第63話 ディエロ・ポースリーのボッチな学園生活
俺がカインリーゼ王国でも最高クラスの教育機関であるエンファイブ魔法学園へ編入学してから大体半年ぐらい経った。
それまでは実家から比較的近い、王国北部に存在する都市レーネの貴族学校に在籍していたのだが、初等部で優秀な成績を収めた俺は両親の勧めもあって王都に存在する貴族学校のエンファイブ魔法学園の中等部へ編入した。
俺の実家であるポースリー男爵家は、王国北部でも比較的歴史の浅い新興貴族の一つだ。規模の大きな騎士家から毛が生えた程度の領地しか持っておらず。治めている領地も特筆すべき点のない至って普通な場所だ。
ピラミッド構造になっている貴族社会において、ポースリー男爵家は最下層に位置し、よほどの事が無ければ時代の王国の中枢を担う大貴族の子息達が通うエンファイブ魔法学園へ入学することは決して出来ない。
そう、余程の事が無ければだ。
俺は男爵家としては平均より上の魔力量に加え、基本魔法から外れた特殊な魔法の適性もあったため、このエンファイブ魔法学園へ入学する事が叶った。
正直言えば、勧めてくれた両親や俺自身ですら本当に受かるとは思いもしなかった。
平民よりは多いが、爵位によって明確な魔力量の差があることを考えれば地方都市の貴族学校で威張れる立場だった俺でもこの学園では教室の隅で縮こまることしか出来ない小市民へと成り下がる。
男爵家の次男である俺の魔力量を猫とするならば、侯爵以上の大貴族の跡取りはドラゴンのようなものだ。
ここまで差がある中、俺がこの学園へ入ることが許されたのは一重に俺が持つ特殊な魔法適性『重力魔法』が使える可能性があるからだ。
この重力魔法は未だ使い手が少なく、学区内に存在する王都魔法院でも研究が進められている魔法系統の一つだ。
それもあって、場違いなほど高レベルな教育機関へやって来た俺の成績は下の下、レーネの貴族学校で首席だったことを考えれば、どれだけこの学園のレベルが高いかが分かる。筆記試験だけで言えば平均より上だがそれでも上位1割には入れない。
加えて俺には日常生活を支えてくれるメイドや執事が居ない、特別実家がケチという訳じゃないが、歴史の浅い男爵家という事もあって遠方までついてきてくれる人が少ないのだ。
だから、俺はこの学園生活では全ての事を自分一人の手でやらなければならない、レーネの貴族学校の時には領民から雇ったお手伝いが3人居たことを考えれば、日常生活の面に置いても俺はハンデを背負っている事になる。
朝起きても着替えを手伝ってくれる女中は来ないし、自室に物をそのまま放置していても片付けてくれる人も存在しない。
仕送りこそ困らない程度にはあるが、基本的にお抱えの料理人を持つ王都貴族の子息達と違い、好きなものを食べたい場合は態々学園の外に出て外食をしなければ行けない程だ。
・・・・・・まぁ、学生寮にある食堂のレベルは実家よりも数段高いのでそこまで困っていないが。
ただ問題は一つだけ存在する。それは実家よりもレベルの高い料理を提供してくれる食堂だが、週に一度、休日の日の朝と昼は食堂が開いていないという事。
なのでお抱えの料理人を連れてきていない生徒達は、朝と昼に食事を取るなら本校舎の食堂に出向くか、毎日朝早くから開いている売店で軽食を購入するしか無い。
勿論、自炊も可能だがそこまでするレベルの生徒は、仕送りも少ない準男爵の生徒か騎士家の生徒ぐらいになるだろうか?
流石に自炊レベルとなると、貴族としての資質を問われてしまうので余程の事が無ければやらないが・・・・・・
そんな事もあり、俺は基本的に食堂が開いていない休日の朝は学生寮にある売店へやって来ている。
まだ太陽が昇ったばかりで、学生寮の窓から差し込む日光がやけに眩しいこの時間帯に起きているのは、俺のような地方からやって来た一部生か王都貴族の二部生のどちらかだろう。
まぁ、その多くは二部生が大半を占めているだろうが・・・・・・
エンファイブ魔法学園の特殊なシステムとして、同学年でも一部生と二部生の2種類の生徒に分けられている。
先程、俺の立ち位置はピラミッド構造の最下層だと言ったが、この言葉には一部生の間という言葉が先にくる。
俺の下には二部生というまた別の種類のピラミッドが存在し、この二部生というピラミッドに位置する彼らは、本来エンファイブ魔法学園へ入学できないレベルだが、実家が王都周辺を治めている貴族・・・・・・いわゆる王都貴族の生まれの生徒たちだ。
その多くは俺の様な男爵家やその下の準男爵家、騎士家といった下級貴族の子息たちが多い。
簡潔に説明すると、王都付近に領地を構える貴族家の出身であれば本人にそこまで素質が無くてもエンファイブ魔法学園へ入学出来るという事。
そこに加えて男爵並の才能もあれば、騎士家の出身者だって入学が可能だ。
これは王都周辺に貴族向けの教育機関がエンファイブ魔法学園しか無いことに起因するのだが、言ってしまえば彼らは才能というより将来、円滑な関係を築くための顔合わせの場みたいな意味合いが大きい。
なのでエンファイブ魔法学園では、次世代を担うような優れた才能を持つ一部生と、王都貴族だからという理由で入学できた才能の乏しい二部生に分かれている。
勿論、二部生の中には一部生になろうと努力する者も多いが、その数は極小数だ。
その中で俺は重量魔法という特殊な才能を持っていたからギリギリ一部生に居るものの、才能の有無で言えば二部生とあまり変わらない。
むしろ、生まれが地方の男爵家と考えれば、この重量魔法の適性が無ければ入学すら出来なかったレベルだ。
そして俺は中等部からの編入生、地方貴族ということもあって昔からの知り合いも居なければ、ギリギリ一部生という中途半端な立ち位置もあって、本来であれば同程度の実力である二部生のグループにも入れない。
当たり前だが、化け物たちの巣窟である一部生に友達なんて居るはずもない。
そういうこともあり、俺はこの学園で半年近く生活をしているが未だに友達と呼べる人間は居ない。
つまりボッチという事だ。
言葉には漏らさないが、正直辛い。
レーネの貴族学校の待遇を考えれば尚更だ。
そんな俺の唯一の癒やしは本を読むこと。
学生寮の売店で偶に仕入れられる娯楽本は、学園に友達が居ない俺にとって唯一の拠り所であり、自室には既に数冊の娯楽本が置いてある。
今日、朝早くから売店へ来たのも朝食を買うついでに本が入荷していないかの確認も含まれていた。
俺は既に半年近くエンファイブ魔法学園で生活しているので、新商品が並ぶ曜日はしっかりと覚えている。
だからこそ、俺はまだ眠っている生徒たちが多い朝早い時間帯に売店まで足を運んだのだ。
「ごめんね、娯楽品を卸してくれていた商会が変わっちゃたからディエロ君が好きそうな本は入荷していないんだ」
「え・・・・・・だってここに本が・・・・・・」
俺の予想通り、売店の品揃えは大きく変わっており、雰囲気は前と比べてガラリと変わっている。
生活品関係は特に変化は無いが、売店でも売れ筋商品であるお菓子が今まで見たこともないやつに変更されていた。
しかも、その値段は貴族の自分から見ても一瞬躊躇してしまうほど高い。
ただ俺は甘いものは積極的に買わない人間なので、売店の片隅に置かれていた一冊の本を手に取ろうとした。
その瞬間、マイネルさんは思い出したかのように俺が手に取ろうとした本が何時もの娯楽本の類ではないと言う。
「それはトレカっていう商品のルール本なんだ。とらんぷみたいに対戦するカードゲームのルールを詳しく書いた本だよ」
「ルール本ですか」
「ほら、本の表紙にクロスワールドって書いてあるだろう?この商品のルール本だよ」
売店のカウンター正面に置かれている長方形の小さな紙袋の束、それぞれ種類があるようで、M◯Gや遊◯王と知らないタイトルが記載されている。
その中でもマイネルさんのイチオシと書かれていたのがクロスワールドという奴だ。
「とらんぷですか、ボードゲームみたいに対戦する遊戯ですよね」
「うん、だけどこのトレカっていうゲームはカード一枚一枚にそれぞれに違った効果や能力があるみたいでね、それらカードを組み合わせてデッキという奴を構築して対戦する遊びみたいなんだ」
「・・・・・・何やら複雑そうですね」
話し方からして、マイネルさんもこのトレカとやらのルールを知らないのだろう。
ただ話を聞く限りだと面白そうには感じる。とらんぷという遊戯も何度かやった事があるが、昔からあるボードゲームとはまた違った面白さがあった。
だがしかし・・・・・・
「恐ろしくお金がかかる遊戯ですね、ゲームに必要な40枚のカードを揃えるだけで数万ゴルドも掛かると考えれば、こんな遊びを出来るのは貴族しかいないですよね」
「確かにディエロ君の言う通りなんだけど、金額以上の価値はあると思うよ?これは僕が試供品として貰ったんだけど、ほら、美しい絵が描かれているだろう?」
高すぎる。そう言おうとした瞬間、マイネルさんはカウンターの奥から一枚の紙を取り出して俺に渡してくれた。
「・・・・・・これを使って遊ぶのですか?」
形は冒険者や商人が持つギルドカードの様に長方形であり、分厚く、そして何処ぞの有名な絵師が描いたのだろうかと見間違うほどの精巧な絵が描かれていた。
カードの絵は王都周辺でよく見る一般的な冒険者の服装をしている。描かれた冒険者は剣を構え、今にも斬りかからんとする迫力がある。
もし、事前にマイネルさんが遊戯に使う道具と言わなければ、俺はこのカードが美術品の類だと信じて疑わなかっただろう。それほど描かれている絵は色彩豊かで今にも動き出しそうな程の迫力があった。
(・・・・・・これほどの逸品なら寧ろ安いか?)
これでどうやって遊ぶかはまだ分からないが、これだけ見事な絵なら美術品としての価値もあるだろう。
・・・・・・むしろ、これが5枚で3000ゴルドは安すぎるとすら思う。
「このトレカはね、レイ様の弟君であられるロアン様が大変お気に召してる遊びらしいんだよ」
「ロアン・カスティアーノ様が?」
ロアン・カスティアーノ、魔法三大貴族の一つと目されるカスティアーノ侯爵家の次男だ。
彼はエンファイブ魔法学園の初等部に在籍しており、来年には中等部に上がりこの大鷲寮へ入寮するハズの人物。
俺が所属する大鷲寮の頂点には兄であるレイ・カスティアーノが存在し、俺からすればロアンもレイも雲の上の存在と言えた。
「流石、大貴族と言うべきなんだろうか・・・・・・流行に敏い」
トレカ、という存在を俺はマイネルさんから話を聞くまで存在すら知らなかった。
俺には友達が居ないので世情に疎いという事も考えうるが、これほど見事な絵が書かれた遊びなら王都中で話題になってもおかしくないはずだ。
であれば、最近できた遊びという可能性が考えられる。
「では、今回売店にトレカが置かれたもの・・・・・・」
「えぇ、兄であられるレイ様の推薦ですね、昼までにはレイ様も買いに来られると思いますよ」
この時、俺の頭の中でトレカの重要度が一気に高まった。
(大鷲寮の主であるレイが推薦するなら、その取り巻きの生徒達もトレカをやり始めるだろう。学園全体で流行るかは不明だが、もし流行したら・・・・・・)
「マイネルさん、このルール本とすたーたーでっき?とやらは幾つ置いてあるんですか?」
「本は3冊、スターターデッキは10個だねぇ、本は場所も取るし値段も高いからあまり仕入れていないんだよ」
スターターデッキは、このトレカを初めてやる際にオススメの商品、ルール本は言わずもがな勝つための知識が詰め込まれている。
スターターデッキが5万ゴルド、ルール本が35万ゴルド・・・・・・遊びに使うお金にしてはかなり高い金額だが、もしこの遊びが流行ればこれらカードと情報を確保しておくアドバンテージは果てしなく大きい。
「マイネルさん、このスターターデッキとパックを5つ、それとルール本を買います」
「毎度あり~・・・・・・って言いたいけど、本当にいいのかい?」
全て合わせて40万を超える出費だが、今日は本を買うつもりでお金を貯めていたので問題はない。
もしこのトレカが学園全体で流行れば、この出費を上回る価値があるだろうし、流行らなくても最悪王都の商人に売れば問題ないだろう。
ここは投資する時、俺はそう自分の直感を信じて娯楽本の為に用意していた大金を使い、トレカを購入した。
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