第53話 エウルアのこれから

「私はまた後日来ます。今は感動の再会を満喫したいでしょうし、この辺で帰らせてもらいます」

「良いのですか?エウルアとは既に契約が結ばれていますが」


 寝たきりの主人の為に、その身を賭して救おうとしたエウルアに感化されたのか、主治医の診断を聞いていた部屋にいる人以外にも、何故か廊下からも歓声が聞こえてくる。


 そんな光景を見ていたら、横に居たバンクが小さく笑っていた。


「ハハッ、彼女は普段から澄ましたような態度を取っておりますがね、こう見えても人付き合いは良いのですよ、その美しい顔立ちやエルフという種族を抜きにしてもです」

「周囲の反応を見て、どれだけ彼女が愛されていたのかが自分にもわかりますよ」


 奴隷商会、その言葉だけを切り取れば、どうしても悪というイメージが先入観として入ってしまうが、エウルアと商会の関係や今の反応を見るにその関係性は良好な物なのだろう。


 血の繋がっていない他人のために喜べる。それだけでエウルアと商会の関係性が伺いしれており、その喜び方からして今日は宴会でも開かれるのかもしれない。


 一方のエウルアは数分経った今でも、アリアが眠るベッドに顔を伏せていた。その表情は見えないが、肩を上下に動かして荒い呼吸をしていることから、まだ泣いているのだろう。







 バンクからは既に契約は交わされているので、俺は既にエウルアの所有権を持っているみたいだったが、感動の再会に水を差すのも嫌だったのでバンクと一言二言話をしてその場を離れた。


 通路を歩いていると、事情を知っていたバンクの商会の従業員たちがすれ違いざまに感謝の言葉を述べてきた。

 エウルアの希望なのか、眠っているアリアの世話をしていたのはバンクの商会の女性従業員達だったようで、彼女たちは既に結婚をして子供も育てている母親の人も多かったそうなので、アリアの世話やエウルアの境遇を知って情に絆されたのだという。


「エウルアちゃんってエルフだけど、まだ18とかそこらなのよ?その歳なら恋愛の1つや2つしていてもおかしくないのに、遠い異国まで来てご主人さまを救おうとしているんだもの・・・・・・」


 頬に手を添えて話すのは、アリアの世話をしていた女性従業員の一人だった。

 年齢は30歳を過ぎたあたりで、既に二児の母だという。子供は既にエウルアと同年代ぐらいだというから驚きだ。


(・・・・・・やっぱこの世界って早婚だよな)


 30歳過ぎで既に子供が高校生ぐらい、となれば妊娠したのも高校生ぐらいだろうか?日本だったら30歳を過ぎても結婚していない人はそう珍しくない世の中において、アスフィアルの世界は17歳前後で結婚する男女が多い。


 ただこれは地方や農村に住む人達が多く、王都や大都市であれば20歳を過ぎても独身の人はそう珍しくない。


 ただギャップと言うか、30歳ぐらいで既に育児に関してベテランというのも凄い。


 なまじ同い年ぐらいの息子や娘が居るからなのか、若いながら苦労しているエウルアに対して母性が擽られるのだという、元々、エウルア自身が素直な性格をしていたみたいなので、バンクの商会で働く従業員たちの中では彼女の評価は凄く高いのだという。


「ですが契約が結ばれた今、彼女は正式に奴隷になるんですよ?もちろん、酷いことをするつもりはありませんが、これから長い間は故郷にも帰れないでしょうし」


 エウルアの願いは達成されたが、その見返りとして今後数年以上は確実に人間たちが多く住まうこの王都で生活することになる。


 エルフという希少性やその美貌からして、色々な好奇な目に会うのは間違いないだろうし、文化だって違うだろう。


 その為、俺は少し水を差すように今後の展望について語った。彼女に対して酷いことをするつもりでは無いが、人種すら違う故郷から遠い国で暮らす事は辛いのではないか?と。


 俺の言葉を聞いて、キョトンとした様子で従業員の女性は見てきたけど、言葉を理解してコロコロと小さく笑った。


「私も元奴隷だったけど、遠い異国、違う文化ぐらい他人が思っているほど、本人はどうってことないわよ、旦那は私が奴隷だった頃の元主人だし、苦労と同じぐらい、素敵な出会いだってあるかもしれないでしょ?」


 エウルアのこれまでの境遇を考えたら、遠い異国や違う文化といった壁はどうってこと無い、と女性従業員は言う。


 しかも彼女も昔、両親の借金の関係から奴隷に身を落としたそうで、生まれた場所ははるか遠い場所だという。

 だからこそ、先人として遠い異国、違う文化で生活する苦労も分かると同時に新たな出会いや発見だってあるという。


 それに加えて、彼女を購入した主人が今の旦那というから尚更驚きだ。


「そんなものですか?」

「えぇ、そんなものよ・・・・・・まぁ私は人で、あの子はエルフだけど、あの子の芯の強さならこの先も生きていけるわ」


 何を根拠に言っているか分からないが、その言葉には何処か説得力があった。














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