相手をしたり会計作業をしたりしながら少しずつ団員達とも打ち解けてきた・・・・・・そんなある日だった。


「アレン君、お客さんが来てるよ~」


 チームハウスの一階にある食料庫で在庫を確認していたら、チームハウスの出入り口の方から声が掛かった。


 特に今日は誰かと会う予定も無いはずだったが、名指しで呼ばれている当たり、急用だろうか?と思い食料庫から切り上げてチームハウスの出入り口へ向かう。


「カノンさん、それでお客さんは?」


 急いで向かえば、チームハウスの入口で門番係をやっている同じ旅団のメンバーであるカノンが誰かから借りたのか、ゆめ恋の単行本を読んでいた。

 俺と彼女の間に直接的な関係はあまりないが、彼女はリュカやラズリと中がよく、その関係でゆめ恋の存在を知ったのだろう。


 パタリと読んでいたゆめ恋の本を閉じて、座っていた椅子から腰を上げる。彼女は女性にして身長がかなり高く、180センチ近くもある。


 門番係をやっているので冒険で使う防具が装着されており、胴には黒色の金属で出来た鎖帷子が見え、右肩には虎のようなモンスターの頭蓋骨を模した肩防具が付けられている。


 そしてカウンターの横には、片手剣にしては少し大きいバスターソードのような武器が立て掛けられている。


 本人は気の良いお姉さん、といった感じだが見た目は完全に悪役そのものだ。


「外で待っているよ、見た感じ北区の学生さんかな?」


 学生と聞いて俺は一瞬誰だ?と疑問を浮かべる。


 学生の知り合いと言えばレイか榊原の二人ぐらいだ。その地位に比べてやたらとフットワークの軽い榊原は用事があれば事前に手紙を送ってくるし、純粋培養の貴族のお坊ちゃんであるレイは態々自らの足でやって来る様な人間ではない。


 となれば俺の知らない人物になるはずだ。


 どうしたんだと思い、外へ出てみればチームハウスの出入り口の横にエンファイブ魔法学園の学生ローブを身に着けた一人の男の子が立っていた。


 深い緑色のくせっ毛が特徴的で、猫の様なツリ目が特徴的だ。一瞬中学生ぐらいの女の子かとも思ったが、よくよく観察してみれば彼が男の子だと分かる。


 年齢はレイや榊原と同い年ぐらいだろうか?


「君が私を呼んだのかい?」


 将来、カインリーゼ王国の中枢を担う次世代の貴族たちが在籍するエンファイブ魔法学園では、学園内でも特に優秀とされる一部生が学園の敷地外に出る際に、学園から支給された特別なローブを羽織って外出することが許可されているそうだ。


 黒の艶やかなローブの縁には少年の髪色に似た緑色の刺繍が施されている。首元からチラリと見えるローブの裏生地は表生地の黒と正反対の白色をしており、裏生地にはびっしりと複雑な刺繍が施されているので、学生ローブ自体が特殊な装備になっていると思われる。


 そんなローブを身にまとっていることから、彼がエンファイブ魔法学園の一部生だという事がすぐに分かった。それはつまり、今回俺を訪ねてきた少年は高貴な出の可能性が高いが、そこに一つの疑問が生じる。


「はい、僕の名前はディエロ・ポースリーと言います。今回、アレンさんに用があってきました」


 ポースリー、と聞いて彼が貴族の出身だということが瞬時にわかったが、ポースリー家という家名を俺は知らなかった。

 商人として王都貴族の名前は大体把握したつもりだったが、俺の記憶に漏れがあったのかもしれない。


「アレンさんが知らないのも無理はありません、僕の実家は王国北部にある男爵家なので、ここら辺の生まれでは無いのです」

「なるほど」


 王都周辺の貴族だけでも百に近い数が存在するので、もしかしたらと思っていたが、ディエロはカインリーゼ王国北部の生まれだそうだ。


 その多くは領地を持たない、資産を多く持った貴族や宗教貴族、王都の中枢で働く権威のある貴族と様々存在する。


 流石に地方の貴族までとなるとまだ覚えきれていないので、俺がポースリー家の家名を知らないのも当然だと言えた。


「でも何故、ディエロ君は私を訪ねてきたのかな?」

「それは・・・・・・」


 エンファイブ魔法学園の生徒が俺の元へやってくる・・・・・・その理由は大体想像出来るのだが、勘違いがあってはいけないので念のために聞いておく。


 俺の問いに対してディエロは少し喋るのを躊躇したが、覚悟を決めた様子で話し始める。


「大変不躾なお願いだとは存じておりますが、アレンさんが大鷲寮に卸した商品・・・・・・クロスワールドのカードパックを幾つか売って欲しいのです」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る