第56話 西王寺の考え

「・・・・・・知ってたのか?」


 別に隠す必要は無かったものの、奴隷を購入するという後ろめたさから西王寺には事の顛末を話しては居ない。

 特段、隠蔽していた訳でもなかったが西王寺の言葉は疑問形ではあるものの、何処か確信めいた表情だ。


「闇市でエルフが売られていた事は、王都で活動する冒険者は全員知っているわ・・・・・・ここまではいい?」

「あぁ」

「普通であれば、王都でエルフが売りに出されたら目が眩む程の大金や数年に一度の割合でしか見つからない希少なアイテムみたいな厳しい条件であっても、エルフとなれば誰かしらが一日足らずで購入するわ、でもやって来たエルフの奴隷は一ヶ月も売れなかった。その理由は・・・・・・」

「・・・・・・赤ポーションの譲渡、だな」

「えぇ、今じゃ滅多に見かけることの無い赤ポーション、流石の王都に店を構える商人達でも用意出来ない代物・・・・・・第一、持っていたとしても価値が釣り合うかと言われれば疑問だしね」


 バンクも言っていたが、エウルアはその希少性から奴隷としては最高クラスの価値を持つ。

 美しい顔立ちは世の男達を魅了し、彼女を愛人もしくは妻として迎え入れたい人間は沢山いるだろう。


 加えてエルフという種族は、平均的に高い魔力量を誇り優れた魔法使いとしての適性が存在する。それに加えてエウルアは弓使いとしての高い技量も持ち合わせているそうなので、冒険者としても価値も高い。


 だからといって、エウルアが赤ポーションの価値を上回るかと言われれば、王都で活動する冒険者や商人たち全員が否と答えるだろう。


「最近の一ヶ月、貴方は毎日のようにギリギリまで魔力を消費していたでしょう?転生者故の膨大な魔力、魔物との戦闘以外で消費しきれるとは到底思えないし、この時点で貴方が何かしら裏でやっているとは思っていたわ」


 俺は転生者特典でそこらの一般人とは比べ物にならないほどの魔力を持っている。

 流石に王族である榊原や大貴族の嫡子であるレイとは比べ物にはならないが、平民の魔法使いで考えれば多分上位に入るはずだ。


 それこそ、魔力量だけでいったらキャミルといった旅団の魔法使いの団員よりも上回っている自信がある。


 ただ似たような境遇である西王寺よりは少し下・・・・・・ぐらいだろうか。


「ここの所数年の間に、王都に赤ポーションが運ばれたという情報は無かったわ、無論、秘密裏に運ばれたと言う可能性もあるけど、完全に情報を遮断出来るとなれば、それこそ国が絡んでくる案件でしょう」

「・・・・・・だから赤ポーションは外から運ばれてきた物ではなく、 王都内で生み出されたものだと?」

「そうね・・・・・・つい最近、長い歴史の中で不可能とされてきた紫ポーションの薬草を人工栽培した男を知ったわ、だったらその男が赤ポーションの作製に成功しても不思議ではないでしょう?」


 外部から運ばれてきたという情報が無ければ、王都の中で元々隠されていたものか、ものなのか・・・・・・


 普通であれば、赤ポーションを生み出すという考えは浮かんでこないだろうが、西王寺はつい最近、不可能と思われていた紫ポーションに使われる上級薬草を人工栽培を可能にした人間を知っていた。


「赤ポーションの価値の半分はその入手難易度にあるわ、そして主な入手先である古代のダンジョンからの発見は近年の攻略ラッシュもあって可能性は絶望的、寧ろ長い歴史を辿れば最近まで見つけすぎたとも言えるでしょう」


 俺がこのアスフィアルの世界で生まれた時期、丁度二十年までぐらいは冒険者にとって最盛の時とも言われており、それまで発見されていたものの、あまりにも危険なために攻略出来ていなかった未踏破の高難易度ダンジョンが次々と攻略された。


 そこから始まったのは、ダンジョンで発掘された赤ポーションといった人知の及ばない破格の性能を誇った聖遺物と呼ばれるアイテムが沢山出回ったということ。


 その時代はある意味、異世界版のバブル景気みたいなもので、その要因である冒険者が多く集うダンジョンの周辺には、金の匂いに釣られて多くの商人が集い、街を形成したという。


 今ではその殆どが潰れたというが、現在でもダンジョン都市として存続している場所は幾つも存在する。


「バブル景気だからか、俺が生まれた時代にはその反動がやってきたという訳か」

「そうね、当時のダンジョン権益の殆どが聖遺物だったことを考えれば、数年も経たない内に掘り尽くされたと考えてもいいわ。その反動のせいで近年では現存する聖遺物の値段の跳ね上がり方が尋常じゃないの」


 その聖遺物の内の1つが赤ポーションである。


「そんな聖遺物のひとつである赤ポーションを自力で用意できるのなら、その人物にとって赤ポーションの価値はかなり落ちるでしょうね・・・・・・それこそエルフの奴隷と交換しても良いぐらいに」

「・・・・・・そうだな」


 長々とアスフィアル世界の近代史を話していたのは、今回の取引の最大の謎であるエルフ奴隷と赤ポーションの価値の違いを説明することだったらしい。


 ここまで聞かされた結果、俺は白旗を揚げた。


「別に貴方がエルフを奴隷しても私は気にしないわ、貴方の性格はそれなりに分かっているつもりだしね・・・・・・寧ろ、私の影響力の無さで迷惑を掛けていることに不甲斐なさすら感じる程だもの」

「不甲斐なさか?」


 女性として、見た目麗しいエルフの女性であるエウルアを奴隷にしたことに対して、西王寺は不快感を表すと思っていた。


 ただその考えは杞憂だったようで、西王寺の考えは何処か冷淡というか・・・・・・話しの内容的に、俺は思っていた以上に西王寺から信頼を得ている気がする。


 そして西王寺が言う不甲斐なさ・・・・・・これに俺は疑問を浮かべた。


「そうよ、もし私が誰も寄せ付けない程の力と名声を持っていたら、貴方が隠れてやる必要も無かったでしょう?少なくとも、私に力があれば団員に言わずとも私に相談したと思っているわ」


 何処か悔しさを滲ませる西王寺を見て、俺は彼女が本当に女子高生と同い年なのか?と思った。

 詳しい時系列は分からないが、少なくとも西王寺はまだ成人していないはずだ。この世界であれば15歳で成人と見なされるが、日本であればまだ酒もタバコも出来ない年頃だ。


「・・・・・・ごめんなさいね、簡単に言えば貴方がこの件を隠していたことに対して私は何も思っていないわ、ただ相手は異性だから何か問題があれば頼って欲しい・・・・・・それだけよ」


 パチンとまるで映画のワンシーンが飛ぶ様に、俺が瞬きをした次の瞬間にはその悔しさを滲ませていた表情はガラリと変わって、いつもと同じ毅然とした表情に変わっていた。








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