第57話 王都郊外

 エウルアの受け渡しは見慣れた王都闇市周辺ではなく、王都から少し離れた寂れた廃墟の片隅で行われていた。

 廃墟の崩れた石壁からは幾つもの苔が生えているような場所には、次の国へ旅立つバンクが率いるキャラバンが停まっており、俺の正面には焦げ茶色のフードを深く被った二人の人物が立っていた。


「これで、契約は完了されました・・・・・・よろしいでしょうか?」

「私は問題ありません」


 俺の右手首にはミミズ腫れのように黒の模様が広がっており、バンク曰くこれは奴隷の所有権を持つ物が持つ紋章だという。

 一方、フードを深く被っている二人の内の一人、背の高い方の人物の右腕にも似たような紋章が広がっていた。


 俺とフードを被った二人組の間に立つバンクは無事に契約がなされてたことにより、今まで見たことのない様な満面の笑みを浮かべている。その様子は心から祝福する・・・・・・というよりは商人としての笑みだろうか。


「・・・・・・この御恩は、何年何十年で返せるものではないと充分に承知しております・・・・・・これからよろしくお願いします。ご主人様」

「アレンでいいですよ、敬称もいりません」


 この場には俺と彼女達を知っているバンクを含めた関係者しかいないので、フードを被っていた二人は一度、そのフードを脱いだ。


「ふむ、人族にしてはなかなかのイケメンじゃの・・・・・・」

「あ、アリア様・・・・・・これからお世話になる人に対してその様な言葉遣いは」


 あたふたとしているエウルアは既に何度か見たことはあれど、もう片方の女性・・・・・・アリアに関しては初対面になる。


 正しくは俺だけ彼女が寝た状態で見たことはあるものの、彼女自身は今回で初めての顔合わせになるだろう。


「エルフの王族ってことは、畏まった呼び方の方がいいか?」

「そんな事はないぞ?ハイエルフといっても生まれはただのエルフと変わらないしの」


 複雑な事情があるとはいえ、彼女はハイエルフと呼ばれるエルフの上位的立ち位置に居る存在だ。

 背丈だけで言えばまるで中学生と見間違うほど小さいが、その立ち振舞は何処か気品を感じる。


 話を聞けば彼女は隔世遺伝のハイエルフであるというが、礼儀作法というか、そういうマナー的なものを既に学んでいたのだろうか?


 アリアはエウルアと同等、寧ろ人によっては上回っている評する美貌を持ち合わせている。パッと見だと少々幼さも感じるが、喋り方や立ち振舞もあってどこか妖しい魅力を内包していた。


 更に加えるならば、フード付きの外套からも覗くことが出来る黄金の髪だろう。腰まで髪が伸びているエウルアよりも更に長く、その髪の長さは地面に付くのではないかと思うほどだ。


 そして太陽に煌めく眩い黄金の髪からは、何やら半透明の虹色のようなオーラが溢れ出ていた。


 その光景も合わさって彼女の姿は幻想的であった。俺の感覚からして多分ではあるが、彼女の髪から流れ出る不思議なオーラは溢れ出した魔力だと思う。


(凄いな、予想はしていたが西王寺やレイよりも魔力が多い気がする)


 王族+転生者(憑依?)である榊原には及ばないが、彼女は例外的な存在、統計学で言うところの外れ値みたいな存在だ。そんな彼女を除けば俺の知り合いの中でアリアがダントツで魔力量が多いのは間違いなかった。

 ただそれでも魔力量が多い=強いと言う訳では無いが、強さの指標になることは間違いない。


(純血主義者の企みがあったとはいえ、こんな彼女が大怪我をする魔物ってどんな化け物だ?)


 彼女の魔力を見て俺は軽く戦慄していたが、こんな彼女を瀕死の重体まで追い込んだ魔物はどれほど強かったのかと純粋に気になった。


 ただ今は顔合わせの時間なので詳しくは聞けないが、いずれ彼女達と仲良くなった際は聞いてみたい、そう思った。






 行きと違い、王都の中へ入る際は東口ではなく南口を使うことにした。

 東西南北に4つの大きな門が王都には存在するが、その中で通行量が多いのは西門と南門だ。


 西門は主に王都に店を構える商会の荷物を運ぶ人間が、南門は冒険者やそれら関連の商人たちが多く通う。


 逆に北門と東門は通行量が少ない・・・・・・その中でも北門は一般人が入場出来ないことを考えれば、残りの東門が一般人が通行できる各方面の門の中では一番活気が少ないと言えた。


 木を隠すなら森の中、ということわざがあるように、人気が少ない場所よりも一番人の出入りが活発な南門を使えば、多少不審な格好をしていても軽い荷物検査だけで終わると考えた。


 一応、見逃してもらえるように手を打ってはあるが・・・・・・


「・・・・・・この人混みは凄いの、流石人の国じゃ」


 まるで大型スーパーのレジのように、横一列に幾つかの検査場が設置されている。


 今は正午付近という事もあって、近場のダンジョンに挑んでいた冒険者達が昼食がてら王都に戻ってきているということもあり、南門の検査場には何時もより多くの冒険者達が集っていた。


 その最後尾に並んだアリアはその長蛇の列を見て驚きの声を上げる。


 そして正面に聳えるのは、数百年という長い時を掛けて建設された高さ十数メートルにも及ぶ巨大な防御壁。

 王都を囲うこの巨大な防御壁は、魔法の威力を弱める効果を持つ特殊な石で出来ているらしく、その耐久性を含めて優れた建材だという。


 ただ重量が凄いそうで魔法の威力を弱めるという優れた性質をもっているものの、装備品として使われることは少なく、その殆どが軍事施設の建材としての利用が多いそうだ。


 この王都を護る防御壁はカインリーゼ王国の軍事力の高さを物語っており、王国を支配する王族や貴族の高い魔法素質も相まってカインリーゼ王国は数百年もの間、平和の時を過ごしている。


 ちなみにこの防御壁に使われている特殊な石は、軍需物資として規制されており、所有が禁止されていたりする。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る